彫刻的デザインの黒文字盤を有するブローバ。二十三石、シックス・アジャストメンツの自動巻き時計です。
本品は 1959年製で、風防の直径が五百円硬貨と同じ 26.5ミリメートル、ラグと竜頭を除いて測ったケースの直径が 31.4ミリメートルです。.もともと男性用に作られた時計ですが、現代の製品に比べると小ぶりですので、大きめの時計が好きな女性にもお使いいただけます。
1950年代は多様な意匠の時計が数多く作られた時代です。本品はオーソドックスな円形ケースを採用しつつも、雲形デザインによる特徴的な形状のラグを有します。放射状彫刻が施された文字盤と幾何学的形状のインデックスはアール・デコ様式に基づき、1950年代そのもののような時計に仕上がっています。
時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する容器、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を「ケース」(英
case)と呼びます。ケースはベゼルと裏蓋に分かれます。「ベゼル」(英 bezel)とは、ケースの前面、文字盤と風防を取り囲む部分のことです。
本品のケースは正統的なラウンド型(円形)で、ベゼルは十カラット・イエロー・ゴールドによるロールド・ゴールド・プレートです。
「ロールド・ゴールド・プレート」(英 rolled gold plate)とは板状の金をベース・メタルに張り付けたもので、ヴィンテージ時計(アンティーク時計)のケースに最もよく使われる素材です。現代の金めっき(エレクトロプレート)に比べると、ロールド・ゴールド・プレートの金の厚みは十数倍に達します。金の層が厚いため、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は十カラット・ゴールド(純度
10/24のゴールド 十金)で、十八カラット・ゴールド(純度 18/24のゴールド 十八金)に比べて金そのものの強度も格段に強く、日々使用する時計ケースの素材として優れています。
時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。本品の文字盤は艶(つや)のある黒で、放射状彫刻が施された文字盤と幾何学的形状のインデックスは、アール・デコ様式に基づきます。
文字盤は綺麗な状態ですが、再生処理(リファービッシュ、リダン)を施したものではなく、この時計が製作された当時のオリジナルです。文字盤の上部には金色の文字でブローバ(BULOVA)のロゴが書かれ、流麗な筆記体で「トウェンティスリー・ジュエルズ」(23
Jewels 二十三石)の文字が記されています。文字盤の下部には「セルフワインディング」(SELFWINDING 自動巻き)と書かれていますが、これは「オートマティック」(AUTOMATIC)と同じ意味です。
「セルフワインディング」(英 selfwinding)または「オートマティック」(英 automatic)とは、時計を装着した人が日常生活の中で腕を動かす度(たび)に、その動きがムーヴメントの回転錘(かいてんすい、ローター)を動かし、ぜんまいが自動的に巻き上がる仕組みで、日本語では「自動巻き」といいます。自動巻きはぜんまいで動く機械式時計の仕組みであって、電池で動く「クォーツ式」のことではありません。簡単に言えば、手巻き式ムーヴメントに自動巻き機構を付加したのが自動巻きムーヴメントです。この時計が作られた
1959年には、クォーツ式腕時計はまだ存在していませんでした。
文字盤の色やテクスチャには、年代ごとの特徴があります。本品に見られる 1950年代らしい要素のひとつが、黒文字盤です。黒文字盤は 1950年代においても個性的な少数派ですが、1960年代に入ると黒文字盤は全くと言ってよいほど見られなくなります。放射状の三次元意匠による文字盤や、雲形デザインによるラグも、1950年代の時計にしか見られない特徴です。
文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは金色の小部品を植字した立体インデックスで、十二時、三時、六時、九時には外側に向かって開大する鏃(やじり)状インデックス、他の時刻にはピラミッド型インデックスを採用しています。鏃(やじり)形インデックスは、文字盤に刻まれた三次元の放射パターンをさらに強調しています。
1950年代の時計デザインには、1920年代に次いで、アール・デコ様式の特徴がはっきりと表れます。本品は放射状に彫刻された黒文字盤を有します。インデックスのデザインも二種類の幾何学図形となっており、1960年代のようにシンプルなバー・インデックスではありません。本品には
1950年代の時計ならではの造形的特徴が非常に強く顕れています。
各インデックスの外端、文字盤の縁に近いところには、小さな十二個の点がラジウム塗料で描かれていますが、これらのラジウム塗料は現在では光りません。
上の写真は本品を真横から撮影しています。手巻き式時計のケース裏蓋は平坦ですが、本品をはじめとする自動巻き時計のケース裏蓋は、自動巻き機構の厚みが加わるために、中央部が外側(下側)に向けて若干突出します。
本品の裏蓋は外周にネジを切った環状部品で固定する方式で、ステンレス・スティールでできています。裏蓋は肌と擦れ合うゆえに、時計において最も摩耗しやすい部分ですが、ステンレス・スティールは耐摩耗性に優れているので、日々の使用によく耐えます。またステンレス・スティールは良導体ですから、外部の磁界に対して逆向きの磁界を発生し、磁力線を遮ります。それゆえステンレス・スティール製の裏蓋は、ひげぜんまいの磁化を防ぐファラデー・ケイジとしても役立ちます。
本品の裏蓋には「ブローバ」(BULOVA)、「十カラット・ロールド・ゴールド・プレート・ベゼル、ステンレス・スティール製裏蓋」(10K R.
G. P. BEZEL, STAINLESS STEEL BACK)、「ショック・レジスタント」(SHOCK RESISTANT 耐衝撃)、デイト・コードとシリアル番号(L9,
D337653)、「アンティマグネティック」(ANTI-MAGNETIC 防磁)、「セルフワインディング」(SELFWINDING 自動巻き)、「ウォーター・プルーフ」(WATER
PROOF 防水)の文字が刻印されています。ただし現状では防水性は失われています。
デイト・コード(英 date code)とは、製造年を表す記号のことです。シリアル番号の前に刻印されているローマ字とアラビア数字の組み合わせがデイト・コードで、"L9"
は 1959年を意味します。ブローバ社の時計に刻まれたデイト・コードは、アラビア数字の前にある「エル」(L)、「エム」(M)、「エヌ」(N)がそれぞれ
1950年代、60年代、70年代を表します。たとえば "L0" ならば 1950年、"M2" ならば
1962年、"N7" ならば 1977年という意味です。1940年代以前のデイト・コードは、年ごとに独自の図形が用いられています。ラテン字母「エル」が
1950年代を表すのは、この文字がローマ数字で「クィーンクアーギンター」(羅 QUINQUAGINTA 五十)を意味することによります。
ブローバ社の時計にはスイスから輸入したムーヴメントが搭載されている場合が多く、しばしば文字盤の最下部に「スイス」と書かれています。しかしながら本品はアメリカ合衆国で製作された国産品ですので、「スイス」の表記はありません。
上の写真では、本品の裏蓋を外してムーヴメントを撮影しています。本品が搭載する「キャリバー 10BPAC」はブローバ社が誇る最高性能のオートマティック・ムーヴメントで、アメリカ国内で製作された国産の機械です。
先ほども書きましたが、オートマティック・ムーヴメント(自動巻きムーヴメント)は、手巻きムーヴメントと同様に、電池ではなくぜんまいで動く「機械式ムーヴメント」です。電池で動く「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された
1959年にはクォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。
クォーツ式腕時計の秒針は、一秒ごとに動くステップ・モーターにより、「チッ」、「チッ」 … と間欠的に動作します。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く手巻き時計や自動巻時計の秒針は「スウィープ運針」といって、連続して滑らかに動きます。
上の写真の手前に見える大きな部品が、回転錘(かいてんすい ローター)です。回転錘は腕時計を装着している人の手首の傾きに応じてどちら側にも動き、ぜんまいを巻き上げます。
回転錘には「ブローバ アメリカ合衆国」(BULOVA - U. S. A.)、「二十三石 シックス・アジャストメンツ」(23 JEWELS,
6 ADJUSTMENTS)、キャリバー名(10BPAC)と記されています。弧状に並ぶ文字はアジャストメンツの内容で、「寒暖、等時性、三つの姿勢差」(HEAT
- COLD - ISOCHRONISM - 3 POSITIONS)と表示されています。
(上・参考写真) 「ブローバ キャリバー 11AOCD」 1972年製 《オーシャノグラファー 十七石》 「アナジャスティッド」(UNADJUSTED)と表示されています。
ブローバ社の時計は、ほとんどの場合、ムーヴメントの半完成品をスイスから輸入していました。これは同社がムーヴメントを自社開発する能力が無かったからではなく、経営効率上の判断によります。ムーヴメントの半完成品は「エボーシュ」(仏
ébauche)といいます。「エボーシュ」は「下拵(ごしら)えした物」、「下書き」、「素地」という意味のフランス語で、時計用語では「針やぜんまい、天符がまだ取り付けられていない未完成の機械」を指します。
エボーシュはそのままでは動きませんから、時計ともムーヴメントとも呼ぶことはできず、あくまでも部品に過ぎません。当時のアメリカ合衆国では、外国から輸入される時計に関税が課されていました。これを回避するために、ブローバ社は完成品のムーヴメントではなく、部品に過ぎないエボーシュを輸入し、自社の工場で天符を取り付けたのです。
