「至福なる無原罪のおとめマリア信心会」(SODALITAS BEATAE MARIAE VIRGINIS IMMACULATAE) の美麗なメダイ。信心具の素材として最も高級な銀を使用し、1930年代頃のフランスで制作されたもので、五百円硬貨ほどの大きさがあります。五百円硬貨の重量は
7.2グラムですが、本品は 8.5グラムの重量があり、手に取ると心地よい重みを感じます。
フランスにおいて純度 800/1000の銀を示す「蟹」のポワンソン(ホールマーク)と、メダイユ工房のマークが、上部の突出部分に刻印されています。
メダイの表(おもて)面には、歳若いマリアの横顔を、立体的な浮き彫りで表現しています。マリアが被るヴェールは、祈り、あるいは神との対話を象徴しています。
少女時代のマリアに起こった最も重要な出来事は、受胎告知です。浮き彫りのマリアは天使ガブリエルからメシアの受胎を告知されたことを思い返し、その意味をまだ完全に理解できないまでも、神の摂理を信じてしっかりと前を見ています。
本品はたいへん精密なメダイユ彫刻で、若きマリアの滑らかな肌と柔らかいヴェールをはじめ、衣の襞やわずかに覗く髪まで、あらゆる部分が大型の彫刻作品に劣らない丁寧さで造形されています。マリアの横顔は古典的な均整美を反映しつつ、その表情には神と親しく対話する少女の活きた信仰が形象化されています。マリアの胸元には「ペナン」(PENIN)
のサインがあり、古典的表記のラテン語によって、次の言葉がマリアを囲んでいます。
SALVUM ME FAC. TUA SUM EGO. われを救いたまえ。われ、御身のものなれば。
「サルウゥム・メー・ファーク」(SALVUM ME FAC) は、「詩編」 69編冒頭の引用です。「詩編」 22編と 69編は、神の僕(しもべ)の苦しみと祈りがその内容となっており、全百五十編に及ぶ「詩編」のなかでもとりわけ有名な二編です。福音書に記録されたイエスの言葉をはじめ、新約聖書に書き記されている多くの言葉や出来事が、「詩編」
22編と 69編を引用または反映しています。この部分が本品に引用されているのは、マリア自身の祈りと捉えることも可能ですし、本品は少女のための信心会のメダイですので、マリアに倣う少女たちの祈りと取ることもできます。
メダイの裏面には聖母の象徴である百合が美しい浮き彫りで表されています。 聖母のメダイ裏面に百合が刻まれるのは珍しいことではありませんが、表(おもて)面に比べて簡易な表現である場合も多く、本品の丁寧さは際立っています。百合が聖母の象徴とされるのは、旧約聖書「雅歌」2:2によります。当該の聖句は次の通りです。
Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata) おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。
(新共同訳)
百合の右上にはマルタ十字の下に "IHS" の三文字が書かれています。これはキリストの名前をギリシア語表記した「イエースース」(Ἰησοῦς)
の最初の三文字、「イオタ、エータ、シグマ」(ΙΗΣ いずれも大文字)で、キリストを象徴する組み合わせ文字(クリストグラム)のひとつです。
その下にはラテン語で「至福なる無原罪のおとめマリア信心会」(SODALITAS BEATAE MARIAE VIRGINIS IMMACULATAE) と書かれています。百合の左側には伝統あるフランスのカトリック系ミッション・スクール、「エコール・シュヴルール」の名前 (ÉCOLE CHEVREUL) が刻まれています。
本品はおよそ八十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、突出部分にも磨滅はほとんど見られません。生身の少女マリアを髣髴させる優れた彫刻が、優れた状態で保存され、且つアンティークならではのパティナ(古色)によって、深く落ち着いた趣きを備えています。
19世紀に開花したフランス・メダイユ芸術の伝統。彫刻家の優れた美的感覚と職人的技量。八十年の歳月を無事に経過した良好な保存状態。必然と偶然によるこの三つの要素が働いて、現代に伝わった幸運な逸品です。お買い求めいただいたお客様には、末長くご満足いただけます。