ボーム・エ・メルシエ製ハーフ=ダブル・ハンター 日本風草花文の銀色彫金文字盤に、金色のローマ数字インデックス 直径 48ミリメートル


 老舗時計会社ボーム・エ・メルシエ(Baume & Merciers / Baume & Co. / Baume Frères)による美しい懐中時計。19世紀末から20世紀初頭頃にスイスで製作され、イギリスに輸入された時計で、上質のムーヴメントを重厚な鋼製ケースに収納しています。竜頭は三時の位置にありますので、時計を吊り下げると三時が上になります。ケースの直径は突出部分を除いて 48ミリメートルと大きめですが、風防を含む最大の厚さは 13ミリメートルで、薄型のドレス・ウォッチに仕上がっています。




(上) エルジン 《グレード 217》 白に桜色と金彩 琺瑯文字盤の大型懐中時計 1901年 当店の商品


 懐中時計のケースにはいくつかの様式があります。基本となるのは風防(ガラス)の上に蓋が無い「オープン・フェイス」の時計です。オープン・フェイス式懐中時計の風防は腕時計と同様に露出していますが、分厚くて丈夫ですので、日常の使用で割れることはまずありません。上の写真は 1901年製のエルジン 《グレード 217》 で、オープン・フェイス式懐中時計の例です。

 しかしながらハンティングなど激しい動きをすると、風防が硬く尖った器物から衝撃を受けて割れる可能性があります。そこで蓋を付けたのが「ハンター・ケース」式の時計です。ハンター・ケースは蓋の蝶番(ちょうつがい)にバネが仕込まれていて、竜頭(りゅうず)を押すとロックが解除され、蓋が跳ね上がるように開きます。ハンター・ケースの長所は、風防が保護されることです。しかしながらハンター・ケースには短所もあります。

 ひとつめの短所は、蓋を開けなければ時間が分からないことです。

 ふたつめの短所は、可動部分(蝶番とロック)が増えたために、故障の可能性も大きくなったことです。

 みっつめの短所は、ガラスが非常に割れやすいことです。ハンター式懐中時計のガラスは、蓋を閉じる邪魔にならないように、平坦かつ極端に薄く作られています。厚さは一ミリメートルに足りません。それゆえ、たとえばガラスに触れてしまった場合、汚れを拭おうとして不用意に触れると、それだけで割れてしまいます。これはオープン・フェイス式懐中時計には起こり得ないことです。ハンター・ケース式懐中時計はガラスを保護するために蓋が付いているわけですが、その蓋を閉じるために極めて薄くなったガラスは、オープン・フェイスのガラスよりも格段に割れやすくなっています。

 よっつめの短所は、割れたガラスを交換できないことです。百年以上前、多くの男性が懐中時計を使っていた時代には、ハンター式懐中時計のガラスも数多く作られて、割れればいつでも交換できました。しかしながらそれらのガラスはもはや作られていません。時計用ガラスのサイズは直径 0.1ミリメートル単位で合わせるのですが、ハンター・ケースの場合は直径のみならずガラスの厚みやカーブもケースの蓋に合致させる必要がありますので、アンティークのハンター式懐中時計に適合するガラスを見つけることは、ほぼ不可能です。

 ハンター式懐中時計は格好が良いのですが、実用に際してこのような短所があります。当店は他店のような「現状売り」ではなく、お買い上げ後の修理にもできるだけ長期に亙って対応したいと考えているゆえに、ハンター式懐中時計は極力扱わないようにしています。





 本品は「ハーフ・ハンター」(英 half hunter)という様式です。「ハーフ・ハンター」とは蓋の中央に窓を開けて時間を確認できるようにした様式のことで、風防の保護と丈夫さを両立させています。利便性だけを考えれば腕時計が優れていますが、十九世紀に腕時計は存在しませんでしたし、発明後もしばらくは女性のものでした。男性は懐中時計しか持ちませんでしたから、オープン・フェイス式を好まないのであれば、ハーフ・ハンター式懐中時計は最良の選択肢でした。

 ハーフ・ハンター式懐中時計には蓋があって、見た目はハンター式に似ています。しかしながらハーフ・ハンター式懐中時計はハンター式懐中時計よりも扱いやすく、とりわけ本品は上に列挙した諸問題を一挙に解決しています。

