二回目のカンブリア大爆発によって、細長い魚のような生き物ピカイアが現れた。ピカイアは現代のナメクジウオとそっくりな原索動物で、脊索があり、脊椎動物(直接的には魚)の祖先と考えられている。
ピカイアと魚の間には、外見上の大きな違いが三つある。ひとつめは、ピカイアの目は明暗のみを感じる眼点だが、魚の目は他の脊椎動物と同じカメラ眼であること。ふたつめは、ピカイアは顎を持たないが、魚を始めとする脊椎動物は顎を持つこと。三つめは、ピカイアは正中線上にのみ鰭(ひれ)を持つが、魚は対鰭を持つことだ。
目については既に詳しく書いたので、ここでは省略する。本章では顎と対鰭、及び対鰭に関係がある三半規管の三つについて、進化の過程を説明する。
■ 顎(あご)
魚を始めとする脊椎動物は、顎を持っている。顎があれば口を閉じることもでき、大きく開けることもできる。
ピカイアは、後の時代の脊椎動物と同様に、体の前端に口がある。しかしピカイアの口はぽっかりと穴が開いているだけで、顎が無い。
上の絵はピカイアの頭部だ。ピカイアの口の後ろには、細長い鰓孔(えらあな)が幾つか開いている。上の絵で、口の後ろにある太くて黒い八本の線は、鰓孔を表している。
酸素を含んだ水が鰓孔を通ると、呼吸ができる。もしもピカイアが口を開けたまま、一日中眠らずに泳いでいたら、酸素を含んだ新鮮な水が常に口から入って、鰓孔を通って出てゆくから、呼吸ができる。
しかしピカイアは現代のナメクジウオのように、一日中砂に潜ってじっとしていた。じっとしているままでは、口が開けっぱなしでも水は流れ込まない。水の流れを強制的に発生させ、新鮮な水が鰓孔を通るようにするために、鰓孔に沿って配置された「鰓弓」(さいきゅう)または「咽頭弓」(いんとうきゅう)という骨状組織が、筋肉の働きで伸び縮みする。上の絵で緑色に塗られている九本の組織が、鰓弓(咽頭弓)だ。九本の鰓弓のうち、いちばん前の一本が、やがて顎に変化する(次の図)。
上の図は、デボン紀に現れた板皮類(ばんぴるい)という魚の頭部だ。ピカイアの鰓弓(咽頭弓)は立派な顎(あご)に変化し、顎骨弓(がっこつきゅう)という頑丈な骨になっている。
上の図は最強の板皮類、ダンクルオステウスの頭骨だ。この大きな魚は強力な顎を備えている。
■ 対鰭と三半規管
ピカイアや現代のナメクジウオの鰭(ひれ)は、正中線(左右対称の体の中心線)上だけにある。このような鰭を不対鰭(ふついき)という。対(つい)というのはふたつ一組のことで、不対鰭は「対(つい)になっていない鰭(ひれ)」という意味だ。
いっぽう普通の魚は対鰭(ついき)といって、体の右側面と左側面で対になった鰭を持つ。対鰭は陸上動物の対肢(ついし)の祖先だ。
対鰭を持つ魚は泳ぎながら頭を思い通りに上下に動かし、上方(浅い方)に向かうか、下方(深い方)に向かうかを、精密に制御できる。対鰭を持つようになったのはデボン紀の板皮類からで、板皮類では特に胸鰭が発達している。
目の進化について書いた際、目玉だけでは何も見えないことを説明した。視覚が成立するためには、視神経と大脳皮質の視覚野も、目と共に発達する必要がある。
対鰭についても、これと似たことが言える。対鰭だけで体の上下の動きを制御することはできない。対鰭によって上下の動きを制御するには、自分の体の上下の動きを感知するセンサーと、その情報を脳に伝える神経、センサーから伝えられた情報を処理する脳の部分も、対鰭と共に発達する必要がある。
魚は側線で水の動きを感知する。魚の頭部には側線の延長とも言えるセンサー、半規管(はんきかん)がある。顎や対鰭を持たない魚の半規管は、管による半円状の膨らみが一つまたは二つしかなく、自分の体の動きを「前後」「左右」に関して感じ取るが、上下の動きを感じ取ることはできない。
しかるにデボン紀の板皮類は、対鰭を獲得するとともに、半規管に第三の膨らみ、つまり上下方向の動きを感じ取る膨らみをも獲得した。このように三方向に膨らみを持つ半規管を、三半規管(さんはんきかん)という。
人間を含め現代の脊椎動物は三半規管を持つが、ヌタウナギの半規管は膨らみが一つ、ヤツメウナギの半規管は膨らみが二つしかない。これらの魚は対鰭も持たない。自分の体を上下方向に制御することも、上下方向の動きを感じ取ることもできないのだ。ヌタウナギとヤツメウナギが非常に原始的な魚類であることがよくわかる。
ちなみにヌタウナギとヤツメウナギには顎も無い。しかし不思議なことに、顎を作る遺伝子は、他の魚と同じものを持っている。ヤツメウナギは顎を作る遺伝子を、別の場所で別の用途に発現させているらしい。
進化生物学講義 インデックスに戻る
アカデミア神戸 授業内容のインデックスに戻る
アカデミア神戸 トップページに移動する
アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する
Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS
NON INVENIENDUS