「アジャスト」(英 adjust)とは、天符の振動を調整することです。しかるにエボーシュは未だ天符を有しません。したがってエボーシュは未調整の状態です。
天符を持たないエボーシュが未調整なのは自明であって、ムーヴメントの仕組みを知っている人がエボーシュの状態を見れば直ちに了解できることです。しかしながらエボーシュがあくまでも部品でしかないことを強調するために、スイスから輸入するエボーシュには、「アナジャスティッド」(英
unadjusted 未調整)の文字が刻印されていました。
ブローバ社は自社工場においてエボーシュに天符を取り付け、調整を施します。完成したムーヴメントは「アジャスティッド」(英 adjusted 調整済み)の状態になりますが、エボーシュとして輸入されたときの「アナジャスティッド」の刻印はそのまま残ります。ブローバ社のほとんどの時計ムーヴメントが「アナジャスティッド」の刻印を有するのは、このような事情によります。上の写真はその一例です。
本品が搭載する「キャリバー 10BPAC」は国産品(アメリカ合衆国製品)ですから、「アナジャスティッド」ではなく、「シックス・アジャストメンツ」(6
ADJUSTMENTS)と表示されています。これは六つの項目に関して、天符の振動が影響を受けずに一定に保たれるという意味で、「寒暖、等時性、三つの姿勢差」(HEAT
- COLD - ISOCHRONISM - 3 POSITIONS)と刻印されています。
「寒暖」(HEAT - COLD)の刻印は、猛暑や厳寒の環境下でも、天符の振動が影響を受けないことを示します。「等時性」(ISOCHRONISM)の刻印は、主ぜんまいの巻き上げ残量に、天符の振動が影響を受けないことを示します。「三つの姿勢差」(3
POSITIONS)の刻印は、時計の向きに、天符の振動が影響を受けないことを示します。「三つの姿勢差」とはどの向きのことなのか、具体的に書かれてはいませんが、おそらく「文字盤が上」「六時が上」「九時が上」のことでしょう。これらは時計の使用中に最も頻繁に起こる姿勢です。
上記のような調整は、どの時計であってもある程度は行われていますが、調整の項目数(アジャストメンツの数)が表示されたムーヴメントは、一般的なムーヴメントに比べて、より精密に設計、製作、調整されているといえます。したがってアジャストメンツの数が多いほど、時計は高級になります。「シックス・アジャストメンツ」の「ブローバ キャリバー
10BPAC」は、工場出荷時において、スイス・クロノメータ検定に充分に合格する精度を誇った最高級機です。
機械式時計はクロックとウォッチに分かれ、クロックの一部は振り子式です。振り子は機械式時計の本体であり、機械式時計は振り子の規則的な振動(往復運動)によって時を計っています。しかるにウォッチすなわち携帯用時計(懐中時計と腕時計)には、振り子を取り付けることができません。時計が傾くと、振り子の動きが止まるからです。そこで考案されたのが、ひげぜんまいを有する天符(てんぷ)です。ひげぜんまいを有する天符は、振り子と同様の等時性を以て振動し、傾けても止まりません。
上の写真で手前に写っている金色の大きな輪が、天符です。「ブローバ キャリバー 10BPAC」の振動数は「一万八千振動」(A/h = 18,000)で、これは天符が一秒間に二・五回、一時間に九千回の割合で振動する(往復しつつ回転する)という意味です。上の写真では天符が高速で振動しているため、天輪の腕とチラネジがぶれて写っています。しかしながら天輪はあたかも動いていないかのようにくっきりとした軌跡を描いており、天真(てんしん 天符の中心軸)に曲がりが無いことがお分かりいただけます。天符の右上に、1959年のデイト・コード(L9)が見えます。
下の写真は天符の動きを止めて撮影しています。天符の中心部に見える極細のぜんまいがひげぜんまいで、機械式時計における最重要部品です。天符の周囲に取り付けられている極小のネジはチラネジといい、振動する天符の全方向に、全く等しい重力(遠心力)が働くように調整する役割を果たします。チラネジはマイナスネジで、最も太いネジ頭の直径が
