イングランド及び連合王国の各種ホールマーク


 イングランド、及びアイルランドを含む連合王国で制作された金銀製品には「ホールマーク」と呼ばれる数種類の刻印が打たれ、それぞれの刻印が異なる意味を示します。このページでは各ジャンルの刻印の起源、及び各刻印の機能について略述します。


「ホールマーク」の語源 

 「ホールマーク」を直訳すると「会館の印」という意味です。貴金属の刻印はなぜこのような名前で呼.ばれるのでしょうか。

 中世のロンドンには、ギルドを起源とする十二の同業者団体(リヴァリィ・カンパニーズ Livery Companies) が存在していました。そのうちのひとつが、金細工師のギルドを起源とする団体「ザ・ワーシップフル・カンパニー・オヴ・ゴールドスミス」(The Worshipful Company of Goldsmiths 英語で「金細工師たちの敬虔なる団体」の意。以下「ロンドン金細工師組合」と表記)です。この団体は「ゴールドスミス・ホール」(Goldsmith's Hall 英語で「金細工師会館」の意)という建物を有しており、この建物は二度建て直されて、現在も「ロンドン金細工師組合」の会館として存続しています。

 「ロンドン金細工師組合」は、20世紀の後半まで、貴金属(金、銀、プラチナ)を検質し、純度を証明するスタンダード・マークを刻印する業務を独占的に行っていました。「ホールマーク」という言葉は、貴金属の純度を示すマークが、もともとロンドンの「ゴールドスミス・ホール」で刻印されていたことによります。英語において「ホールマーク」(hallmark) という言葉が確認できる最古の用例は、手許のOEDによると、1721年の文献です。


「ホールマーク」の語義

 今日、「ホールマーク」という言葉は、次の三つの意味で使用されています。

1 アセイ・ホール(assay hall 貴金属の純度を調べる検質所)で刻印される数種類のマークを包括した名称として使用される場合。
貴金属(金、銀、プラチナ)の純度を示す「スタンダード・マーク」と同義に使用される場合。
3 アセイ・ホール(検質所)の所在地を示す「タウン・マーク」と同義に使用される場合。

 1, は最も広義の用法です。上述のように、「ホールマーク」の原意は「アセイ・ホール(検質所)から受ける刻印」であり、アセイ・ホールではスタンダード・マークに加えて数種類のマークが刻印されますから、それらのマークをすべて包括して「ホールマーク」と呼ぶのは、最も本来的な用語法といえます。2, は最もよく使われる用法ですが、3, と同様に、二義的でない他の用語(スタンダード・マーク、タウン・マーク)で置き換えることが可能です。

 したがってこの論考では、「ホールマーク」という言葉を、1.の意味で使用することとします。


各種ホールマークの起源と機能

 イングランド及び連合王国で制作された貴金属製品には、五種類の刻印、すなわちスタンダード・マーク、メイカーズ・マーク、アセイヤーズ・マークまたはデイト・マーク、デュティー・マーク、タウンマークが打刻されました。これら五種類の刻印について、その起源を略述します。


1. スタンダード・マーク(純度の刻印)

1-a 中世および近世イングランドにおけるスターリング・シルバーのスタンダード・マーク

 イングランドにおいて、金と銀は 1300年以来、純度を証明するスタンダード・マークを刻印されてきました。(註1)

 金銀製品に使用される貴金属の純度に関するイングランド初の法令は 1238年のもので、ロンドン市長が六名の金銀細工師を任命して法定純度の遵守に当たらせることを定めました。1300年にはイングランド国王の領地で制作される金製品の純度を「パリ純度」(touch of Paris) の 19.2カラット、銀製品の純度を「スターリング・シルバー」の 0.925に定め、特に銀器に関しては法定純度の「スターリング・シルバー」であることを証明する「豹(ひょう)の頭」のスタンダード・マーク(註2)を監督官から得なければ、銀細工師から顧客に引き渡しできないこととしました。

