第二部 生物進化史

4. 先カンブリア時代

 生物の歴史は、「先カンブリア時代」と「顕生代」に分かれる。

 

 「先カンブリア時代」というのは、カンブリア紀よりも前の時代、というだけの意味だ。地球の誕生が四十六億年前、カンブリア紀の始まりが五億四千百万年前だから、先カンブリア時代はとても長い。地球の歴史の九割近くが、先カンブリア時代だ。

 

 

 多細胞生物は、先カンブリア時代のいちばん最後にようやく出現したのだが、それより少し前まで、地球は「スノーボール・アース」と呼ばれる全球凍結(ぜんきゅうとうけつ)の時代だった。海の表面は、どこも厚い氷に被われていた。

 

 しかし水はとても変わった物質で、摂氏四度の液体のときに、比重が最大になる。簡単にいうと、固体の水(氷)は液体の水よりも軽いのだ。だから海面の氷が海底に沈むことは起こらない。氷の下には凍っていない水があるから、生物は深いところに避難して生き続けた。

 

 しばらく続いた全球凍結時代の後、火山活動が活発になり、大量の二酸化炭素や水蒸気が大気中に放出される。二酸化炭素、水蒸気は温室効果ガスとして働いて、氷を融かし、全球凍結時代が終了する。

 

 全球凍結時代が終わってしばらく後、先カンブリア時代のいちばん最後になって、ようやく多細胞生物が出現した。先カンブリア時代の多細胞生物は、体の前と後がはっきりしないものが多かった。また体が軟らかく、身を守る殻を持っていなかった。このような特徴から考えると、先カンブリア時代の生物はお互いに敵対することなく、平和に穏やかに生きていたようだ。

 

 

 先カンブリア時代の多細胞生物は、オーストラリア南部のエディアカラ丘陵で化石が多く見つかっていて、「エディアカラ生物群」と呼ばれている。エディアカラ生物群が生きていたのは、先カンブリア時代の末期(最後期)だ。それで先カンブリア時代末期を「エディアカラ紀」と呼んでいる。

 

 ところで先カンブリア時代の生物化石は見つかりにくいが、それには三つの理由がある。

 

 第一の理由は、地球の表面(地殻)が常に新しく造られて、古い地殻はマントルの対流によって地球の中心へと引きずり込まれているからだ。カンブリア紀よりも古い時代、たとえば十億年前に生物がいて、その生物が化石になったとしても、化石はとっくの昔にマントルに引き込まれてしまっているだろう。

 

 第二の理由は、先カンブリア時代に生物がいたとしても、たいていはとても小さく、よほど条件が良くないかぎり、分かりやすい化石にはなってくれないからだ。恐竜の骨のように大きな化石であれば、大粒の土や砂利に埋もれて化石になっても簡単に見分けがつくが、細菌のように小さなものだと、化石を見分けるのはまず不可能だ。そこで先カンブリア時代の生物に関しては生物そのものの化石ではなく、生痕化石(せいこんかせき)を探すことになる。古い岩石に含まれるグラファイトや、縞状の岩ストロマトライトが、その時代に微生物がいた証拠になる。グラファイトは日本語では黒鉛(こくえん)という。黒鉛の「鉛」は「なまり」という字で、鉛(なまり)は金属の一種だが、黒鉛は金属ではなくて、純粋な炭素だ。鉛筆の芯は黒鉛だ。

 

 第三の理由は、先カンブリア時代の多細胞生物は、このすぐ後で説明するように、体に硬い骨や殻が無かったからだ。先カンブリア時代の末、「エディアカラ紀」には多細胞生物が出現したが、それらの生物は、クラゲのように体が軟らかかった。体が軟らかい動物が死ぬと、遺体は完全に分解されて、あとには何も残らない。よほどの好条件が整わなければ、化石にはなれない。

 

 

 先カンブリア時代は「隠生代」(いんせいだい)とも呼ばれている。隠生代は、英語「クリプトゾウイク・イーオンズ」(Cryptozoic eons)を漢訳したものだ。「クリプトゾウイク・イーオンズ」をやさしい日本語に直すと、「生き物が隠れている時代」という意味だ。先カンブリア時代は生物の化石があまり見つからないから、こんな名前が付いた。

 

 カンブリア紀になると目に見える大きさの化石がたくさん見つかるようになるので、カンブリア紀以降を「顕生代」と呼んでいる。エディアカラ紀はカンブリア紀よりも前だから、地球誕生以来の「先カンブリア時代」(隠生代)に含まれてしまっている。

 

 しかし分子時計の考え方に基づく最新の研究によると、後生生物(原生動物よりも進化した生物)の多様化は、六億五千六百万年前から六億年前に起こった。これはだいたいエディアカラ紀に相当する。エディアカラ紀は化石が見つかりにくく、一見したところ地味に思えるが、生物の歴史において、実はとても重要な時代だ。





進化生物学講義 インデックスに戻る


アカデミア神戸 授業内容のインデックスに戻る

アカデミア神戸 トップページに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS