パルツァムの聖コンラート (聖コンラッド)
Hl. Bruder Konrad von Parzham, 1818 - 1894




 聖コンラート (Hl. Bruder Konrad von Parzham, 1818 - 1894) はバイエルン州パルツァムの農夫の家庭に 9人きょうだいの末っ子、ヨハン・ビルンドルファー (Johann Birndorfer) として生まれました。ヨハンはつつしみ深く孤独を愛する物静かな子供で、聖母を篤く崇敬し、日々熱心にロザリオを祈っていました。家から教会までかなりの距離があったにもかかわらず足しげく教会に通い、聖母の祭日には遠方の聖地まで、祈りつつ徒歩で巡礼に出掛けたと伝えられています。

 両親が亡くなった3年後の 1852年、末子として両親の家と農地を継ぐはずであったヨハンは、すべての財産を処分し、カプチン・フランシスコ会で修道誓願を立ててブルーダー(ブラザー)・コンラートを名乗りました。コンラートは巡礼地として有名な聖母の礼拝堂グナーデンカペッレ (Gnadenkapelle) のあるアルテッティングの聖アンナ修道院に配属され、亡くなる3日前まで 41年にわたって日々忠実に門番の務めを果たし、巡礼者たちの心身の必要を満たすために奉仕にいそしみました。

 コンラートは仕事の合間に門の片隅に立ち、聖体を見つめるのを日課としていました。また夜もほとんど眠らずに、何時間もの間礼拝堂で祈りを捧げました。コンラートは常に慈愛に満ち、人の心を見通し、預言の能力があると言われていました。

 またアルテッティングの黒い聖母を篤く崇敬し、グナーデンカペッレで毎朝ミサを行い、黒い聖母の前でミサとは別に毎日一時間の祈りを捧げ、聖母に花を捧げました。

 コンラートはその聖徳と行った数々の奇跡のゆえに、ローマ教皇ピウス11世によって、1930年に列福、1934年に列聖されました。聖コンラートの祝日は 4月21日です。




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