














アメリカ時計最後の輝き 《ハミルトン グレード 987A 十七石手巻き》 1930年代に特有の段付きケース 金製インデックス ドレッシーなアール・デコ様式 アメリカ合衆国 1937
- 41年
HAMILTON grade 987A, 17 jewels, 1937 - 41
ペンシルヴェニア州ランカスターに本社があったハミルトン・ウォッチ・カンパニーが、太平洋戦争の直前に制作した男性用ドレス・ウォッチ。ケースの材質は十四カラット・ゴールド・フィルド(十四金張り)です。ラグを含み竜頭を除くケースのサイズは
34 x 27.5ミリメートルで、幅は五百円硬貨(直径 27ミリメートル)とほぼ同じです。
もともと男性用として作られた時計ですが、1930 - 40年代の時計は現代の男性用時計よりも小さめで上品ですので、女性にもお召しいただけます。バンドは茶や赤などお好きな色に交換可能です。九十年近く前の品物にもかかわらず保存状態はきわめて良好で、きちんと動作します。
時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。本品が搭載するムーヴメントは、《ハミルトン グレード 987A》は円形の手巻き式ムーヴメントです。
ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を、ケース(英 case)といいます。本品のケースは、異なる高さの層が重なったように見えます。下の写真が示すように、この形状は
1930年代に製作された男性用時計ケースの特徴で、ステップト・ケース(英 a stepped case)すなわち段付きケースと呼ばれます。
各種ステップト・ケースの中でも、本品はとりわけ華やかです。筆者(広川)がこれまで目にした時計のなかでも、本品のケースは最も美しいデザインです。
(上・参考画像) 本品と同時代の四角い時計。左から順に、《ロード・エルジン グレード 531》(1937年)、《ブローバ アメリカン・クリッパー》(1936年)、《ブローバ ライタングル》(1938年)、《ウエストフィールド ハドソン》(1940年)。いずれも円形ムーヴメントを搭載しています。
1920年代まで、ほとんどの男性は懐中時計を使っていましたが、1930年代に入ると、腕時計が広く使われるようになりました。懐中時計はほとんど全て円形でしたから、懐中時計に飽きた
1930年代の男性は、四角い腕時計を欲しがりました。男性よりも一足先に腕時計を使い始めた女性のためには、1920年代から 30年代の段階で、四角いムーヴメントが既に開発されていました。しかるに男性用時計は女性用に後れを取って、ほとんどのムーヴメントは
1930年代になっても円形でした。そこで円いムーヴメントを使いつつ、時計を四角く見せることが必要になりました。
そのために考案されたのが、ステップト・ケースです。円形ムーヴメントを四角いケースに入れると、ケースに入りきらない部分が三時側と九時側に張り出します。この張り出しを目立たなくさせるため、張り出し部分に団を付けて徐々に後退させたのです。こうすることで文字盤と風防(ガラス)は長方形になり、時計は四角く見えました。
1930年代の段付きケース(ステップト・ケース)は、この時代にしか見られない特徴です。
アンティーク品の良さは、品物が持つその時代ならではの特徴を楽しめることです。とりわけアンティーク時計は機械であり、機械(ムーヴメント)には時代の特徴が表れやすいので、どの一本を取っても現代の時計との違いを楽しめます。しかしながら本品の場合は、最も目に付く部分であるケースが時代に特徴的なステップト・ケースであり、そのなかでも特に華やかなデザインの作例であるゆえに、現代人を最も楽しませてくれるアンティーク時計の一つとなっています。
時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、文字盤(もじばん)または文地板(もじいた)と呼びます。本品文字盤の中心よりも上には、ハミルトンのロゴ(HAMILTON)があります。六時の位置には小文字盤があります。
本品は九十年近く前の時計で、文字盤も当時のオリジナルですが、保存状態は良好です。文字盤はもともと半艶消しの明るい銀色でしたが、いまは経年による古色に美しく色づいています。中央の長方形部分とそれを取り巻く部分は仕上げが異なり、中央の長方形部分は少し黄色味を帯びています。
文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの数字を、インデックス(英 index)といいます。インデックスには年代ごとに流行があり、1940年代までの腕時計にはアラビア数字が使われました。本品のインデックスもアラビア数字です。六時の位置の小文字盤にも、十秒ごとにアラビア数字が書かれています。
短針と長針、及び小秒針は、いずれも青焼き(ブルー・スティール)となっています。鋼鉄製の針を青焼きにするのは酸化しにくくするためで、本品の針も錆の無い良好な状態です。
本品文字盤において、一時から五時、及び七時から十二時までは金色の立体インデックスとなっています。これらの数字には実際に金の薄板が貼られています。
上に示したハミルトンの広告を見ると、文字盤の仕上げによって価格が違ったことが分かります。広告の三番と八番はエナメル・インデックスの文字盤で、特別料金の加算はありません。しかるに四番、五番、九番、十番のインデックスは金製の立体数字(英
raised gold numerals)となっています。