0.4ミリメートルほどです。
良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、高級時計の部品として使用されるのです。必要な部分すべてにルビーを入れると、「十七石」(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントは「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」(英
a high jewel movement)と呼ばれる高級品です。ルビーの数は十七石あれば十分とされますが、本品はさらに六個のルビーを付加し、二十三石のムーヴメントとしています。二十三石は、実用上で意味がある最も多い石数です。
天符の中心にはルビーの受け石が見えています。受け石の下には穴石があり、穴石の中心の孔に天真(天符を支える中心軸)のホゾ(細くなった先端)が嵌っています。天符の石は固定されず、地板側、受け側ともバネで押さえられています。受け石を押さえるバネは耐衝撃装置(衝撃吸収装置、耐震装置)として働き、受けた衝撃をうまく逃がすことによって、天真のホゾが折れるのを防ぎます。耐衝撃装置にはいくつかの種類がありますが、「ブローバ キャリバー
10BPAC」はクローバーの葉に似た「キフ=フレクター」(Kif-Flector)を採用しています。
本機に限らず、オートマティック・ムーヴメントは、手巻き式ムーヴメントの場合と同様に、竜頭(りゅうず ケースの三時方向から外側に突出するツマミ)を回転させることによって、ぜんまいを巻き上げることもできます。
手巻き時計も自動巻き時計も、ぜんまいをいっぱいに巻き上げてから一日半ほど放置すると止まりますが、しばらく使わないのであればそのまま放っておいて構いません。自動巻き時計が止まらないようぜんまいを巻き上げ続ける観覧車のような回転機械が市販されていますが、あのような物を使う必要な全くありません。自動巻き時計が止まっていれば、竜頭を何度か回してぜんまいを巻き、始動させればよいだけのことです。
「ブローバ キャリバー 10BPAC」のパワー・リザーヴは四十一時間ですが、朝から夜まで本品を使っていても、手首の動きが少なければぜんまいの巻き上げ量も少なく、朝になって時計を使おうとすると、止まっている場合があります。そのようなときは就寝前に竜頭を何回か回して、ぜんまいの巻き上げを補ってください。
本品のバンド幅は十六ミリメートルで、二十世紀中頃に製作された男性用アンティーク時計(ヴィンテージ・ウォッチ)の標準サイズです。十八ミリメートルのバンドも使用可能で、このページの商品写真では十八ミリメートルのバンドを使っています。黒や茶色、ブルー等のバンド、もしくは金属製バンドに替えることもできます。
本品に限らずアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、バンドの種類や色はお好みに合うものをお使いいただけます。バンドの色を変更すると、ずいぶん雰囲気が変わります。本品はもともと男性用として作られた時計ですが、アンティーク時計は男性用であっても現代のものほど大きくないので、女性にもお使いいただけます。
アンティーク時計はどこの店でも修理に対応しない「現状売り」が普通ですが、当店ではアンティーク時計の修理が可能です。本品に関しても、当店では修理が必要となった場合に備え、貴重な部品を保管し、きちんと管理しています。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。
当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払い、十五回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。
本体価格 158,000円
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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