 この法令において、特に銀のみに関してスタンダード・マークの刻印が義務付けられたのには、二つの理由が考えられます。理由の一つ目は、銀とピューター(錫を主成分とする合金)を区別しやすくするためです。現代の食器は陶磁器が多いですが、中世での食器は銀とピューターが使われていました。これら二種類の金属は見た目も用途も似ていましたから、銀製のものには「豹の頭」の刻印を打って区別する必要がありました。二つ目は金製品とヴェルメイユ製品(銀に金を被せた製品)を区別するためです。「豹の頭」のスタンダード・マークがあれば、金製品ではなくヴェルメイユであるとわかります。(註3)

 1300年の法令がいう「監督官」(warden) は、前述の同業者団体「ロンドン金細工師組合」に属しています。「ロンドン金細工師組合」はこの法令によって金銀の純度を評価する権限を得、1327年には勅許を与えられました。

 1544年、下の註2で取り上げたとおり、スターリング・シルバーのスタンダード・マークが従来の「豹(ひょう)の頭」から「ライオン・パサント・ガーダント」に変更されました。「ライオン・パサント・ガーダント」(lion passant guardant) は、体を左に向け、顔をこちらに向け、右前脚を挙げた歩態のライオンの図柄です。このスタンダード・マークは 1999年まで使い続けられることになります。

1-b ブリタニア・シルバーとそのスタンダード・マーク

 なおイングランドにおける銀器の法定純度は 1300年以来 92.5パーセントでしたが、1697年3月25日から 1720年5月31日までは 95.84パーセントに変更されました。この純度の銀を「ブリタニア・シルバー」(Britania silver) と呼んでいます。

 スターリング・シルバーの銀器には「ライオン・パサント・ガーダント」のスタンダード・マークと「豹(ひょう)の頭」のタウン・マークが刻印されましたが、「ブリタニア・シルバー」の銀器には「ライオンズ・ヘッド・イレイズド」のスタンダード・マークと「ブリタニア坐像」のタウン・マークが刻印されました。「ライオンズ・ヘッド・イレイズド」(lion's head erased) とは、首の切断面が直線的でないライオンの頭部で、横を向いています。「ブリタニア」はイギリスを象徴する女性像で、楯とトライデント(trident 三又の鉾)を手にしています。

1-c 金のスタンダード・マーク

 ロンドン金細工師組合の監督官たちは、1300年の法令により、金銀細工師の工房に立ち入り、製品に使われている金銀の純度を検査する権限を有していました。金製品が検質(アセイ assay)のために「ゴールドスミス・ホール」に持ち込まれた場合、検質に合格すれば銀と同じ刻印(「豹の頭」あるいは「ライオン・パサント・ガーダント」)を刻印されました。

 金製品のスタンダード・マークは1300年の法令では義務付けられていませんでしたが、やがて「ロンドン金細工師組合」は金細工師にも製品の検質とスタンダード・マークの受領を求めるようになりました。1717年に出した通知では、「プレイト」(plate 「皿」 後述)を含むあらゆる金銀製品にスタンダード・マークを受けるよう、すべての金銀細工師に求めています。この通知が出された時点では、金製品にスタンダード・マークを刻印する法律上の義務はありませんでしたが、1738年に制定された「プレイト法」(Plate Act 後述) により、金製品へのスタンダード・マーク打刻が法律によって義務付けられました。

 1-aで述べたように、1544年から 1999年まで、ロンドンの「ゴールドスミス・ホール」では「ライオン・パサント・ガーダント」のスタンダード・マークがスターリング・シルバーに刻印されました。しかるに 1844年までは、スターリング・シルバーと同じ「ライオン・パサント・ガーダント」のスタンダード・マークが22カラット・ゴールドにも刻印されました。したがって 1844年以前のアンティーク品の材質を鑑別する際は、金製品とヴェルメイユ製品の識別に細心の注意を払う必要があります。なお18カラット・ゴールドは 1798年に導入されましたが、この純度の金製品には「ライオン・パサント・ガーダント」のスタンダード・マークは用いられませんでした。(註4)

 なおイングランド及び連合王国における金の法定純度は、1300年に 19.2カラット(パリ純度 touch of Paris)、1477年に 18カラット、1575年に 22カラットとなり、現在に至ります。


