20世紀前半のフランスで活躍した彫刻家、フィルマン・ピエール・ラセール (Firmin Pierre Lasserre, 1870 - 1943)
が、母子の間に通い合う愛を形象化した美しいメダイユ。直径 58ミリメートル、最大の厚さ 6ミリメートル、重量 108グラムという立派なサイズで、高品位のブロンズ製で鋳造された美術品です。
メダイユの表(おもて)面には、幼子を腕に抱いて微笑みかける若き母と、母の顔に手を伸ばす幼子を、優しいラインの浮き彫りで表しています。若き母は現代の服装を身に着けていますが、ルネサンス期あるいはバロック期の聖母像を思わせるマントのような布をまとっています。
このマントは画面の空白部分を埋めて、母子の構図を安定した三角形に整える審美的な役割を果たすとともに、この世の何よりも強く優しく幼子を包み込む母の愛を、アレゴリカルに表しています。
(下・参考写真) カニヴェに見る古典的な聖母像。「おとめらの女王、慕わしきマリアよ。魂と心と体の純潔をわれに与え給え」 (ブルヴァル 図版番号221) 当店の商品
(下・参考写真) バロック絵画に見る聖母子 Pompeo Batoni, "Madonna and Child", c. 1742, oil on canvas, Galleria Borghese, Rome
本品には 1968年のパリ造幣局の刻印があり、彫刻家が 1943年に没した後も、浮き彫り彫刻であるメダイユ芸術の本場フランスにおいて愛され続ける名作であることがわかります。
メダイユの裏面はアール・デコ様式のデザインで、薔薇に飾られた台上で、二羽のひな鳥に給餌する母鳥を描きます。鳥の種類は、フランス語で「ルージュ=ゴルジュ」(rouge-gorge)、つまり「赤い喉(のど)の鳥」と呼ばれるヨーロッパコマドリ (Erithacus rubecula) でしょう。ルージュ=ゴルジュはその名の通り、胸に赤い羽毛のある可愛らしい小鳥で、ヨーロッパ全域に広く分布します。ヨーロッパの人々にとって、クリスマスカードに描かれる馴染み深い小鳥です。
民間伝承によると、ルージュ=ゴルジュの胸にある赤い羽毛は、十字架に架かったイエス・キリストの茨の冠を外そうとして血に染まったためであると言われています。つまりルージュ=ゴルジュは愛の象徴であって、ラセールによるこの作品でも、愛情深い母鳥として描かれています。
下に示すのはアルザスの画家マルチン・ショーンガウアー (Martin Schongauer, c. 1448 - 1491) による「薔薇の垣根の聖母」("Vierge au buisson de roses", "Maria im Rosenhag") の一部で、聖母の象徴である薔薇が咲き誇る垣根に、二羽のルージュ=ゴルジュが描かれています。
(下・参考画像) Martin Schongauer, "Maria im Rosenhag" (details), 1473, Mischtechnik auf Holz, 200 x 115 cm, Dominikanerkirche
Colmar
ラセールは宗教をテーマにした小品(メダイ)をはじめ、数々の美しい作品で知られていますが、なかでも母子の愛を刻んだこの作品は最も高く評価されています。本品は50年近く前に鋳造されたものですが、真正のヴィンテージ品であるにもかかわらず、保存状態はきわめて良好です。数か所の突出部分において表面のニスが剥がれていますが、ブロンズ自体にきずは無く、その他の点でも特筆すべき問題はありません。