ダイヤモンドのシンボリズム symbolisme du diamant
(上) a hexagonal-cut diamond, 0.37 ct., F color, SI 1 当店の販売済み商品
ダイヤモンドは現代において最も愛好される宝石です。古代、中世の人々はダイヤモンドを美しい鉱物と見做していませんでしたので、この宝石は誕生石にも入っていませんでした。ダイヤモンドが四月の誕生石とされるようになったのはダイヤモンドの販売を促進するためで、全米宝石商組合(the National
Association of Jewellers)の決定によります。このことからもわかるようにダイヤモンドは宝石としての伝統が希薄ですが、主にその硬さゆえに、古来不変性を象徴してきました。
【ダイヤモンドという宝石名】
英語のダイヤモンドはフランス語から取り入れた語です。ロマンス諸語、すなわちフランス語を含むラテン系諸言語においてダイヤモンドを意味する語は、ラテン語のアダマース(羅
ADAMAS, ANTIS, m.)に由来します。ラテン語のアダマースはギリシア語のアダマスを借用したものです(註1)。
ギリシア語アダマス(希 ἀδάμας, ἀδάμαντος, ὁ)は、動詞ダマゾー(羅 δαμάζω)あるいはその別形ダムナオー(希 δαμνάω)の語根に、否定の接頭辞ア(希
ἀ-)が付いた形に由来します。しかるに動詞ダマゾー、ダムナオーは、(動物が)飼い馴らされる、(娘が結婚して)夫のものになるという意味、さらに一般化して、征服される、支配に服する、という意味です。したがってアダマス、アダマースは「支配に屈しない」「何物にも負けない」という意味で、ギリシア語においてもラテン語においても、当時知られた最も硬い金属である鋼鉄、あるいはクォーツ、金剛砂(砂状のガーネット)、ダイヤモンドなどを指します。要するにダイヤモンドの語源であるギリシア語アダマス、ラテン語アダマースは、古代において特定の鉱物名ではなく、硬い物質を広く意味します。
ダイヤモンドはアダマス(アダマース)に含まれます。しかるにダイヤモンドが採掘できる場所は限られており、ギリシア人やローマ人が住む地中海沿岸では見つかりません。交易によればインドから手に入れることも可能でしたが、当時地中海世界の人々はダイヤモンドに宝石としての価値を認めていませんでしたから、これを目当てに交易を行うことは、実際にはほとんど無かったでしょう。それゆえ古典ギリシア語及びラテン語のアダマス(アダマース)は、ダイヤモンドでない物質を指す場合が多かったと思われます。
【ダイヤモンドの生成】
サブダクション帯で引き込まれた大洋底の玄武岩は、まず角閃岩に変性した後、地下百三十キロメートル以深でエクロジャイトとなります。この部分からマグマが高速で地上に噴出すると、キンバライト・パイプができます。ダイヤモンドはキンバライト、とりわけキンバライト中に捕獲されたエクロジャイトに含まれます。ダイヤモンドの結晶構造は
1245 - 1540 Kで安定し、それよりも低い温度では黒鉛に変わります。したがってキンバライト及びエクロジャイト中のダイヤモンドがダイヤモンドのまま地表近くに到達するには、時速百キロメートルを超える速度で地表に向けて噴出する必要があります。それでもダイヤモンド結晶の尖端や稜線部が黒鉛に変性することは避けられず、理論上正八面体であるはずのダイヤモンド結晶は、実際には少し丸みを帯びています。
ダイヤモンドの母岩がキンバライト及びエクロジャイトであることは、十九世紀後半になるまで知られていませんでした。古代から続くインドのダイヤモンド鉱山をはじめ、十八世紀に発見されたボルネオとブラジルの鉱床、十九世紀に見つかったウラル、カリフォルニア、オーストラリアなどの鉱床も、すべて漂砂鉱床でした。古代ローマの軍人、政治家にして博覧強記の学者であった大プリニウスは、「博物誌」(NATURALIS HISTORIA)第三十七巻で鉱物について論じ、同巻十八節及び十九節はアダマースに関する記述となっています。プリニウスはアダマースについて、「あちこちの鉱山でごく稀に見つかる金の節の如き鉱物は、アダマースと呼ばれた。この鉱物は金の仲間であって、金の中でしか生まれないと思われていた。」(羅
ita appellabatur auri nodus in metallis repertus perquam raro, comes auri,
nec nisi in auro nasci videbatur.)と書いています。これはダイヤモンドが砂金の漂砂鉱床で見つかることから生じた誤解でしょう。
【ダイヤモンドの不変性と世界軸】
ダイヤモンドのモース硬度は 10で、最も硬い物質であることはよく知られています。しかしながらモース硬度 10とは「モース硬度 9の物質よりも硬い」というだけの意味で、9と
10の隔たりがどの程度なのかを表していません。ヌープ硬度(英 Knoop hardness)は硬度の差を数値化して表せるスケールです。これによるとコランダム(モース硬度
9)とダイヤモンド(モース硬度 10)の値はそれぞれ 2000、8000で、両者には四倍の隔たりがあることがわかります。