英語ではゴールデン(英 golden)といえば単に金色のことですが、ゴールド(英 gold)といえば金そのものを指します。したがって四番、五番、九番、十番の文字盤はインデックスが金でできており、価格もそれだけ高かったことが分かります。これら四種の文字盤は、エクストラ・チャージ(英
extra charge 別料金)と但し書きされています。
厳密にいえば、この広告は本品と同系統のグレード 987のものですが、本品(グレード 987a)の場合も同じでしょう。本品は同型ムーヴメントを搭載するなかでも、特に高級な作りであることがわかります。
時計に嵌っている透明のガラスやアクリルを、風防といいます。本品の風防はプレクシグラスと呼ばれる高透明度のアクリル製です。アクリル樹脂が発明されたのは第二次世界大戦中のことですから、戦前の時計である本品にはもともとミネラルガラス製風防が嵌っていたはずですが、途中で割れて交換したのでしょう。
上の写真は本品ケースから取り外した裏蓋の内側で、さまざまな刻印が見られます。
いちばん上にある大文字エイチ(H)は、ハミルトンの意味です。6/0はこのケースに適合するムーヴメントの大きさ(マイナス6サイズ)で、地板の直径
24.55ミリメートルを示します。ワズワース(Wadsworth)はケース製造会社のロゴで、本品ケースはワズワースがハミルトンに納入したものであることが分かります。
フォーティーン・カラット・ゴールド・フィルド(14K GOLD FILLED 十四金張り)は本品ケースの材質です。
金張り(ゴールド・フィルド)とは薄板状の金をベース・メタルに張り付けたもので、現代の金めっき(エレクトロプレート)に比べると、金の厚みは十数倍ないし数十倍に達します。金の層が厚いため摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は十四金(純度
14/24のゴールド)です。
純金(二十四金)ではなく十四金を使用するのは、材料費を節約するためではありません。純金は軟らかすぎて容易に摩耗・変形するので、これを金合金とすることによって実用に必要な強度を得ています。
金は本来金色ですが、これに銀と銅を加えると金色を保ってイエロー・ゴールドになります。本品のケースには、純度 14/24の金合金(金をニッケルで割ったホワイト・ゴールド)が張られています。ワズワースのマーク(W)と十四金張り(14K
GOLD FILLED)の文字は、時計の裏側にも刻印されています。
次の二行はケースの特許に関する表記で、1927年5月3日の日付があります。いちばん下の数字(0764921)はケースのシリアル番号です。ケースのシリアル番号はワズワース社内の管理番号で、ムーヴメントのシリアル番号とは無関係です。
なお 1930年代当時のアメリカン・ウォッチは、ムーヴメントとケースを別々の会社で作っていました。本品の場合、ムーヴメントを作ったのはハミルトン、ケースを作ったのはワズワースです。これは元々のケースが傷んだので社外品のケースに取り換えたということではありません。アメリカにおける時計産業の構造が、分業体制になっていたのです。
本品の場合、時計に最も大切なムーヴメントはハミルトンが作り、ケースはワズワースが作りました。風防やバンドは更に別の専業メーカーが作ったものです。筆者はアンティーク時計が専門ですので現代の時計についてよく知りませんが、現代の時計も、自動車や飛行機などと同様に、数社の協業で製作されているはずです。
打刻された文字の上に、油性ペンのサインが書かれています。これは直近のオーバーホール記録です。本品は我が国でも数少ないサーティファイド・マスター・ウォッチメイカー(C.M.W. 公認高級時計師)に整備していただきました。九十年近く前の時計であるにかかわらず、本品は実用的な精度を保ってたいへん調子よく動作しています。
上の写真は本品のムーヴメントをケースから取り出して撮影しています。本品が搭載するのは 6/0サイズ(マイナス 6サイズ)の手巻きムーヴメント、ハミルトン グレード 987Aです。受けにはハミルトンの社名(HAMILTON WATCH CO)、十七石(17JEWELS)、ムーヴメントのグレード名(987A)、アメリカ合衆国(U.S.A.)の表記が、地板にはムーヴメントのシリアル番号(O105486)が、それぞれ刻まれています。シリアル番号冒頭の文字はゼロ(0)にも見えますが、ゼロではなくて、オウ(O)です。
ハミルトン 987Aのひげぜんまいは、高級なブレゲひげ(巻き上げひげ)です。天符の振動数は一時間当たり一万八千振動(f = 18000 A/h)、パワー・リザーヴは三十八時間です。
良質の機械式腕時計ムーヴメントには、摩耗してはいけない部分に
ルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。本機ハミルトン グレード 987Aは十七個のルビーを使用した十七石(じゅうななせき)のムーヴメントで、これは摩耗してはならない個所すべてにルビーを使用した高級機であることを示します。
十七石以上のムーヴメントをハイ・ジュエル機(英 a high jewel movement)と呼びます。1930年代当時、ヨーロッパの腕時計用ムーヴメントに使われるルビーは多くて十五石がほとんどでしたが、アメリカでは十七石のハイ・ジュエル機がありました。本品もそのような機械の一つです。
振動数に関して、本機には大きな長所があります。ハミルトン グレード 987Aは 5振動のロー・ビート機です。時計について浅く齧った素人はハイ・ビート機を崇拝し、ロー・ビート機を見下しがちです。知ったかぶりをする自称時計通が多いので、このような顧客層に訴求するため、近年の機械式時計はどれも
