第二部 生物進化史

7. 遺伝子重複による進化の加速

 進化は小さな変化が積み重なって起こると考えられてきた。それと並んで進化に重要な役割を果たすのが、遺伝子重複(いでんしじゅうふく)だ。遺伝子重複とは、遺伝子(デオキシリボ核酸 DNA)の量が突然二倍になることだ。

 

 遺伝子(DNA)は体の設計図だ。だから「遺伝子が増える」(DNAが長くなる)のは「設計図を描くノートのページが増える」のと同じことだ。ノートのページが増えれば、今まで通りの設計に、もっと優れた仕組みを付け足すことができる。

 

 前に書いたように、子供は両親から半分ずつ遺伝子を貰う。半分ずつの遺伝子は子供の体で一つになる。子供の持っている遺伝子の量は、お父さんが持っている遺伝子の量、お母さんが持っている遺伝子の量と、全く同じだ。

 

 ところがぼんやり屋さんのお父さんがいて、遺伝子を半分にせずに、丸ごと子供に渡してしまった。お母さんもお父さんと同じぐらいぼんやり屋さんで、遺伝子を半分にするのを忘れて、丸ごと子供に渡してしまった。そのせいで、子供は、お父さん、お母さんの倍の遺伝子を持って生まれて来た。

 

 こんなことはめったに起こらない。本当に珍しいことだ。それにこうやって生まれた子供の体は元の設計図どおりではないから、死んでしまうことが多い。でもこの場合はうまくいった。子供は死ななかった。死ななかっただけでなく、普通の子供よりも長生きして、自分と同じように元の倍の遺伝子を持つ子供をいっぱい生んだ。こうして群れの生き物全体が、元の倍の遺伝子を持つようになった。

 

 そしてなんと、同じことがもう一度起こった。元の倍の遺伝子を持つ生き物同士が、ぼんやり屋のお父さんと、ぼんやり屋のお母さんになって、自分の遺伝子を半分にせず、丸ごと子供に渡してしまったのだ。こうして生まれた子供は、四倍の遺伝子を持つことになった。この子供も強くて、子孫をいっぱい作った。

 

 両親のゲノム(両親が持つ遺伝子全体)が半分に分かれるのに失敗したせいで、子供が持つゲノムの量が二倍になることを、ゲノム重複という。ゲノム重複は遺伝子重複の一種だ。ゲノム重複はカンブリア紀頃に二度起こった、と考えられている。

 

 二回の遺伝子重複によって、デオキシリボ核酸の量は四倍になり、進化が起こりやすくなった。これは、設計図を描くノートのページ数が四倍になったようなものだ。使えるレゴ・ブロックの数が四倍になったと考えても分かりやすい。

 

 遺伝子が二倍や四倍に増えても、同じ情報がふえるだけなら意味は無い。しかし元の遺伝子が正しく働いていれば、増えた分の遺伝子は本来の仕事を元の遺伝子に任せて、突然変異を起こしつつ生き延びることができる。もっと正確にいうと、元の遺伝子が突然変異した場合、たいていは発生や生存のうえで有害な形質が発現して、コドモが生まれなかったり、生まれても長生きできなかったりする。しかし遺伝子重複が起こると、増えたぶんの遺伝子が突然変異を起こしても、それが無害な変異であれば、そのまま保存される。生きてゆくのに必要な仕事は元の遺伝子にすべて任せているから、増えたぶんの遺伝子に多少の突然変異が起こっても、その生物は死なない。

 

 遺伝子に保存された無害な変異は、もしもすぐに役立つ変異であれば、その動物全体に広まって、進化が少しだけ進む。遺伝子に保存された無害な変異は、実際にはすぐに役立たない場合が多いだろう。しかしその場合でも、環境が大きく変わって従来の生物が生きてゆけなくなったときに、それまで役立たなかった突然変異が思いがけない長所となってその生物の絶滅を防ぎ、子孫を残すことがある。これが遺伝子レベルでみた進化の仕組みだ。

 

 

 ある生物が持つ遺伝子全体を「ゲノム」と呼ぶ。遺伝子(DNA)の全体が二倍になるタイプの遺伝子重複はゲノム重複と呼ばれる。遺伝子重複にはゲノム重複以外にもう一つのタイプがある。生物が持つゲノム(遺伝子全体)のうち、ある形質にかかわる部分だけが重複する場合だ。

 

 体の基本構造を決定する遺伝子を、ホックス遺伝子という。ショウジョウバエと人間を比べると、ショウジョウバエは一セットのホックス遺伝子、人間は四セットのホックス遺伝子を持っている。ホックス遺伝子の量の比は、ゲノムの量の比を反映している。このことから考えると、ゲノム重複が起こったのは、人間のような脊椎動物の祖先が無脊椎動物から分かれた後、つまりカンブリア紀であると考えられている。





進化生物学講義 インデックスに戻る


アカデミア神戸 授業内容のインデックスに戻る

アカデミア神戸 トップページに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS