稀少品 教会を再建せよとの啓示を受けるアッシジの聖フランチェスコ 19世紀前半のコッパー・エングレーヴィング

"Der heilige Franziskus wird vom Gekreuzigten im Gebete ermahnt..."


137 x 86 mm

アインジーデルン(スイス)  1830 - 40年代頃



 若き日のアッシジの聖フランチェスコ (San Francesco d'Assisi, 1182 - 1126) を描いたエングレーヴィング。19世紀前半、おそらく1830/40年代頃に刷られた作品ですが、前世紀(18世紀)風のロカイユ、すなわち貝殻の縁のような曲線文様で画面を縁取り、たいへんクラシカルな趣きです。紙は良質の中性紙ですが、レイド・ペーパーではありません。


 トンマーゾ・ダ・チェラーノ(チェラーノのトンマーゾ Tommaso da Celano, c. 1200 – c. 1260/70) が著した「聖フランチェスコの第二伝記」("Vita secunda S. Francisci" , 1246/1247) によると、若きフランチェスコはアッシジ近郊のサン・ダミアノ教会で幻視を体験しました。フランチェスコが熱心に祈っていると、教会の壁に描かれた祭壇のクルシフィクス(キリスト磔刑像)が「フランチェスコよ。フランチェスコよ。あなたにも分かるように、私の教会は崩れかけている。行ってこれを直しなさい」と三度繰り返して語りかけたのです。フランチェスコはこれを当時荒れ果てていたサン・ダミアノ教会のことだと考えて、自分の馬に父の店の布地を積み、布地ばかりか大切な馬も売って、会堂を修理する費用を調達しました。

 裕福な商人であった父ピエトロはフランチェスコの行動に激怒し、脅したり体罰を加えたりして息子の気持ちを変えさせようと試みますが、フランチェスコは司教の前で父から与えられた衣服まで脱ぎ捨てて父との関係を絶ちました。この出来事の後、フランチェスコはアッシジで物乞いの生活を送りながら、ポルチウンクラの教会や、後に自身が住まうことになるサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂など、当時荒廃していたいくつかの教会の修繕に励みました。


(下・参考画像) サン・ダミアノ教会でお告げを聞く聖フランチェスコ。ジョットによるフレスコ画。




 本品の聖画は、サン・ダミアノ教会のクルシフィクスからお告げを受けるフランチェスコを手前に大きく描きます。かつて騎士に憧れていたフランチェスコは、足許に剣を置き、世俗の若者の身なりに描かれています。しかしながら左手を胸に当ててキリストに視線を向け、幸福そうな微笑を浮かべた姿には、地上にありながらもひたすら天上に憧れる強い信仰心が表れています。

 サン・ダミアノ教会のクルシフィクスはイタリアによく見られる二次元のイコンですが、本品においては丸彫り像として表現されています。これは版画家が知識不足ゆえに誤ったのではなくて、むしろイコンのキリストが本当に自分に語りかけ給うたと信じた若者フランチェスコの、心眼に見えたありのままを再現したものでしょう。


 版画技法に関して言えば、本品の版画家はオーフォルト(エッチング)を併用しつつもグラヴュール(エングレーヴィング)を多用し、さらにフランチェスコの顔と手にはスティプルによる点描画法を採用して、立体性と質感を巧みに再現した精緻な画面に仕上げています。下の写真は実物の面積の10倍、定規のひと目盛りは1ミリメートルです。フランチェスコとキリストの顔は正しく整ったプロポーションに制作されていますが、フランチェスコの顔の高さは3ミリメートルほどであること、キリストの顔はさらに小さいことが分かります。





 左の背景に描かれているのは、自分の馬と父の店の布地を売って得たお金をサン・ダミアノ教会の司祭に差し出すシーンです。馬も武器も売ってしまったフランチェスコは歩いて教会を訪ね、献金を受け取ってくれるように司祭に頼んでいます。司祭はアッシジの有力者であるピエトロ・ベルナルドーネ(フランチェスコの父)の怒りを恐れ、献金を受け取ることを頑なに拒みましたが、若者フランチェスコが帰宅せずに教会に留まることを辛うじて許しました。受け取ってもらえなかったお金を、フランチェスコは近所の貧しい家庭の窓に投げ込みました。





 右の背景に描かれているのは、フランチェスコが父から与えられた衣服をアッシジ司教の前で脱いで、父に返すシーンです。息子と向き合う父ピエトロは裕福な有力者らしく毛皮とマント、剣を身に着けています。フランチェスコの後ろにはミトラを被った司教とサン・ダミアノ教会の神父がいます。

