カンブリア紀は目に見える大きさの生物が急にたくさん現れた「カンブリア大爆発」の時代として知られている。カンブリア大爆発は二回に分けて起こっている。
一回目のカンブリア大爆発は、五億四千百万年前から五億二千百万年前に起こった。このとき出現した生物は数ミリメートル以下の微化石になっており、「微小有殻化石群」(Small Shelly Fossils, SSFs)と呼ばれている。これらの化石はほとんどがばらばらの破片になっていて、元の生物の形がわからない場合が多い。
二回目のカンブリア大爆発は五億二千百万年前から五億一千万年前に起こり、SSFsの時代よりも大きなサイズの、さまざまな種類の生物が、一緒に出現した。
カンブリア紀に爆発的な進化をもたらした外的要因には、「酸素の増加」と「リン酸塩の増加」の二つが考えられている。
ひとつめは酸素の増加に注目した仮説だ。カンブリア紀が始まるころ、大気中の酸素は現在と同じレベルに達したと考えられている。それゆえこの時代の生物は、酸素呼吸によってエネルギーを効率的に取り出し、大きく進化したと考えることができる。
ふたつめは海水に溶け込んでいるリン酸塩の増加に注目した仮説で、これは主に第一回目のカンブリア大爆発に関係する。
先カンブリア時代の地球は、最初は大気に酸素がほとんど無かったが、シアノバクテリア(藍藻 らんそう)が光合成を始めたため、大気中の酸素が大きく増えた。当時の大気にはメタンがたくさん含まれていていて、温室効果ガスとして働いていたが、シアノバクテリアが吐き出した酸素は、メタンを酸化して分解してしまった。酸素分子の一部が、メタンなど他の分子と反応しやすい「活性酸素」の状態に変わり、メタン(CH4)をヒドロキシラジカル(OH)とメチルラジカル(CH3)に分解してしまったのだ。このせいで、大気の温室効果が大きく損なわれて、地球全体が一挙に寒冷化し、「スノーボール・アース」と呼ばれる全球凍結の状態になった。
ところが十一億年前から七億五千万年前まで南半球に存在したロディニア超大陸の真下に、スーパー・プルームが上がって来た。対流によって上昇するマントルの塊をプルームと呼ぶが、スーパー・プルームとはなかでもきわめて大きなプルームのことだ。スーパー・プルームは大規模な火山活動を惹き起こし、ロディニア超大陸は分裂する。火山活動によって大気中には大量の水蒸気と二酸化炭素が放出され、これらが温室効果ガスとして働いて、地球の温度は再び上昇した。こうして全球凍結時代は終わり、そのすぐあとにエディアカラ紀が始まった。
スノーボール・アースの氷が融けると、海面が上昇して低い土地を沈め、その土地に含まれるリン酸塩が海に溶け出す。リン酸塩とは元素のリン(P)を含む化合物だ。リンは生物に必要な元素だが、酸素や炭素、窒素のように量が多くない。だからリン酸塩は生物にとってたいへん貴重な物質だ。
スノーボール・アースの融けた時代、リン酸塩は深い海底からも浅い海へと供給された。通常であれば、浅いところの海水と深いところの海水は混じりあわない。しかし海面の氷が融けると、氷の中に閉じ込められていた非常に濃い塩水(ブライン)が、海水中に放たれる。ブラインは濃縮された海水で、通常の海水よりも比重が大きいから、海底まで沈んでゆく。ブラインが沈むのと入れ替わりに、深海底の水が浅い所に上がって来る「湧昇」(ゆうしょう)が大規模に起こった。海底の水には死んだ生物の体から出たリンが、リン酸塩の形で豊富に溶け込んでいる。このような仕組みで、海面の氷の融解が湧昇を引き起こしたことにより、貴重なリン(リン酸塩)が海の浅いところに供給される。
要するに、スノーボール・アースの融けたことにより、陸からも海底からもリン酸塩が
供給された。これが一回目のカンブリア大爆発に大いに役立ったと考えられる。
酸素とリン酸塩に注目したこれら二つの考えは仮説の段階だが、いずれも説得力がある。生物を取り巻く環境の要因に関しては、どちらの説も正しいのだろう。大気中の酸素が増えたことによって、海水中にも大量の酸素が溶け込んだ。酸素呼吸ができる生物は、呼吸に使える酸素が増えたため、以前よりも大きなエネルギー(力)を手に入れた。また海水中にリン酸塩が増えたので、生物が体を作るのに不可欠の元素、リンを、以前よりも大量に手に入れた。海水中の「酸素の増加」と「リン酸塩の増加」は、いずれもカンブリア大爆発が始まるきっかけとなったはずだ。