 まず第一に、ハンター式懐中時計は蓋を開けなければ時間が分かりませんが、ハーフ・ハンター式懐中時計は蓋を開けずに時間を確認できます。

 第二に、ハンター式懐中時計は頻繁に蓋を開閉するゆえに可動部分の摩耗や破損が起こりやすいですが、ハーフ・ハンター式懐中時計は蓋を開けずに時間を確認できるので、可動部分の部品が長持ちします。

 第三に、ハーフ・ハンター式懐中時計の蓋には小さな風防(ガラス)が嵌められていますが、この風防は特に薄く作られているわけではなく、腕時計の風防と同様の強度を有します。さらに本品の場合、蓋を開けると露出する大きな風防はアクリル製ですので、ハンター式懐中時計のガラスのような割れやすさはありません。





 本品のケースは黒い鋼製です。蝶番やケースの歪み、ロックの不具合、錆等の問題は全く無く、たいへん良好な状態です。蓋の小窓の周囲には金張りを施したブロンズの枠が嵌め込まれ、四本のネジで裏側から留められています。金の枠と黒いローマ数字の取り合わせはたいへん高級感があるとともに、石造建築物の塔などにある大型のクロックにも似た重厚さを有します。





 竜頭を押すとロックが解除され、文字盤側の蓋がバネ仕掛けで開きます。裏側の蓋は手動式で開閉します。懐中時計の蝶番は本来であれば直角に近い角度に開きますが、アンティーク品の保存状態は個々の品物によって様々で、鋭角にしか開かなかったり、大きく開きすぎたりするものが多く見られます。本品の蝶番は全く傷んでおらず、本来の仕様通りに直角に開きます。





 蓋を開くと銀色に輝く文字盤が現れます。写真に写った文字盤は部分的に黒ずんでいるように見えますが、実物は全く綺麗な状態で、全体が曇りなく銀色の輝きを放っています。文字盤を外してみましたが、裏側にもホールマークは刻印されておらず、材質は不明です。硫化の形跡がまったく無いので、銀(Ag)ではないでしょう。薄く作ってあるので、おそらくホワイト・ゴールド(Au)であろうと思います。ホワイト・ゴールドであるならばホールマークが刻印されていても良いはずですが、昔のイギリスの時計業者はムーヴメント以外の材質を重視していませんでしたし、法律が定める通りにギルド・ホールで検質を受けても税金を課せられるだけで商業上のメリットが無いので、特に輸入時計の場合、法律通りに検質印(ホールマーク)が取得されることはまずありませんでした。





 文字盤はアール・ヌーヴォー様式で、日本風の草花文を中央部に浮き彫りにし、周囲をローマ数字による金色の立体インデックスで囲んでいます。

 時針と分針はクラシカルなスペード型です。時針にはスペードの部分が二か所あり、蓋を閉じたときには文字盤中央に近いスペードが小窓から見えるように工夫されています。

 時針、分針、六時の位置にある秒針はいずれもブルー・スティール(青焼き)です。現代の時計の青い針はたいていの場合青く塗装していますが、本品のようなアンティーク・ウォッチの青い針は「ブルー・スティール」と言って、鋼を加熱して青い酸化被膜を作ったものです。「ブルー・スティール」は見た目が美しいことに加えて腐食(錆)に強くなります。本品の針は良好な状態で、折れ、曲がり、錆(さび)等の問題は一切ありません。

 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。これに対して懐中時計の秒針は「スモール・セカンド」といって、六時の位置に取り付けられています。時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを製作するのは技術的に困難で、「センター・セカンド」が普及するのは1960年代です。アンティーク懐中時計の秒針はすべて「スモール・セカンド」方式で、本品も例外ではありません。





 本品のケースは「ハーフ・ハンター」式であるとともに、「ダブル・ケース」式でもあります。「ダブル・ケース」式とは裏蓋を開けると、もう一枚の蓋である「ダスト・カバー」がある様式のことです。すなわち本品は「ハーフ=ダブル・ハンター式懐中時計」です。





 ダスト・カバーを開けると金色のムーヴメントが現れます。ムーヴメントは錆も無く美しい状態です。丸穴車の手前に七桁のシリアル番号が刻印されています。





 このムーヴメントは本来十五石であったはずですが、四番車の受けの穴石が破損して無くなり、金属で代替して修復されています。時計ムーヴメントの穴石は地板や受けに摩擦のみで留められています。したがって地板や受けへの嵌入が可能でありつつ、外れることが無いように、サイズが厳密に決まっています。また四番車の穴石は、この車の非常に細いホゾを通しつつ、適正量の潤滑油を保持しなければなりません。いまから百年前には、このような修理ができる技術を持つ人がいたことに驚嘆を覚えます。





 本品のひげぜんまいはブルー・スティール製の「ブレゲひげ」(巻き上げひげ)、天符は二種類の金属を張り合わせた「バイメタリック・バランス」です。気温変化の影響を相殺するために、天符には切れ目があります。

 「ブレゲ」とはフランスの物理学者アブラアン・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet, 1747 - 1823)のことです。アブラアン・ブレゲは高名な時計製作者でもあり、マリー・アントワネットのために懐中時計を作ったことでも知られています。ブレゲの業績のなかでも特筆すべきはひげぜんまいの改良です。フランス語で「スピラル・ブレゲ」(spiral Breguet)、日本語で「ブレゲひげ」または「巻き上げひげ」と呼ばれるこの部品は製作するのが難しく高価ですが、非常に優れた精度で振動します。本品の天符はブレゲひげの精妙な働きにより、一時間当たり一万八千回、一日当たり四十三万二千回の振動を繰り返して時を刻みます。

 ひげぜんまいが磁化すると時計が大きく狂います。1950年頃以降のひげぜんまいは磁化しない合金でできていますが、懐中時計のひげぜんまいは鋼製ですので、スピーカーに密着させるなど、強い磁界に置くことは避けなければなりません。この点、本品の鋼製ケースは磁界を遮断しますので、ひげぜんまいの磁化を起こしにくいという長所があります。





 本品は電池ではなくぜんまいで動く「機械式時計」ですので、一日一回、竜頭を回して、主ぜんまい(メインスプリング ひげぜんまいとは別の強力なぜんまい)を巻く必要があります。本品の竜頭はアンティーク懐中時計に特有の玉ねぎのような形で、突出部分も摩耗はほとんど認められず、たいへん良い状態です。

 現代の時計は「ペンダント・セット」という方式で、時刻を合わせる際は竜頭を一段階ぶん引き出して回します。しかしながら今から百年前のアンティーク時計には、時刻合わせの方式がさまざまです。本品は「レバー・セット」(剣引き)式で、四時の辺りにあるレバーを引くと時刻合わせの状態になります。竜頭を引き出す必要はありません。







 上の写真は本品のムーヴメントをケースから取り出し、針と文字盤を外して地板側を撮影しています。地板の直径は実測値で 36.8ミリメートルで、16 1/4リーニュに相当します。フランジ部分で実測した直径は 39.8ミリメートルです。

 一枚目の写真はレバーを引き出さない通常時の状態です。このとき鼓車はキチ車と噛み合って、竜頭を回す力を丸穴車から香箱に伝え、ぜんまいを巻き上げます。二枚目の写真はレバーを引き出した状態です。このときレバーの突起がカンヌキを押して、鼓車をムーヴメントの中央寄りに移動させます。鼓車は小鉄車と噛み合って、竜頭を回す力を日の裏輪列に伝え、時針と分針を回します。





 地板の文字盤下、六時付近に、"B & Co." 及び三つの星が刻印されています。これはボーム・エ・メルシエ社が大英帝国において 1878年2月14日に登録した商標です。同社の当時の所在地は、ロンドンの宝飾街ハットン・ガーデン二十一番地でした。





 本品は真正のアンティーク時計ですが、古い年代にもかかわらず優れた保存状態で、十分に実用できます。ムーヴメント、ケース、文字盤、針、ガラスのいずれにも特筆すべき問題はありません。厚さ 13ミリメートルで、スマートにポケットに収まります。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





178,000円 販売終了 SOLD

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