ダイヤモンドは炭素の単体で、加熱すると燃えますから、不変の物質ではありません。しかしながら古代、中世の人々はロック・クリスタル(無色のクォーツ)、ホワイト・トパーズ(無色のトパーズ)、ゴシェナイト(無色のベリル)、無色のコランダムなどから、ダイヤモンドを確実に区別する方法を知りませんでした。クォーツ、トパーズ、ベリル、コランダムは、ほとんどの宝石と同様に不燃性です。それゆえダイヤモンドは不燃性の硬い宝石と一括りにしてアダマスと呼ばれ、卓越した硬さゆえに不変性の象徴とされました。
不変の鉱物ダイヤモンドは、世界軸(羅 AXIS MUNDI)を作るに相応しい物質です。それゆえ世界軸の表象に、ダイヤモンドが関連する例がしばしば見られます。ここでは仏教とキリシア哲学における例を取り上げます。
・仏教における例
ダイヤモンドはサンスクリット語でヴァジラ(vajra)といい、金剛と漢訳されます。既に述べたように、ギリシア語アダマス及びラテン語アダマースは様々な種類の高硬度鉱物を指します。一方サンスクリット語ヴァジラは、ダイヤモンドを指すと考えられています。インドでは紀元前八百年から紀元前六百年の間に、ジェム・グラヴェル(英
gem gravels 宝石質の礫)中に見出されるダイヤモンドの採集が始まっていました。
ダイヤモンドの輝きは蒙を啓き悟りをもたらす雷光に譬えられ、あるいは悟りそのものを象徴します。大英帝国の軍人で考古学者でもあったアレクサンダー・カニンガム(Sir
Alexander Cunningham, R.E., K.C.I.E., C.S.I., 1814 - 1893)は、1861年と 1881年に、インド東部ブッダガヤにおいて、マハーボーディ寺(大菩提寺)の発掘を行いました。1881年に発掘された空位のベッド状台座は、悟りを開いたゴータマ・ブッダの玉座として制作され(註2)、ヴァジラ―サナ(vajrāsana ダイヤモンドの玉座)と呼ばれます。ヴァジラーサナは砂岩でできています。砂岩の玉座がダイヤモンドの座と呼ばれる理由は、これに座するブッダの悟りがダイヤモンドに譬えられるからです。
ダイヤモンドの硬さは何物にも破壊されえない真理を象徴するとともに、煩悩を断ち切る武器の威力にも譬えられます。それゆえ密教の法具である金剛杵(こんごうしょ)も、サンスクリット語ではヴァジラと呼ばれます。
・プラトン「国家」 616c4の記述に見られる例
古代ギリシアの哲学者プラトンは、著書「国家」("RES PUBLICA")の結末部分で、エール(希 Ἤρ)という名の戦士の臨死体験について語っています。エールは十日のあいだ戦場に倒れていましたが、その身体は腐敗していませんでした。遺体が収容されて家に運ばれ、死後十二日目に火葬の薪に横たえられたとき、エールは息を吹き返しました。正しく生きた人と不正に生きた人がそれぞれ死後に辿る運命を、エールは死んでいる間に目撃し、生き返った後でその体験を語りました。
プラトンによると、エールは他の死者たちとともに五日間の旅をして、天地を貫く光の柱に辿り着きました。光の柱の真ん中に立つと、回転する天球を縛ってまとめる光の綱が、上空から下りてきていました。綱の端はアナンケー(希
Ἀνάγκη 必然、およびそれを神格化した女神)の紡錘に続いており、同心円状の構造を有する弾み車が、そのまま天球になっていました。616C4によると、紡錘の「軸と鈎はアダマス製」(希
οὗ τὴν μὲν ἠλακάτην τε καὶ τὸ ἄγκιστρον εἶναι ἐξ ἀδάμαντος)でした。
既に述べたように、古典ギリシア語のアダマス(希 ἀδάμας)は、鋼鉄やダイヤモンドをはじめとする硬い鉱物を広く意味します。したがってプラトンが言及するアナンケーの紡錘が、鋼鉄製であったのか、硬い鉱物でできていたのか、言葉のみからは判断できません。しかしながらエールの臨死体験というコンテクストを考えれば、ここで重要なのはスピンドルに適した材料工学的加工性や耐久性ではなく、アダマスが有する象徴的機能です。したがってアナンケーの紡錘のアダマスは、ダイヤモンドと考えるのが妥当でしょう。
マハーボーディ寺のヴァジラ―サナも、アナンケーの紡錘も、世界軸に他なりません。ダイヤモンドは卓越した硬さゆえに不変性の象徴とされます。しかるに世界軸は世界を支える軸ですから、不変かつ安定である必要があります。したがって不変の鉱物ダイヤモンドは、世界軸の象徴として最も相応しい物質であるといえます。
註1 古典ラテン語アダマースは、後期ラテン語ディアマース(diamās, -antis)の対格ディアマンテ diamante(m) を経てフランス語ディアマン(仏
diamant)となり、これが中世英語に入ってディアマウント(diamaunt)等の語形を取った。これがさらに変化して、近代英語のダイヤモンド(英
diamond)が生まれた。
なおアダマンティン(英 adamantine ダイヤモンドのような、不屈の;コランダムの一種)、アダマント(英 adamant 非常に硬い、不屈の)、アダマンシー(英
adamancy 不屈さ)等の近代語が、アダマースに由来することは言うまでもない。
註2 良く知られているように、仏教において人像型礼拝像(仏像)が制作されるようになったのは、ガンダーラ美術の時代(紀元前後から五世紀頃)においてである。ギリシア人には神像や英雄像を作る習慣があり、当地のギリシア人仏教徒がこの伝統に従って、人に模った仏像を作り始めたのが仏像の起源である。これより以前の仏教は偶像崇拝を排していた。初期仏教徒が崇敬したのは仏像ではなく、空位の玉座であった。
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