母に抱かれて眠る幼子と、幼子の眼を覚まさせないように優しく接吻する母を浮き彫りにした円形のメダイユ。1933年の年号が彫られていますが、このメダイユ自体は
1912年頃の作品です。
表(おもて)面右側、母の縁に近い部分に、ディジョン出身の高名なメダイユ彫刻家オヴィド・ヤンセス (Ovide Yencesse, 1869 - 1947) の署名が刻まれています。メダイユの裏面にはスミレをあしらい、次の言葉をフランス語で記しています。
Le Comité National de l'Enfance à Mlle de Meribel, 1933 コミテ・ナシオナル・ド・ランファンスからド・メリベル嬢へ 1933年
「コミテ・ナシオナル・ド・ランファンス」(Le Comite National de l'Enfance 全仏児童委員会)は1902年に設立された児童福祉のための非営利団体です。このメダイユは、「コミテ・ナシオナル・ド・ランファンス」がド・メリベル嬢という女性に贈った有功賞であることがわかります。ド・メリベル嬢について確かなことはわかりません。
1933年はヒトラー内閣が成立し、ヨーロッパに暗雲が立ち込めた年です。この2年後、1935年にヒトラーはドイツの再軍備を宣言し、ナチのハーケンクロイツ(鉤十字旗)を正式のドイツ国旗と定め、ユダヤ人に対する本格的な迫害と絶滅政策を開始します。1936年に形成されたベルリン=ローマ枢軸はやがて軍事同盟に発展し、1939年にはついに第二次世界大戦が勃発して、翌1940年、フランスはドイツに占領されてしまいます。1933年に子どもであった人たちにとって、いかに困難で恐ろしい時代であったかは、想像に難くありません。
国土を蹂躙されたフランスにあって、ある子供の家族は財産のすべてを失い、別の子供は家族が離散して孤児となり、あるいは父や兄を戦争で失い、なかには若年の兵士として自ら戦場に赴いた者もいたでしょう。ヨーロッパの子供たち、若者たちが大きな傷を負おうとしているその直前の時代に、母性愛を高らかに謳ったこのメダイユが「コミテ・ナシオナル・ド・ランファンス」の有功賞として贈られたことを思うと、この時代の子供たちの幸福を祈らずにはいられません。
メダイユの実物は均一なパティナに被われ、経年を感じさせる美しいコンディションです。特筆すべき疵(きず)や摩耗はありません。ご希望により、別料金にて額装いたします。