第二部 生物進化史

12. 脊椎


 脊椎(せきつい 背骨)には三つの役割がある。ひとつは生物の体全体を支えて、体の形を保つこと。ふたつめは筋肉が付くよりどころとなって、強く収縮(伸び縮み)する筋肉を支えること。みっつめは脊髄(せきずい)という神経の太い束を保護することだ。

 

 「脊椎」は、脊椎骨(または椎骨)という骨が、椎間板という軟骨組織を間に挟んで連なったものだ。もしも脊椎が一本の骨だったとしたら、体を曲げることができない。だから短い脊椎骨をつなげることで、柔軟性(じゅうなんせい)を確保している。

 

 脊椎は孔が貫通したチューブで、脊髄はこの孔を通っている。神経脳が手足や内臓の筋肉を動かすための情報を伝えたり、感覚器官からの情報を脳に伝えたりするための電線だ。電線と書いたのはただのたとえではなくて、神経は本当に電気信号を使って情報をやり取りしている。脊髄は神経幹といって、川で言えば本流だ。他の神経はこの本流から分かれ出て、全身に広がっている。だから脊髄は脳と並ぶ最も重要な神経(中枢神経)だ。

 

 二回目のカンブリア大爆発で、ピカイアという生物が現れた。ピカイアは、現生のナメクジウオにそっくりな姿で、ナメクジウオと同じ「原索動物」と考えられている。

 

 ピカイアやナメクジウオは魚の背骨(脊椎)と同じ位置に脊索(せきさく)があって、生物の体を縦に貫いている。脊索は骨ではないから背骨とはいえないが、その役割は背骨(脊椎)とほぼ同じだ。ただし魚の背骨は脊椎骨が並んだものだが、ピカイアやナメクジウオの脊索は全体が一続きの組織だ。脊索は体の他の部分よりも強くてしっかりとしているが、骨ほど硬くはなくて、体を曲げることができる。脊索は骨よりも柔らかいので、骨のようにしっかりと筋肉を支えることはできない。ピカイアやナメクジウオは、本当の魚(脊椎動物)ほど激しく運動できないのだ。また脊椎動物の脊椎は丈夫な骨だから陸上の強い重力に耐えられるが、原索動物の脊索が陸上で大きな体を支えるのは無理だ。また原索動物の脊索の背側には、脊椎動物の脊髄に相当する神経索(しんけいさく)が通っている。

 

 脊椎動物の発生が赤ちゃんになること)を観察すると、背骨よりも以前に脊索ができる。脊索は神経管を誘導する(分化させる)形成体だ。やがて神経管は脊髄になり、脊索は脊椎骨の連なりに置き換わってコドモ(小魚、幼生、幼獣、赤ちゃん)が生まれる。

 

 ナメクジウオと脊椎動物の違いは、脊索を持ち続けるかどうかだ。脊索をオトナになっても持ち続ける動物を「原索動物」、初めは脊索を持っているが、生まれるまでにこれを脊椎に置き換える動物を「脊椎動物」と呼んでいるのだが、原索動物と脊椎動物の間に本質的な違いはないと考えられる。実際、ヤツメウナギは脊椎動物に分類されているが、その骨はすべて軟骨で非常に貧弱であり、一生、脊索を持ち続ける。つまり、ヤツメウナギは原索動物に近い脊椎動物だ。このように原索動物と脊椎動物の間にははっきりとした切れ目がないので、ふたつを合わせて脊索動物(せきさくどうぶつ)と呼んでいる。

 


 
個体発生は系統発生を再現する、という考えがある(エルンスト・ヘッケルの反復説)。受精卵がコドモになるまでの形の変化は、より原始的な動物からその動物へと進化が進む様子を再現している、という意味だ。これは百五十年ぐらい前に発表された古い説で、現在では常に正しいと考えられていないが、ヘッケルの考えがうまく当てはまる例もたしかに存在する。上のイラストは、ヘッケルよりも少し前の科学者、カール・エルンスト・フォン・ベーアによる。ヘッケルと違って、フォン・ベーアは進化論者ではなかったが、このイラストを見るとヘッケルの主張がよく理解できる。

 

 ヘッケルの反復説に当てはめて考えると、脊椎動物も発生の初期段階(生まれるよりもずっと前の段階)に脊索を持っているから、オトナになっても脊索を持ち続けるナメクジウオ(原索動物)は、脊椎動物の祖先に近い姿をしていることになる。このように考えると、ピカイアは脊椎動物の祖先だということになる。

 

 ヘッケルの考えは、現代の進化発生生物学の考え方と共通している。ヘッケルは咽頭胚期の動物がどれもほぼ同じ形をしていると言った。これを進化発生生物学の言葉で言えば、「咽頭胚期にツールキット遺伝子が強く働いている」ということだ。





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