E. カシエ作 ルーベンスによる「十字架降架」 闇に打ち勝つ信仰

"la Descente de Croix" selon Rubens, une sculpture par E Cassier



額全体のサイズ  縦 405 x 横 325 x 厚み 65ミリメートル

フランス  1850 - 80年代



 アントウェルペン司教座聖堂翼廊の三翼祭壇中央パネルに描かれたルーベンスの大作、「十字架降架」(1612年)に基づく浮き彫り彫刻。この種の作品では最も大型の部類に属します。





 ルーベンスは聖クリストフォロスを守護聖人と仰ぐ弓手(きゅうしゅ 弓矢による射撃手)のギルド(同業者組合)から依頼を受けて、1611年9月に契約を結び、高さ4メートルを超えるこの大作をちょうど一年後に描き上げました。両翼の「聖母のエリザベト訪問」と「イエズスの神殿奉献」は 1614年に完成しています。ルーベンスは「十字架降架」をテーマにいくつかの作品を制作していますが、なかでも本品の原画となった作品、すなわちアントウェルペン司教座聖堂翼廊三翼祭壇画中央パネルの「十字架降架」は、この画家の最高傑作のひとつとして讃えられています。





 聖書の記述に従うと、キリストの遺体を取り降ろす作業は、安息日が始まる直前の時刻である日没前に行われました(「マルコによる福音書」15章42 - 45節他)。しかるにルーベンスはおそらく「世の闇」を表現するために、この作品の時刻を日没後に設定しています。周囲に立ち籠める闇に対して、イエズスの遺体と遺体を受ける布はあたかも光を発するように明るく周囲の人々を照らしており、その様子は「言(ことば)の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」という福音書の記述(「ヨハネによる福音書」 1章 4 - 5節)を思い起こさせます。福音書のこの文章を書いたヨハネ自身は、この祭壇画においてイエズスに最も近い位置に立ち、両腕を広げてイエズスの体を受け止めています。

 シカゴ大学、フランクフルト・アム・マイン大学、ベルリン自由大学で教鞭を執った美術史家オットー・フォン・ジムゾン教授 (Prof. Otto von Simson, 1912 - 1993) は、この祭壇画が「キリストを運ぶ」聖人、聖クリストフォロスを守護聖人とするギルドから発注されたこと、及びルーベンスが初期フランドル絵画から強い影響を受けていることを指摘するとともに、中央パネルの「十字架降架」と両翼の作品、及び祭壇を閉じたときの聖クリストフォロス像に共通するテーマについて考察し、特異な構図による中央パネルの「十字架降架」は、信仰、すなわち「キリストを心に迎え入れること」の形象化に他ならない、と論じています。

 1612年の「十字架降架」に関するフォン・ジムゾン教授の見解は、著書「ペーター・パウル・ルーベンス」(„Peter Paul Rubens, 1577 - 1640, Humanist, Maler und Diplomat“, Verlag Philipp von Zabern, Mainz, 1996) で読むことができます。該当箇所を別ページに訳出しましたので、どうぞご覧ください。






 この浮き彫り彫刻は「十字架降架」の群像をルーベンスに忠実に写しています。上の写真の 1. と 2. は福音書に言及が無い信徒あるいは人夫、3. と 8. はアリマタヤのヨセフとニコデモ、4. は使徒ヨハネ、5. はマグダラのマリア、6. はクロパの妻マリア(聖母の姉妹)、7. は聖母マリアです。この顔ぶれは「ヨハネによる福音書」 19章 25 - 27節及び 38 - 39節に基づきます。本品の浮き彫りが元の祭壇画と異なる点は、三次元の彫刻であることと、原作には無い左右の遠景及び地下のありさまが表現されていることです。アロエやヤシの木、十字軍時代を思わせる城塞の描写は、ジャポニスム(日本趣味)、シノワズリ(中国趣味)と並んで19世紀の西ヨーロッパを席捲したオリエンタリズム(東洋趣味)に基づきます。





 ルーベンスの原画においても、この彫刻においても、キリストを信じる人々は一体となって、布を滑り降りるキリストの体を受け止めています。マグダラのマリアは腕を大きく広げて跪き、キリストの足に触れています。その様子はナルドの香油をキリストに注ぎ、足を髪で拭ったときのことを思い起こさせます(「ヨハネによる福音書」 12章 1 - 8節)。





 使徒ヨハネはキリストに最も近い場所を占めて片足を梯子に掛け、やはり腕を大きく広げてキリストの体を受け止めています。敬虔な信仰を感じさせるヨハネの後ろ姿と、布の下に差し入れられた両手は、古来聖なるものに触れる際の習わしであった「マヌース・ヴェーラータエ」(複数主格 MANUS VELATAE ラテン語で「覆われた手」)を連想させます。





 この群像、とりわけマグダラのマリアと使徒ヨハネの姿は、キリストを心に受け容れる信仰を象徴的に表しています。オットー・フォン・ジムゾン教授は、キリストの遺体を十字架から降ろすことよりも、むしろキリストを受け取る(心に迎え入れる)ことこそが、この「十字架降架」の本来的テーマであると指摘しています。


 ヨハネの後ろの地面には、"INRI" の札と、茨の冠と救い主の血が入った容器が置かれています。フォン・ジムゾン教授はこの容器を指して「完全な美を有する『静物』」(»Stilleben« von vollendeter Schönheit) である、と述べています。





 この浮き彫り彫刻では、群像の足下に、地中に埋められた人祖アダムの骨が彫られています。アダムの埋葬場所について「創世記」には何も言及がありませんが、ヨーロッパの民間伝承によると、「アダムはイエズスが十字架に架かり給うたゴルゴタで神によって創造され、死んだときもゴルゴタに葬られた。そしてキリストが十字架に架かったとき、流れ落ちたキリストの血が地中に沁み込んで、アダムの遺体に達し、人類に対する救いがなされた」と伝えられます。アダムの骨は死に対するキリストの勝利の象徴です。クルシフィクスの下部、キリストの足下にアダムの骨を取り付けた作例も多く目にします。

 アダムの骨の左側に、本品を制作した彫刻家 E. カシエのサイン (E. Cassier) が刻まれています。





 写真を見ただけでは感じ取りにくいですが、実物をご覧いただければ、彫刻家カシエが一人ひとりの人物を、それぞれの表情に大きな悲しみを宿らせて彫っていることがよく分かります。石膏あるいは漆喰を用いた19世紀フランスのキリスト教彫刻には、アール・ポピュレール(art populaire 民衆芸術)の域を全く出ない作例も多いですが、本品は本格的芸術の領域に大きく踏み込んだ秀作です。サイズの点でも類品と比べて最も大きな部類に属し、たいへん重厚な作品に仕上がっています。





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