稀少な芸術品 エドモン・アンリ・ベッケル作 「幼きイエスの聖テレジア」 卓越したミニアチュール彫刻による小メダイ 15.2 x 10.4 mm


突出部分を含むサイズ 縦 15.2 x 横 10.4 mm

フランス  1925年頃



 幼きイエスの聖テレジア (リジューの聖テレーズ)の横顔を浮き彫りにした美しいメダイ。フランスのメダイユ彫刻家エドモン・アンリ・ベッケルによる作品で、指先に載る小さなサイズです。制作年代はテレーズが列聖された 1925年頃と思われます。





 リジューのテレーズはフランスにおいて国の守護聖人のひとり (une patronne secondaire) とされるほど人気があります。テレーズの肖像はほとんどのメダイや聖画において半ば画一化されていますが、この人の肖像が画一的になりがちな理由は、テレーズが十九世紀末に生き、亡くなったためでしょう。

 イエス・キリストや聖母マリアをはじめ、古代や中世の聖人の場合は、実際の顔立ちを誰も知らないゆえに、芸術家は想像を自由に羽ばたかせて「肖像画」を描くことが可能です。しかしながらテレーズは写真が普及した時代に生きたゆえに、テレーズ本人の実際の顔立ちを誰もが知っていました。それゆえ芸術家が想像力を働かせる余地には限りがあって、テレーズの描写に自ずから制約が生じるのは仕方の無い面があります。

 しかしながらテレーズは写真でも絵でも彫刻でもなく、この地上に生きたひとりの女性でありました。生身の女性であった以上、宗教感情や喜怒哀楽など、さまざまな感情を日々の生活の中で体験したことでしょう。そのような感情は表情に活き活きと現れずにはいません。特にテレーズは多感な若い女性でもあり、神の御前に素直に心を開く修道女でもあったわけですから、生身のテレーズの表情が肖像写真のように画一化していることなど、実際にはあり得なかったはずです。


 その一方で、スケッチやスナップ写真の場合とは違い、メダイユ彫刻は一瞬を切り取ることを目的としていません。本品を制作したメダイユ彫刻家は、信仰者テレーズの魂の「変わることがない在り方」、「本性的な在り方」を可視化しようとしています。

 有名な写真に写っているのもテレーズ本人には違いありませんが、頻繁に目にする写真や絵は、見慣れた人の心に訴えかける力を失いがちです。マンネリズム(様式化)に陥らず、かといって一時的な感情の描写や奇を衒(てら)った描写にもならず、テレーズの魂の「本質」、「変わらぬ姿」を活き活きと描き出すことができるかどうかは、メダイユ彫刻家の芸術的才能にかかっています。




(上) 1851年頃のダヴィッド・ダンジェ Lege & Bergeron, "David d'Angers", c. 1851, 11 x 7 cm, albumen print


 ルネサンス期のイタリアからフランスに伝わったメダイユ彫刻は、十九世紀に入ると優れた芸術性を備えるようになり、十九世紀末頃にひとつの頂点を迎えました。フランスのメダイユ芸術を開花させるのに最も大きな功績があった彫刻家は、ダヴィッド・ダンジェ (Pierre-Jean David d'Angers, 1788 - 1856)です。ダヴィッド・ダンジェはローマ賞をともに受賞した作曲家フェルディナン・エロルド (Louis-Joseph-Ferdinand Hérold, 1791 - 1833) の肖像メダイユを 1815年に制作し、この作品を第一作目として、その後四十年間に亙って肖像メダイユの秀作を産み出し続けました。国家に統制されて製作されるプロパガンダ用メダイユは、十九世紀初頭にはまったく無個性な紋切り型の物になり下がっていました。これと比べてダヴィッド・ダンジェ作品は、三次元的な浮き彫りによってモデルの個性を活き活きと描き出しており、その優れた芸術性は誰の目にも明らかでした。

 ダヴィッド・ダンジェは1827年から「『同時代人の肖像』シリーズ」("Galerie des Contemporains") の制作に取り掛かります。このシリーズのメダイユはすべてブロンズ製の片面メダイユで、顔を斜め前から描いたごく少数の例外を除き、横顔の描写となっています。横顔を好んで作品にすることについて、ダヴィッド・ダンジェは次のような趣旨の言葉を語っています。「正面から捉えた顔はわれわれを見据えるが、これに対して横顔は他の物事との関わりのうちにある。正面から捉えた顔にはいくつもの性格が表われるゆえ、これを分析するのは難しい。しかしながら横顔には統一性がある。」




(上) ダヴィッド・ダンジェ作 「マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール」 ブロンズ製大型メダイユ 直径 15.5センチメートル 当店蔵


 ここでダヴィッド・ダンジェが言っているのは、モデルの顔を正面から捉えて作品にする場合、その時その場でその人物(彫刻家)と向かい合っているという特殊な状況(一回限りの、個別的な状況)のもとで、その時限りの感情や、取り繕った体裁が顔の表情となって現れ、モデルのありのままの人柄を観察・描写する妨げになるのに対し、横顔には常に変わらないモデルの人柄が、ありのままの形で現れる、ということでしょう。その時限りの感情ではなく、ましてや取り繕った体裁ではなく、モデルとなる人物の生来の人柄と、それまで歩んできた人生によって形成された人柄を作品に表現するのであれば、横顔を捉えるのが最も適しているというダヴィッド・ダンジェの指摘には、なるほどと頷(うなず)かせる説得力があります。





