第二部 生物進化史

8. 目の獲得

■ 遺伝子組み換えによる眼点の獲得

 

 目は非常に複雑な感覚器官だが、最初は明暗のみを感じる眼点から始まったと考えられている。

 

 植物プランクトンの中には、丈夫な鞭毛をボートの櫂(オール)のように動かして、水中を移動するものがある。鞭毛藻(べんもうそう)類というグループで、ユーグレナ(ミドリムシ)渦鞭毛藻がこれに含まれる。鞭毛藻は水中をでたらめに移動しているのではなく、明るいほうへと泳いでゆく。明るい場所は光合成に有利だからだ。

 

 明るい方向がわかるためには、明暗を感じる一種の目が必要だ。これが眼点と呼ばれる原始的な目で、物の形や色を見ることはできないが、明暗を感知する。鞭毛藻には眼点があって、明暗がわかるのだ。だから明るい方角を認識し、そっちへと泳いでゆくことができる。

 

 最近になって、渦鞭毛藻に関する大発見があった。クラゲにも眼点があるのだが、驚いたことに、クラゲの眼点は、渦鞭毛藻の眼点とほとんど同じ遺伝子によって誘導されていることがわかったのだ。

 

 遺伝子はとても複雑なので、渦鞭毛藻とクラゲが全くの偶然によって同じ遺伝子を持っていることなど、絶対にあり得ない。クラゲが渦鞭毛藻を食べたとき、何らかのきっかけによって、渦鞭毛藻のDNAの一部(眼点を発現させる遺伝子として働く部分)が、クラゲの生殖細胞内のDNAに取り込まれたと考えるしかない。偶然のいたずらによって、渦鞭毛藻の遺伝子とクラゲの遺伝子の間に組み換えが起こったのだ。

 

 渦鞭毛藻の眼点を発現させる遺伝子を生殖細胞に取り込んだクラゲからは、眼点のある子供が生まれる。何匹かのクラゲに眼点ができると、眼点はそのクラゲが生存するうえで有利に働く。以前は流されるままに漂うだけであったのが、生息に適した場所、外敵から逃れやすい場所を選んで移動できる可能性が高まるからだ。だから親から眼点を引き継いだクラゲの子孫は生き延びる率が高くなって繁栄し、クラゲのなかで多数派を占めるようになる。そしてついにはすべてのクラゲが眼点を持つようになる。このクラゲが他の動物の祖先だとすれば、クラゲの子孫である全ての動物は、このクラゲから眼点を引き継ぎ、本格的な目に進化させたと考えられる。

 

 目(眼点)は、もともと植物(渦鞭毛藻)のものだった。渦鞭毛藻とクラゲのあいだに偶然起こった遺伝子の組み換えにより、動物は突然、目を獲得した。動物の目は、元はといえば、植物から譲ってもらったものなのだ。

 

 これまで考えられていた進化の常識では、生物の形質はその生物の祖先からしか伝わらない。植物プランクトンはクラゲの祖先ではないから、何十年か前の生物学者であれば、「『クラゲが植物プランクトンから眼点を貰った』なんてあり得ない! 馬鹿げている!」と言うはずだ。普通はあり得ないことが事実だと分かったのは、現代の技術で遺伝子を分析できるようになったからだ。

 

 いま生きている動物が植物から遺伝子を取り込んだ実例が、最近になって発見された。緑色の動物は稀だが、アメリカの東海岸に住むウミウシ、エリシア・クロロティカ(Elysia chlorotica)は、エメラルドのように綺麗な緑色だ。このウミウシは植物のように光合成をする能力を持ち、何も食べずに生きていける。植物プランクトンが動物の体内に共生している例はそれほど珍しくないのだが、エリシア・クロロティカを詳しく調べると、このウミウシの緑色は植物プランクトンが共生しているせいではなかった。エリシア・クロロティカは海藻の遺伝子を自分の遺伝子の中に採り入れて、光合成をする能力を身に着けていたのだ。先カンブリア時代のクラゲにも、これとまったく同じことが起こったと推測できる。

 

 

■ 二度目のカンブリア大爆発と、光スイッチ仮説

 

 エディアカラ紀(先カンブリア時代末期)の化石には目が見つからない。動物が目を手に入れたのは、おそらくカンブリア紀だ。カンブリア紀のあいだに、目は単純な眼点から、複雑なカメラ眼へと一気に進化した。

 

 目はそれ自体が非常に高度な感覚器官だし、視覚が成立する(目が見える)ためには、目だけでなく、視神経大脳の視覚野も進化する必要がある。目と脳を作る遺伝子(Pax6)が、二回目のカンブリア大爆発よりも前に重複したことで、遺伝子に突然変異が起こる頻度と、遺伝子に記録される突然変異の数が増えた。その結果、遺伝子どうしが組み合わさって働く場合の数は、組み合わせ爆発によって飛躍的に増加した。このことが眼と脳の驚くべき進化をもたらしたと考えられている。

 

 「目の発生と発達が、二度目のカンブリア大爆発をもたらした」と考える有力な仮説がある。光スイッチ仮説と呼ばれるこの考え方については、後で詳しく説明する。





進化生物学講義 インデックスに戻る


アカデミア神戸 授業内容のインデックスに戻る

アカデミア神戸 トップページに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS