アメシスト ― 大プリニウス「博物誌」 第37巻40節による
l'améthyste dans "L'Histoire naturelle", liber XXXVII, caput 40, par Pline l'Ancien




(上) プリニウスが最高のアメシストとして賞賛する「ウェネリス・ゲナ」(ウェヌスの目) カラー・チェンジ・アメシスト 22.38 cts 23.7 x 14.7 mm 当店の商品


 大プリニウス (Gaius Plinius Secundus, 23 - 79) は「博物誌」(NATURALIS HISTORIA) 第37巻40節でアメシストについて論じています。この箇所において、プリニウスはアメシストを次の五種に分けています。

   1.    インド産アメシスト (amethysti indicae)    貝紫色の最高級品
   2.    ソコンディオン (socondion)    サファイアに近い色のアメシスト
   3.    サペノス (sapenos) または ファラニティス (pharanitis)    ソコンディオンよりも淡色のアメシスト
   4.    amethysti habentes colorem vini    葡萄酒色のアメシスト
   5.    amethystus albicans purpurae defectu    無色の水晶に近いアメシスト


 プリニウスは良質のアメシストの条件についても論じています。プリニウスによると、最上のアメシストは貝紫の色であり、光にかざして見ると、薔薇色の光輝が紫のうちに柔らかく照り返します。このようなアメシストは「ウェネリス・ゲナ」、すなわち「ウェヌスの頬」と呼ばれます。「ゲナ」は詩語で「瞼」、さらに「目」を表すので、「ウェネリス・ゲナ」を「ウェヌスのまぶた」「ウェヌスの目」と訳すこともできます。

 「博物誌」 第37巻40節の末尾ではアメシストの呪術的用法が付記されています。知識人プリニウスは同時代の呪術的信仰を馬鹿げた迷信として退けますが、現代の文化人類学的見地に立てば、呪術的信仰が発生したプロセスに興味をそそられます。


 「博物誌」 第37巻40節の原テキストを、全訳を付して示します。ラテン語テキストはマイホフ版によります。日本語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために、原テキスト及び訳文に語を補いました。補った語はブラケット [ ] で囲んで示しました。

     Alius ex hoc [ordine], ordo purpureis [lapidibus, i. e. amethystis] dabitur aut [purpureis lapidibus] quae ab iis descendunt.    さらに、以上で記述した一群の石とは別に、各種のアメシストに対して(註1)、また各種アメシストに由来する[各種の紫石]に対して、秩序だった分類的記述を行う(註2)。
     principatum amethysti tenent Indicae; sed in Arabiae quoque parte, quae finitima Syriae Petra vocatur, et in Armenia minore et Aegypto et Galatia reperiuntur, sordidissimae autem vilissimaeque [amethysti] in Thaso et Cypro.    インド産アメシストは最高の地位を占めるが、シリアに隣接していてぺトラと呼ばれるアラビアの地方でも、小アルメニアでも、エジプトでも、ガラティアでも、[アメシストが]見つかる。さらに最もきたなく無価値なアメシストはタソスとキプロスで見つかる(註3)。
     causam nominis adferunt quod usque ad vini colorem accedens, priusquam eum degustet, in violam desinat fulgor, alii quia sit quiddam in purpura illa non ex toto igneum, sed in vini colorem deficiens. perlucent autem omnes violaceo decore, scalpturis faciles.    [アメシストという]名の由来は、その輝きが葡萄酒の色へと向かいつつも、葡萄酒の色に至らず、すみれ色に留まるからだと説明される(註4)。他の人々の説明では、アメシストの紫にはあまり強い輝きが無く、暗い葡萄酒の色をしている(註5)からである。しかしながらすべてのアメシストは美しいすみれ色で、彫刻しやすい石である。(註6)
     Indica absolutum Phoenices purpurae colorem habet. ad hanc tinguentium officinae dirigunt vota. fundit [colorem] autem aspectu leniter blandum neque in oculos, ut carbunculi, vibrantem [colorem].    インド産アメシストはフェニキア紫(註7)の完全な色を有する。染色業者たちの仕事場は、この「フェニキア紫」を得ようと努めている(註8)。インド産アメシストを眺めると、魅惑的[な色]を柔らかく注ぎ、カルブンクルス(ルビー等 註9)のように、眩ませる[色]を目に注ぐことはない。
     alterum earum genus descendit ad hyacinthos; hunc colorem Indi socon vocant, talemque gemmam socondion. dilutior ex eodem sapenos vocatur, eademque [gemma vocatur] pharanitis , in contermino Arabiae, gentis nomine. quartum genus colorem vini habet.    アメシストの別の類はヒュアキントゥス(サファイア 註10)に近い。インド人はこの色をソコン、この色の宝石をソコンディオンと呼ぶ。ソコンよりも薄いものはサペノスと呼ばれる。また、これと同じ石が、アラビアに近い地域では、部族の名前に基づいて、ファラニティスと呼ばれる。第四の類は葡萄酒の色を有する。
     quintum ad vicina crystalli descendit albicante purpurae defectu. hoc minime probatur, quando praecellens debeat esse in suspectu velut ex carbunculo refulgens quidam leniter in purpura roseus nitor. tales aliqui malunt paederotas vocare, alii anterotas, multi Veneris genam.     第五の類は無色の水晶に近い状態に至り、白くなって紫色に欠ける。これは最も価値が低い。優れた石は[宙にかざして]仰ぎ見られたとき、あたかもカルブンクルスからのように、薔薇色のある種の光輝が、紫のうちに柔らかく照り返すのでなければならないからだ。このような石をプラエデロース(註11)、あるいはアンテロース(註12)と呼びたがる人たちもいるが、多くの人はウェネリス・ゲナ(羅 Veneris gena 「ウェヌスの頬(あるいは瞼、目)」の意)と呼んでいる。
         
     Magorum vanitas ebrietati eas resistere promittit et inde appellatas, praeterea, si lunae nomen ac solis inscribatur in iis atque ita suspendantur e collo cum pilis cynocephali et plumis hirundinis, resistere veneficiis, iam vero quoquo modo adesse reges adituris, grandinem quoque avertere ac locustas precatione addita, quam demonstrant.    魔術を使う者たちの虚言は、アメシストが酒酔いを防ぐと約束し、このことゆえに[アメシストと]呼ばれると[主張する]。さらにルーナ(羅 luna 月)またはソール(羅 sol 太陽)という名をアメシストに彫り込んだうえで、ヒヒの毛及びツバメの羽とともに首から提げるならば、有害な魔術を防ぐと[主張する]。しかるにまた、どんな方法[で使われる]にしても、[請願の目的で]王に近付こうとする人たちを助けるとも[主張する]。彼ら(魔術師たち)が示す祈りを唱えて使うならば(註13)、雹やイナゴをも近付けないとも[主張する]。
     nec non in smaragdis quoque similia promisere, si aquilae scalperentur aut scarabaei, quae quidem scripsisse eos non sine contemptu et in risu generis humani arbitror.    [魔術師たちは]スマラグドゥス(註14)に関しても、鷲またはスカラベが彫られた場合に、同じような事どもを約束している。彼らはこれらの事柄を、ひとを馬鹿にし、笑い者にして書いたに違いないと、わたしは考える。


 ラテン語の名詞アメテュストゥス(AMETHYSTUS) は第二変化ですが、女性名詞です。ギリシア語のアメテュストス(ἀμέθυστος, ἡ) は女性名詞、アメテュストン(ἀμέθυστον, τό) は中性名詞です。

 なおフランス語のアメティスト(l'améthyste) は鉱物名としては女性名詞、色名としては男性名詞です。ドイツ語のアメティスト(der Amethyst) は男性名詞です。


註1 purpureis [lapidibus]  直訳 「各種の紫石に対して」

註2 ordo ... dabitur  直訳 「オールドー(秩序、順を追った記述)が与えられる。」

註3 小アルメニア(Armenia minor) は黒海南東岸の地域。ガラティア(Galatia) はアナトリアの中央部。タソス(Θάσος) はエーゲ海北端の島。

註4 causam nominis adferunt quod ...  直訳 ...という理由で、人々は名前の由来を説明する。 ※ この "quod" は接続法の動詞を伴い、「理由」を表す節を導く関係副詞。

註5 sit quiddam in purpura illa non ex toto igneum, sed in vini colorem deficiens  直訳 アメシストの紫には完全でないある種の火があって、葡萄酒の色へと暗くなる

註6 violaceo decore, scalpturis faciles  直訳 すみれ色の美しさで、諸々の彫刻に容易である

註7 フォエニーケース・プルプラ(Phoenices purpura フェニキアの紫)とは、貝紫(アクキガイ科の貝の分泌物から得られる紫色染料)のこと。フォエニーケー(Phoenice) はフォエニーキア(Phoenicia) に同じ。

 アクキガイ


註8 ad hanc ... dirigunt vota.  直訳 これを求めて希求を行う。

註9 カルブンクルス(carbunculus)は、カルボー(carbo 炭)の語幹に指小辞(-unculus)が付いた語で、燠(おき)が原意である。ラテン語の宝石名としては、ルビーやスピネル、ガーネットなど、赤くきらめく石を指す。

註10 ラテン語の宝石名ヒュアキントゥス(hyacinthus)は、サファイアを指す。

註11 praederos  ギリシア系ラテン語で偏愛、お気に入りの意

註12 ἀντέρως  ギリシア語で報われた愛、愛に対して返される愛の意。

註13 precatione addita  直訳 [アメシストの使用に]祈りが加えられるならば (絶対的奪格)

 古代ローマの魔術師あるいは呪医たちは、アメシストを月と同一物とする目的で、この宝石にルーナの文字を彫り込んだのであろう。月は生命の源であるから、月そのものを護符として身に着ければ、その人自身もまた月と同化することになる。そうなれば悪意ある魔術によって生命と健康を損なわれることもなくなる。

註14 希 σμάραγδος 羅 smaragdus  エメラルド



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