 裸になったフランチェスコは若者であるはずなのに、あたかも師父の名にふさわしい壮年の男性のように見えます。若者フランチェスコの魂が既に全キリスト教徒の模範たるべき聖性を獲得したことを、版画家は若者フランチェスコを壮年の姿に描くことにより、視覚的に表現しているのです。









 聖画の下にはドイツ語で説明が書かれています。内容は次の通りです。


    Der heilige Franziskus wird vom Gekreuzigten im Gebete ermahnt, sein den Einsturz drohendes Haus wieder herzustellen.   聖フランチェスコは祈っているとき、十字架にかかり給うた御方から、崩れかけている教会を建てなおしなさい、と命じられる。
    Er ziehet vor dem Bischofe die Kleider aus, und gibt sie seinem Vater.   聖人は司教の前で服を脱いで父に渡す。
    Er wirft das einem Priester zur Wiederherstellung der Kirche dargebotene, von demselben aber zurückgewiesene Geld mit Verachtung von sich.   教会の再建のために司祭に差し出したが返されたお金を、聖人は侮蔑して投げ棄てる。



 最下部には次の文字が彫られています。

Lithographie und Kunsthandlung von Gebrüder Carl und Nikolaus Benziger in Einsiedeln  版画及び美術商 カール & ニコラウス・ベンツィガー兄弟社 アインジーデルン


 ベンツィガーはスイス東部のアインジーデルン(Einsedeln シュヴィーツ州アインジーデルン行政区)にあったカトリック系の有名出版社です。ヨハン・バプティスト・カール・ベンツィガー (Johann Baptist Carl Benziger, 1719 - 1802) が 1792年にアインジーデルンの修道院の認可を得て信心具や本を販売したのが出版社としての始まりです。最下部に "Gebr. C. u. N. Benziger in Einsiedeln" とあるのは、1833年から1860年までベンツィガー社を率いた兄弟、カール・ベンツィガー (Carl Benziger, 1799 - 1873) 及びニコラウス・ベンツィガー (Nikolaus Benziger, 1808 - 1864) のことで、ベンツィガー社はこのふたりによって大きく発展しました。「カール & ニコラウス・ベンツィガー兄弟社」(Gebrüder Carl und Nikolaus Benziger) という社名は 1880年まで使われました。







 裏面は白紙です。この小聖画は、カトリック教会が託児所開設の費用を集めるために販売したものらしく、上部に証紙が貼ってあります。証紙のサイズは 45 x 33ミリメートルで、アール・デコ様式に拠る薔薇の意匠が乳児の写真を取り囲み、「新規開設の託児所のためにご協力を!」(あるいは「新託児所開設協力会」 Hilfe für neugegründete Kinderkrippen) と書かれています。「キンダークリッペン」は複数形です。





 本品の制作年代は19世紀前半、おそらく1830/40年代頃です。しかしながら裏面に貼られている証紙の年代はこれよりも新しく、1910年代頃のものです。託児所開設の資金集めの慈善オークション等に、カトリック信徒が家族に伝わる古い聖画を献品し、それに証紙が貼られたのでしょう。

 第一次世界大戦期及び戦間期のドイツにおいて、社会と経済の状況は非常に厳しく、夫が出征したり戦死したりした女性たちは、育児中であっても働きに出なければ生活が成り立ちませんでした。カトリック教会はこのような女性たちのために多数の託児所を開設し、その費用を賄うために物品を販売しました。本品もそのような品物の一つです。



 このエングレーヴィングは 150年以上前に制作された真正のアンティーク版画ですが、古い年代にもかかわらずたいへん良好な保存状態です。紙の劣化や破損、大きな汚れ等、特筆すべき問題は何もありません。聖フランチェスコを描いた美術品としての価値に加え、託児所開設資金の証紙が裏面に貼られていることで、第一次世界大戦期から戦間期におけるドイツ・カトリック教会の活動を示す歴史的資料としての価値をも兼ね備えています。





本体価格 15,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。





 額装をご希望の場合、別料金にて承ります。下の写真は上質感ある写真立てを用いた額装で、写真立てのサイズは縦 27.5センチメートル、横 23センチメートル、厚さ 2.5センチメートルです。壁掛け式・自立式の両様に使えます。価格は 6,300円で、ベルベット張りマットの代金、工賃、税を含みます。ベルベットの色はご希望に応じます。






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