 広く流布している肖像のテレーズは、薔薇の咲きこぼれるクルシフィクスを胸に抱き、正面すなわち肖像を見る人の方に顔を向けています。これに対して、本品に浮き彫りにされたテレーズは、薔薇の咲きこぼれるクルシフィクスを抱きつつも、正面を向かず、横顔を見せています。

 古来薔薇は愛の象徴であり、キリスト受難の象徴でもあります。クルシフィクスからあふれ出る薔薇は、十字架上にて極点に達した人知を絶する神の愛を、象徴的に可視化したものと考えることができます。それと同時に、神とキリストからテレーズへと向かう愛は、テレーズの魂の内に愛を呼び起こし、あたかも木霊が響き返すように、神とキリストへと向かいます。

 テレーズが薔薇の咲きこぼれるクルシフィクスを胸に抱き、正面を向いている肖像の場合、テレーズは肖像を見る人に視線を投げかけ、神との「愛し愛される関係」に招いています。しかるに薔薇の咲きこぼれるクルシフィクスを胸に抱くテレーズが、キリストのみに顔を向けている場合、テレーズと神との「愛し愛される関係」を、肖像を見る者は第三者的に眺めることになります。テレーズが正面向きであるか横向きであるかによって、肖像画の意味合いにもこのような違いが生じます。

 この違いはメダイユ彫刻の制作目的の違いであって、どちらかが他方よりも優れているということではありません。メダイユ彫刻に「宣教に役立つ信心具」としてのはたらきを求めるのであれば、正面向きのテレーズ像が適しています。なぜならば、正面向きのテレーズはメダイを見る者に視線を投げかけ、信仰へと招くからです。これに対して、メダイユ彫刻に「テレーズの魂の本質を見通し表現する芸術性」を求めるのであれば、横向きのテレーズ像が相応しいでしょう。なぜならば、ダヴィッド・ダンジェが語っているように、テレーズの横顔には聖女の生来の人柄と、信仰深い家庭生活及び修道生活で形成された人格が、ありのままに現れるからです。





 本品に彫られたテレーズは、カルメル会の修道女の服装、すなわち茶色の修道衣、薄茶色のマント、白のウィンプル、黒の頭巾を身に着け、微かな微笑みを浮かべつつ半ば目を閉じて、神との対話に沈潜しています。修道女として着衣したテレーズは神の花嫁であり、その全身全霊はキリストへの愛に向かいます。メダイの下部、縁に近いところには、「サンクタ・テレシア・アー・イエースー・イーンファンテ」(SANCTA TERESIA A IESU INFANTE ラテン語で「幼きイエスの聖テレジア」)と刻まれています。

 メダイの右下にはエドモン・アンリ・ベッケル (Édmond Henri Becker, 1871 - 1971) のサインがあります。ベッケルは若くして才能を開花させた彫刻家で、サロン展には二十歳の時から参加し、幾度も賞を獲得しています。美術メダイユ彫刻、信心具のメダイユ彫刻の分野でも多くの作品を遺しています。

 上の写真に写っている定規のひと目盛は一ミリメートルです。本品は縦 15.2ミリメートル、横 10.4ミリメートルとごく小さなメダイであり、テレーズの顔の高さも三ミリメートルあまりのサイズですが、ベッケルによる浮き彫りは目鼻立ちが整っているだけでなく、聖女の魂の内にある不可視の信仰をも可視化しています。コルプス(十字架上のキリスト像)の顔は、わずか 0.5ミリメートルほどのサイズです。軽度の磨滅によって表情が分からなくなっていますが、腕や胴体部分のリアルな仕上がりから判断すれば、おそらくは顔かたちも精密に造形されていたことでしょう。





 リジューのテレーズは 1925年に列聖されました。本品はこの頃に制作された作品です。正面向きの聖テレーズの写真は遅くとも 1910年頃までには流布していましたし、マリ=ベルナール修道士 (Fr. Marie-Bernard, 1883 - 1975)による薔薇を抱くテレーズ像は 1922年に完成しました。したがってテレーズ列聖の時点では、聖女像の様式化は半ば完了していたわけですが、メダイユ彫刻家エドモン・ベッケルは、いかにもプロフェッショナルの芸術家らしく、純然たる信心具制作とは異なる角度から作品制作にアプローチし、浮き彫り彫刻の内にテレーズの信仰を可視化することに成功しています。

 大きな商品写真はメダイの実物を数十倍から百数十倍に拡大していますので、突出部分のわずかな磨滅が判別可能ですが、肉眼で実物を見るとたいへん綺麗です。特筆すべき問題は何もありません。

 本品は驚嘆すべき細密さのミニアチュール彫刻であり、優れた芸術品として大きな価値を有します。その一方で、本品の愛らしいサイズは「小さき花」に如何にもふさわしく、テレーズに倣いたいという気持ちをお持ちの方に、人知れずご愛用いただく信心具としても適しています。





16,800円 販売終了 SOLD

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