1-d 17, 18世紀における時計ケースのスタンダード・マーク

 1675年頃、イングランドでウェイストコート(ヴェスト)が流行し、また時計工学が発達したのに伴って、ウェイストコートのポケットに入れる携帯用時計、すなわち懐中時計が作られるようになりました。当時の懐中時計は今日では想像もできないほど高価な品物であり、ケース(側 がわ)、すなわちムーヴメント(時計内部の機械)を保護するケースには貴金属が使われました。

 時計師の感覚からすると、時計を構成する要素のうちで、ムーヴメントこそが重要なものです。ケースは高価なムーヴメントの保護材に過ぎません。したがってたとえ貴金属でできていようとも、本質的には「どうでもよいもの」であるケースに手間とコストをかけ、検質を受けて純度の刻印を受領する必要を感じる時計師はいませんでした。

 しかしながら「ロンドン金細工師組合」は時計ケースに関してもスタンダード・マークの刻印を求めました。22カラット・ゴールドのケースに検質と刻印を求めた 1683年頃の記録、及び「ブリタニア・シルバー」のケースに検質と刻印を求めた 1698年頃の記録が残っています。スターリング・シルバー製時計ケースの刻印に関しては、1720年頃まで記録を遡ることができます。


2. メイカーズ・マーク

 1363年の法令により、金銀細工師はアセイ・オフィス(assay office 貴金属の純度を検査する所。検質所)に各自の「メイカーズ・マーク」(maker's mark) を登録し、このマークを製品に刻印することが定められました。

 1607年よりも以前のメイカーズ・マークのデザインは各細工師の自由で、さまざまな記号がつかわれていました。1607年の法令により、細工師の姓から最初の二文字を取ってメイカーズ・マークとすることが定められ、1739年以降は細工師のイニシアル(名と姓から一文字ずつ取ったもの)に変更されました。


3. アセイヤーズ・マーク、またはデイト・マーク

 貴金属製品に純度を証明する刻印があるにもかかわらず、実際の純度が規定よりも低いことが判明した場合、「ロンドン金細工師組合」の監督官たちは製品の購入者に補償を支払うことが定められていました。しかしながらこのような場合、製品を検査して純度の刻印を打った人物こそが、本来責任を負うべきです。それゆえ、1478年、「ロンドン金細工師組合」の監督官たちは純度検査の責任を負う専任者「アセイヤー」(assayer 検質官)を任命し、この「アセイヤー」の下で検質された製品には、純度の刻印に加えて、アルファベットの中から一文字を選んだ「アセイヤーズ・マーク」(assayer's mark) を刻印することとしました。

 「ロンドン金細工師組合」の「アセイヤー」(検質官)は毎年同じですが、監督官(ウォーデンズ wardens)は毎年新しい顔ぶれに交代し、そのたびに「アセイヤーズ・マーク」の文字も変更されました。「アセイヤーズ・マーク」によって貴金属製品の制作年がわかるので、「アセイヤーズ・マーク」は「デイト・マーク」(date mark 英語で「制作年のマーク」の意)とも呼ばれます。(註5)

 銀及び22カラット・ゴールドのアセイヤーズ・マークは、アルファベットの一文字を盾形の枠で囲んだものです。18カラット・ゴールドのアセイヤーズ・マークには盾形の枠を用いず、アルファベットの一文字を、角を落とした長方形の枠で囲みます。


4. デュティー・マーク

 1784年12月1日に「プレイト」(plate) を含む金銀製品が課税対象となり、税金を納入済みである印に、時の国王あるいは女王の頭部を模った「デュティー・マーク」(duty mark) を刻印することとなりました。(註6)

 英語の「プレイト」は通常は「皿」のことですが、時計のケース、すなわちムーヴメント(時計内部の機械)をまだ入れていないケースも、税制上は金銀の皿とともに「プレイト」のジャンルに含まれていました。ただしイングランド国内で制作された金銀の時計ケースは、国内の時計産業保護のため、1798年に課税対象から外されました。

 イングランド国内で制作された時計ケース以外の金銀製品に課される税は、1804年と 1815年に税率が引き上げられた後、1890年に廃止されました。課税廃止に伴い、「デュティー・マーク」も廃止されました。


