極稀少品 モン=サン=ミシェル修道院と聖ミカエル 巡礼記念のブロンズ製メダイ 最初期の貴重な作例 直径 17.3 mm


突出部分を除く直径 17.3 mm

フランス  1897年



 北フランス、ノルマンディーのサン=マロ湾(la baie de Saint-Malo)に浮かぶモン=サン=ミシェル修道院(L'abbaye Mont-Saint-Michel)の巡礼記念メダイ。十九世紀末のフランスでブロンズの打刻により作られたもので、モン=サン=ミシェル修道院のメダイに関する最初期の作例です。





 モン=サン=ミシェル修道院は外敵の侵入に対抗する要塞型建築であり、島の基部は頑丈な城壁に守られています。島内に入るには跳ね橋を渡り、1435年に造られたラ・ポルト・デュ・ロワ(仏 la porte du roi 王の門)を通過する必要があります。この後にもさらに四つの門を通り過ぎると、島内唯一の街路である「ラ・グランド・リュ」(la Grande Rue)の起点にたどり着きます。「ラ・グランド・リュ」の終点は塔付きの小さな聖堂で、レグリーズ・サン=ピエールという教会です。

 レグリーズ・サン=ピエール(L'église Saint-Pierre 聖ペトロ教会、サン・ピエール教会)は十五世紀から十六世紀にかけて建設された教区教会で、十三世紀の洗礼盤や十五世紀の彫像群、パリの金銀細工工房シェルティエ(Chertier)が1873年に制作した主祭壇など、素晴らしい調度を有します。





 本品に打刻されている大天使ミカエル(聖ミシェル)はレグリーズ・サン=ピエールを飾る像のひとつで、1877年に制作されました。聖像は全体を銀の板に覆われて、龕(がん 壁の窪み)に納められています。大天使は竜の姿のサタン(堕天使の首領、悪魔)を踏みつけ、止めを刺すために剣を振り上げています。メダイの縁に近いところには、大天使に執り成しを求める祈りの言葉がフランス語で記されています。

  St. Michel archange, priez pour nous.  大天使聖ミカエルよ、われらのために祈り給え。


(下) レグリーズ・サン=ピエールの大天使ミシェル像 フランスの古い絵はがきより。




 モン=サン=ミシェルはフランス革命期に修道士たちが追放された後、監獄に転用されました。ヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo, 1802 - 1885)はモン=サン=ミシェルに設置された監獄の存在を嘆き、この囹圄(れいぎょ)を尊い聖遺物箱に潜むヒキガエルに喩えました。

 モン=サン=ミシェル監獄はユゴーをはじめとする知識人の批判を受け、第二帝政期である 1863年、皇帝ナポレオン三世によって閉鎖されました。1874年には歴史的記念建造物(monument historique)に指定され、ともにヴィオレ=ル=デュク(Eugene Emmanuel Viollet-le-Duc, 1814 - 1879)の弟子である建築家、エドゥアール=ジュール・コロワイェ(Edouard-Jules Corroyer, 1835 - 1904)とポール・グゥ(Paul Gout, 1852 - 1923)によって修復作業が進められました。レグリーズ・サン=ピエールの「竜を倒す大天使ミカエル」像が制作された 1877年は、モン=サン=ミシェルの復興が始まった最初期に当たります。





 もう一方の面にはモン=サン=ミシェル修道院(L'abbaye Mont-Saint-Michel)の全景を打刻し、周囲にはフランス語で「ペルリナージュ・デュ・モン・サン・ミシェル」(仏 pèlerinage du Mont Saint Michel モン・サン・ミシェル巡礼)と書かれています。

 現在のモン=サン=ミシェル修道院は、海からの高さ170メートルの尖塔を有します。尖塔の頂上には剣を振り上げ、竜を踏みつけるミカエルの大きな像が取り付けてあります。この像は彫刻家エマニュエル・フレミエ (Emmanuel Frémiet, 1824 - 1910) の意匠に基づき、1895年にパリのモンデュイ社(Maison Monduit et Bechet, Gaget Gauthier & Cie Sccrs, 25 rue de Chazelles, Paris, 1770 - 1970)が制作したもので、鋼鉄の表面を銅板で蔽い、金めっきを施してあります。大天使の身長は 2.8メートル、翼と剣の先端までを合わせると 4.5メートルの高さがあり、重量は 520キログラムに及びます。この大天使像が尖塔上に取り付けられて祝別されたのは、1897年のことです。


 フレミエの大天使ミカエル像


 本品のようなブロンズの打刻作品は、1870年代頃から二十世紀初頭までのフランス製メダイに多い様式です。しかるに本品に表現された修道院全景は、頂上にミカエル像を取り付けた大尖塔を有します。それゆえ本品の制作年代は 1897年以降の数年間に絞られます。





 上述のように十九世紀に監獄となったモン=サン=ミシェルは、荒廃した状態のまま、1863年に閉鎖されました。モン=サン=ミシェルの修復が始まったのはそれから十年以上経った 1870年代半ばで、しばらくは巡礼者が島内に立ち入れる状態ではありませんでした。本品には「ペルリナージュ・デュ・モン・サン・ミシェル」(モン・サン・ミシェル巡礼)の文字が刻まれていることから、1896年に尖塔が完成した際、記念に制作されたものと考えられます。このときよりも以前に「モン=サン=ミシェルのメダイ」は作られておらず、本品はたいへん貴重な最初期の作例です。


 本品は突出部分が摩滅して、全体が艶やかな金色に輝いています。アンティーク品の愛好者は摩滅したメダイを愛好しますが、それにはいくつかの理由があります。ひとつの理由は、突出部分の摩滅は真正のアンティーク品の証しであることです。いまひとつの理由は、これ以上の摩滅を心配せずに心置きなく愛用できることです。

 しかしながら摩滅したメダイが愛好される最も大きな理由は、細部を自由に思い描けるからです。本品のミカエルは百十年という歳月の経過により、これから出会われる方にとって「私の守護天使」となってくれます。当初の意匠に対して歳月が手を加え、完成させた真のアンティーク品です。





本体価格 16,800円 販売終了 SOLD

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