十九世紀後半から二十世紀初頭、すなわち未だ腕時計が存在しなかった時代に、フランスで作られた懐中時計用シャトレーヌ。 材質はドゥブレ・ドール(仏 doublé d'or 金張り)です。現代の金めっきに比べると、アンティーク品のドゥブレ・ドールは金の層が極めて厚くなっています。実際のところ、百数十年前に作られた本品も十分に綺麗な状態です。
写真では分かりづらいですが、本品には「黄色い金」と「僅かに赤みがかった黄色の金」の二種類が張られています。二種類の金のうち「僅かに赤みがかった黄色の金」は、フランスのアンティーク品によく使われます。
懐中時計はフランス語でモントル・ア・グセといいます。「モントル・ア・グセ」(仏 montre à gousset)とは「ポケット用時計」という意味で、日本語の「懐中時計」と同じ意味です。つまり懐中時計とは時計の外面的形態及び使い方に基づく名称であって、ぜんまいで動く機械式であるか、電池で動くクォーツ式であるかを問いません。
本品が作られた時代の懐中時計は、現代の時計とは違い、ぜんまいで動く機械式でした。電池式(クォーツ式)の時計は多少の衝撃を受けても壊れませんが、ぜんまい式(機械式)の時計は衝撃に弱く、落とすと壊れます。それゆえ昔の懐中時計は、手から取り落としても地面まで落下することが無いように、命綱の役割をするチェーンやリボンを取り付けて使いました。懐中時計の上部には、竜頭(りゅうず 時刻合わせやぜんまい巻き上げのツマミ)を囲むように大きな環がありますが、これはチェーンを取り付けるためのものです。
懐中時計の落下を防止するには、チェーン、リボン、組み紐などを使うことができます。何を使うかは各人の自由で、約束事はありません。本品はシャトレーヌ(châtelaine)と呼ばれる装飾性の強いチェーンです。シャトレーヌはヴェスト(チョッキ)のポケットに引っ掛けられるように、最上部が湾曲しています。ここをポケットの縁に引っ掛けて、クリップで固定します。シャトレーヌをポケットに固定するクリップは、レバーの操作で簡単に開閉できます。
本品最上部には湾曲した金具があって、ここをポケットに引っ掛けるようになっています。十八世紀のロココ時代にはロカイユ(仏 rocaille)と呼ばれる貝殻風の曲線的意匠が流行し、家具の縁取り等に多用されました。本品最上部の湾曲した金具は、ロカイユ風の典雅な意匠に飾られています。
最上部の金具からは、細かいリンクを連ねた金属製リボンが下がっています。金属製リボンの中程には、最上部の金具と調和する意匠の金具が留められ、同系統の意匠によるペンダント式装飾物が提げられています。金属製リボンは柔軟で、着用者の動きに合わせて揺れますが、ペンダント式装飾物は自由に動くようになっているので、さらによく揺れ動きます。
ペンダント式装飾物の楕円形部分はイニシアルを彫るスペースですが、本品には何も彫られていません。
上の写真は本品シャトレーヌに女性用懐中時計を取り付けて撮影しています。女性用懐中時計は 1960年代後半の手巻き式で、当店の商品です。
上の写真は本品シャトレーヌに男性用懐中時計を取り付けて撮影しています。男性用懐中時計は 1923年製の手巻き式で、当店の商品です。
本品は懐中時計の落下防止のみならず、男女ともに様々な用途にお使いいただけます。百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は極めて良好です。ポケットを挟むクリップも、チェーン先端のナスカン状クラスプも、バネはまったく緩んでいません。本品はデザインが美しいだけでなく、十分に実用可能であり、日々お使いいただけるアンティーク工芸品となっています。