5. タウンマーク

 1-c. で述べたように、1717年、「ロンドン金細工師組合」は「プレイト」を含むあらゆる金銀製品がスタンダード・マークを打刻されるべきことを、連合王国全土の金銀細工師に求めました。それまでは「ロンドン金細工師組合」のみが検質と刻印を行っていましたが、この年以降、ロンドン以外の各地にアセイ・オフィス(検質所)が設けられるようになりました。

 それぞれのアセイ・オフィスは、当該アセイ・オフィスで検質が行われたことを示す固有のマークを打刻します。これらのマークを「タウンマーク」と呼びます。

 アセイ・オフィス(検質所)が異なると、タウンマークが異なるだけではなく、スタンダード・マークとアセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)も異なります。したがってイギリスで制作された金銀製アンティーク品の材質と制作年代を特定するには、まず最初にどのアセイ・オフィスで検質されたかを確認しなければなりません。

 連合王国各地のアセイ・オフィスで用いられた各種マークの摘要を示します。

5-a ロンドンの「ゴールドスミス・ホール」(すなわちロンドン・アセイ・オフィス)

 1300年から 1544年までイングランドにおけるスターリング・シルバーのスタンダード・マークであった「豹の頭」が、ロンドンのタウン・マークです。この「豹の頭」は最初は王冠をかぶっていましたが、1823年1月1日以降は王冠が除外されました。他のジャンルのマークについては既述の通りです。金のスタンダード・マークは註4に示しました。

5-b チェスター・アセイ・オフィス

 1779年以前のタウン・マークは、小麦一束を三頭の「ドゥミ・ライオン・ランパント」(身を起こしたライオンの前半身)で取り巻き、盾形の枠で囲んだもの。1779年以降のタウン・マークは、一振りの短剣を小麦の束三つで取り巻き、盾形の枠で囲んだもの。

 18カラット・ゴールドのスタンダード・マークは「王冠」と 18 (数字)、スターリング・シルバーのスタンダード・マークは「ライオン・パサント・ガーダント」で、いずれもロンドン、バーミンガムと同じです。アセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)はロンドン、バーミンガムのいずれとも異なります。

5-c バーミンガム・アセイ・オフィス

 金製品に打刻するタウン・マークは、錨を長方形の枠で囲んだもの。銀製品に打刻するタウン・マークは、錨を盾形の枠で囲んだもの。

 18カラット・ゴールドのスタンダード・マークは「王冠」と 18 (数字)、スターリング・シルバーのスタンダード・マークは「ライオン・パサント・ガーダント」で、いずれもロンドン、チェスターと同じです。アセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)はロンドン、チェスターのいずれとも異なります。

5-d シェフィールド・アセイ・オフィス

 シェフィールドでは銀製品のみを検質していました。タウン・マークは王冠です。

5-e エクセター・アセイ・オフィス

 「三つの塔のある城」がタウン・マークです。

5-f ヨーク・アセイ・オフィス

 一本の十字架上に五頭のライオンを並べたものがタウン・マークです。

5-g エディンバラ・アセイ・オフィス

 タウン・マークは城。スタンダード・マークは薊(あざみ)。

5-h グラスゴー・アセイ・オフィス

 タウンマークは「グラスゴー市章」、すなわち頂上に鳥が留まった大木を、魚、鐘と組み合わせたものです。スタンダード・マークは「ライオン・ランパント」(後脚で立ち上がったライオン)です。

5-i ダブリン・アセイ・オフィス

 タウンマークは「ヒベルニア」(Hibernia 冬を擬人化した女神像)です。スタンダード・マークは次の通りです。

スターリング・シルバー: 「王冠をかぶったハープ」
22カラット・ゴールド: 「王冠をかぶったハープ」と 22 (数字)
20カラット・ゴールド: 「三本の羽軸がある鵞ペン」と 20 (数字)
18カラット・ゴールド; 「一角獣の頭」と 18 (数字)

 15カラット・ゴールドから9カラット・ゴールドまでのスタンダード・マークはロンドンと同じで、次の通りです。

15カラット・ゴールド; 15 と 0.625 (いずれも数字)
12カラット・ゴールド; 12 と 0.5 (いずれも数字)
9カラット・ゴールド; 9 と 0.375 (いずれも数字)


