五十九個のビーズを有する聖母のロザリオ。1920年代から 50年代頃のフランスで制作されたもので、アクアマリン色のすりガラス製ビーズを使用した稀少な品物です。
十字架にキリスト像を取り付けたものをクルシフィクスといいます。本品のクルシフィクスは打ち出し細工による別作のコルプス(羅 CORPUS キリストの小像)を、銀色の十字架に鑞付け(ろうづけ 溶接)しています。十字架はすっきりとシンプルなシルエットで、キリストの頭上にはティトゥルス(羅
TITULUS 罪状書き)が突出しています。
ロザリオのセンター・メダルをフランス語でクール(仏 cœur 心臓)といい、しばしば心臓形(ハート形)に造形されます。本品のクールは直線を多用したアール・デコ様式ですが、逆三角の形状はやはり心臓形から発展しています。
クールの一方の面にはイエスの横顔を、もう一方の面には聖母の横顔を、それぞれ美しい浮き彫りで表しています。イエスの面は簡素で、聖母の面のような装飾枠を有しませんが、そのぶんイエス像のほうが聖母像よりも大きく細密で、三次元性においても一層優れています。
天使祝詞のビーズは直径 7ミリメートル、主の祈りと栄唱のビーズは直径 9ミリメートルで、いずれも多数のファセットを有する多面体です。ロザリオのビーズは融解したガラスを型に流して制作する場合がありますが、本品のビーズはガラスを型に流し込んで作ったのではなく、手作業でカットを施しています。
本品のビーズはすりガラスになっています。板状のすりガラスはエメリー(金剛砂)のサンドブラストで作りますが、本品のビーズは弗化水素で処理したと思われます。弗化水素はフランスのガラス工業で十八世紀から使用されています。ただしロザリオにすりガラスのビーズが使われるのはたいへん珍しく、筆者(広川)は本品以外に見たことがありません。
本品のビーズのように手作業でカットされるガラスは、比重が大きいクリスタル・ガラス(鉛ガラス)です。全長 54センチメートルと大きなサイズであるうえに、クリスタルガラス製ビーズを使用した本品は
50グラムの重量があります。これは五百円硬貨七枚分強に相当し、手に取るとかなりの重みを感じます。
ガラスの色は緑がかった淡青色で、ベリル、すなわちごく淡色のエメラルドか加熱前のアクアマリンを思わせます。サファイアやトルマリンにもこのような色のものがありますし、宝石質アパタイトの色にも似ています。ガラスや宝石の色はモニターの設定によって違って見え、実物の色もその時々の光の色で違って見えます。微妙な色合いが気になる方は、ご来店のうえ実物を手に取ってご覧ください。
アクアマリンに似て緑がかった淡青色は、宝石の名の通り海の水を思わせます。ロザリオにおいて祈りの対象となる聖母マリアには多くの称号がありますが、そのうちのひとつであるマリス・ステーッラ(羅 MARIS STELLA 海の星)はザンクト・ガレン修道院に伝わる九世紀の写本に遡ります。写本の祈りは「めでたし、海の星よ。神を産み育てし母にして永遠の処女、天つ国の幸いなる門よ」(羅
AVE MARIS STELLA, DEI MATER ALMA ATQUE SEMPER VIRGO, FELIX CAELI PORTA)で始まります。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。本品のビーズはすりガラスに仕上げてある点でもアクアマリン色の点でもたいへん稀少で、同様の物は手に入りません。
本品は七十年ないし九十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い品物であるにもかかわらず、きわめて良好な保存状態です。美観上、実用上とも問題は何もありません。デザインが簡素でサイズも大きく重量もあることから、男性のご使用にも好適です。