6振動以上に作られています。時計会社が存続するためには利益を出さなくてはならず、顧客の大部分を占める素人に分かりやすい数値を示すのは、販売数を伸ばす賢いやりかたかもしれません。しかしながら筆者(広川)はこのような大衆への迎合を残念に感じています。機械式腕時計において大切なのは、天符の振動が様々な要因
― 主ぜんまいの残量、気温、重力の方向 ― に影響されないことであって、これと振動数の大小はまったくの別問題です。
分かりやすい例を出すならば、非常に正確な機械式クロックとして知られるビッグ・ベンは、振り子が四秒で一往復します。片道は二秒ですから、振動数は本機の十分の一に相当する
0.5振動(A/f = 1800)で、極めてロー・ビートです。さらに言えば天体の動きは地上の如何なるクロック、如何なるウォッチよりも正確ですが、地球の自転一回を一振動と考えるならば、一日は
86400秒ですから、地球の振動数はおよそ 0.00001振動(1/86400振動 A/f = 0.0000115740)です。時計の正確さを決めるのは振動数の大小ではなく、振動の安定性であることが、この一事からもお分かりいただけるでしょう。
天体は人工の機械でないゆえに、地球の自転に言及することに違和感を持たれる方があるかもしれません。しかしながら機械式時計は宇宙を支配する物理法則をに逆らわず、譬えていえばその波にうまく乗って時間を計っています。
ロバート・フック(Robert Hooke, 1635 - 1703)はひげぜんまいの等時性を見出し、1670年にレバー式脱進式のクロックを開発しました。ひげぜんまいを使用し、傾けても止まらない天符式携帯時計(ウォッチ)を作ったのは、クリスティアン・ホイヘンス(Christian
Huygens, 1629 - 1695)です。効率的な脱進機はトーマス・トンピオン(Thomas Thompion, 1639 - 1713)が
1695年にシリンダー式を、トーマス・マッジ(Thomas Mudge, 1715 - 1794)が 1754年にレバー式を開発し、後者は今日の時計に使われています。このように概観して分かる通り、我々は数百年前と同じ技術を現在まで使い続けています。これらの技術がいつまでたっても古びないのは、不易不変の物理法則に従っているからです。
ロー・ビート機が持つ最大の長所は、部品の摩耗が抑えられることです。本機ハミルトンはアメリカ製ですが、現代のスイス時計も、最も高級な機種はロー・ビートです。これは最も高級な時計が一生ものであり、さらには世代を超えて受け継がれることを想定して、部品の摩耗を抑えているからです。あくまでも振動の安定性が大切なのであって、これと振動数はまったく無関係です。
香箱受けに「ハミルトン アメリカ合衆国」(HAMILTON U.S.A.)と刻まれていることからも分かるように、本品はアメリカ合衆国の国産時計です。グレード
987A は軍用時計にも搭載された優秀なムーヴメントで、製作年代は 1937年から 1948年です。しかしながら 1941年に太平洋戦争が始まると、ハミルトンをはじめアメリカ国内で時計を製造するメーカーは、国防総省からの依頼により、終戦(1945年)までのあいだ軍用時計のみを製造しました。
シリアル番号から判断すると、本品のムーヴメントはグレード987Aの製作年代の前半に作られた機械です。しかるに 1941年以降、ハミルトンは軍用時計しか作りませんでした。したがって本品の製作年代は、1937年から
1941年までの間に自ずから絞られます。
太平洋戦争のあいだ軍用時計しか作れなかったアメリカの時計会社(エルジン、ハミルトン、ウォルサム)は、民生用時計の顧客を中立国スイスの時計会社に奪われ、
戦後になって次々と操業を停止しました。優れたデザインのケースに優秀なムーヴメントを搭載した本品は、現在では滅びてしまったアメリカ合衆国の時計産業が、最後に放った眩い輝きです。
本品はもともと男性用ですが、1930年代の腕時計は現在に比べて小さめのサイズであり、たいへん上品であるゆえに、女性にもお使いいただけます。上の写真の一枚目は男性が、二枚目は女性が本品を着用しています。
本品に適合するバンド幅(バンド取り付け部の幅)は十八ミリメートルで、この幅さえ合えばお好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。
なお男性用アンティーク時計(ヴィンテージ時計)のバンド幅は、十四ミリメートルないし十六ミリメートルが標準です。バンド幅十八ミリメートルの本品は、アンティーク時計としては大きめに感じられます。
当店はアンティーク時計の修理に対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、
こちらをご覧ください。
当店では時計用の箱をご購入いただけます。箱はレプリカ(現代の複製品)ではなく、時計と同時代のヴィンテージ品(アンティーク品)です。写真に写っている箱のサイズは重量感のあるオールド・プラスティック、おそらく
ガラリスでできており、基部の幅 13.4センチメートル、基部の奥行 8.7センチメートル、全体の高さ 4.5センチメートルです。税込価格は 22,000円ですが、時計をお買い上げいただいた方には税込価格
13,200円にてご提供いたします。
当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。
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