付記 連合王国に輸入される貴金属製プレイトのタウン・マーク

 以上、イングランド、及びアイルランドを含む連合王国で制作された金銀製品のホールマークについて論じてきました。しかるに 1904年の法令により、連合王国に輸入される貴金属製の「プレイト」は、検質のうえ純度を刻印されるべきことが定められました。これに伴い、各アセイ・オフィスでは輸入品用のタウン・マークを定めました。

 各アセイ・オフィスの輸入品用タウン・マークは、1906年の枢密院勅令 (Order in Council) で正式に決定しました。ロンドンの「ゴールドスミス・ホールでは金製品には「長方形の枠内に獅子座のマーク」、銀製品には「十字架上に獅子座のマーク」、グラスゴーでは「向かい合って横倒しになった二つのF」、チェスターでは「どんぐり」、バーミンガムでは「二等辺三角形」、エディンバラでは「聖アンドレア十字」が使用されています。なおバーミンガム、チェスター、エディンバラの輸入品用タウン・マークは 1887年の「商品商標法」(Merchandise Marks Act) で既に定められていましたが、この法律に関する詳細は省きます。




註1 なお貴金属の純度を示す刻印は、フランス語では「ポワンソン」(un poinçon)、ドイツ語では「ファインゲハルツシュテンペル」(der Feingehaltsstempel) あるいは「レプンツェ」(die Repunze)、スペイン語では「コントラステ」(un contraste) と呼ばれます。


註2 1300年の法令で定められた「豹の頭」には鬣(たてがみ)があり、王冠を被っていました。1544年、銀のスタンダード・マークが「ライオン・パサント・ガーダント」(lion passant guardant 体を左に向け、顔をこちらに向け、右前脚を挙げた歩態のライオン)の図柄に変更されたのに伴い、「豹の頭」はロンドンの「タウン・マーク」となりました。「タウン・マーク」とは銀の純度が当該の都市で検質されたことを示す印です。ロンドンの「豹の頭」はイギリスで最初のタウン・マークで、1822年以降は王冠無しで表示されています。


註3 1300年当時はまだ存在しなかった素材ですが、シェフィールド・プレイト製品と銀無垢製品を区別するにも、銀のスタンダード・マークは役に立ちます。「シェフィールド・プレイト」(Sheffield plate) は 1743年に発明された技法で、高温によって銅に銀を張り付け、銀無垢製品と同様の外観の製品を安価に制作することが可能です。

 ベース・メタルの表面に、高温によって貴金属の薄板を張り付ける点で、「シェフィールド・プレイト」は「ゴールド・フィル」(gild fill) や「ロールド・ゴールド」(rolled gold) と共通しています。


註4 1844年以降、ロンドンの「ゴールドスミス・ホール」では15カラット・ゴールド、12カラット・ゴールド、9カラット・ゴールドが導入されました。この年以降のスタンダード・マークは次の通りです。

22カラット・ゴールド: 「王冠」と 22 (数字)
18カラット・ゴールド; 「王冠」と 18 (数字)
15カラット・ゴールド; 15 と 0.625 (いずれも数字)
12カラット・ゴールド; 12 と 0.5 (いずれも数字)
9カラット・ゴールド; 9 と 0.375 (いずれも数字)


註5 5月19日は金銀細工師の守護聖人である聖ダンスタン (St. Dunstan of Canterbury, 909 - 988) の祝日にあたり、「ロンドン金細工師組合」の監督官はこの日に交代しました。したがって「ロンドン金細工師組合」においては、アセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)も 5月19日から更新されました。

 チャールズ2世 (Charles II of England, 1630 - 1660 - 1985) がイングランド国王に即位した 1660年からは、この国王の誕生日である 5月29日が「ロンドン金細工師組合」におけるアセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)の更新日となりました。この慣行は 1973年まで続きました。

 イギリスの他のアセイ・オフィス(検質所)でも、監督官は毎年交代し、そのたびにアセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)が更新されました。ロンドン以外のアセイ・オフィスにおけるアセイヤーズ・マーク(デイト・マーク)の更新日は、おおむね 7月1日でした。


註6 1719年から1758年の間も銀製品1オンスあたり6ペンスの税金が課されましたが、このときはデュティー・マークはありませんでした。




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