ブローチとペンダントを兼ねるセンティメンタル・ジュエリー。1860年代ないし70年代頃にイギリスで制作された品物で、「ラヴ・ノット」(love knot 英語で「愛の絆(きずな)」の意)をモティーフにしています。材質はエボナイト(ヴァルカナイト)で、本来は漆黒であったと思われますが、歳月の経過により茶色がかった色に褪色しています。
「ラヴ・ノット」はセンティメンタル・ジュエリーによく採用されるモティーフですが、センティメンタル・ジュエリーがジェット製の場合はもっと単純かつ平坦な意匠となり、本品のように造形することは不可能です。仮にこの意匠のジェット製品を作ったとしても、きわめて破損しやすく、現代まで残るとは考えられません。しかしながら本品はエボナイト製であるゆえに非常に立体的な意匠が可能であり、さらに今日まで良い状態で残っています。エボナイトはジェットよりも安価な模造石と認識されていますが、本品のようにジェットで作れない意匠を実現した作例においては、単なる模造石を超えて、優れた工芸材料としての価値を獲得しています。
黒いセンティメンタル・ジュエリーは死者を悼むために「モーニング・ジュエリー」として制作される場合もありますが、本品はモーニング・ジュエリーではありません。黒いジュエリーは独特の美しさゆえに、19世紀当時から死者への哀悼とは無関係に愛用されました。特に本品は金無垢製と思われる金色部品を多用したとても珍しい作例で、死者を哀悼する以外の用途を大きく意識して作られています。環状部品の数にこだわる必要はありませんが、繋がり合う二つの環に三つ目の環を差し渡した本品の意匠は、三人の人の絆、あるいは二人の人と動物の絆、あるいはひとりの人と二匹の動物の絆を表しているようにも見えます。
上の写真は店主(男性)の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になると、もう一回り大きなサイズに感じられます。
本品は百数十年前のイギリスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は極めて良好で、十分に実用可能です。特筆すべき問題は何もありません。エボナイト製の本品はジェットよりも壊れにくいので、共に生きる人との絆を表すブローチまたはペンダントとしても、亡くなった大切な方を哀悼するモーニング・ジュエリーとしても、日々ご愛用いただけます。