我は無原罪の御宿りなり ルルドの聖母への祈り (シャルル・ルタイユ # 24)

Je suis l'Immaculée Conception. Ch. Letaille, pl. 24


カニヴェのサイズ 98 x 68 mm

額のサイズ 230 x 185 mm  厚さ 30 mm


フランス  1860年代頃



 1860年代頃のフランスで制作されたルルドの聖母の美麗なカニヴェ。小さめのサイズであるだけに、いっそう精緻な表現が為されています。





 カニヴェの表(おもて)面には、金色の枠で囲って、1858年3月25日、16回目に出現したルルドの聖母の姿が描かれています。

 当時14歳であったルルドの少女ベルナデットは、1858年3月2日、後に「ルルドの聖母」と呼ばれることになる女性が13回目に出現した際に、「行列を作ってここに赴き、礼拝堂を建てるように司祭たちに話しなさい」と命じられました。しかしベルナデットは司祭と司教に話を信じてもらうことができず、その女性の名前が分からなければどうすることもできないと言われます。 翌日と翌々日の出現のとき、ベルナデットは女性に名前を尋ねますが、女性は微笑むだけで答えませんでした。

 1858年3月25日、不思議な女性が16回目に出現すると、ベルナデットは4回繰り返して名前を尋ねました。これまでは質問を3回しか繰り返していなかったのです。この日も質問を3回繰り返した時点では女性は微笑むだけで答えませんでしたが、ベルナデットが4回目に質問すると、微笑むのを止め、目を天に向け、下ろしていた両手を胸の前で組んで、「私は無原罪の御宿りです。」と答えました。





 カニヴェの聖母はヴェールを被り、目を天に向け、両手を胸の前で組み、右腕にロザリオを掛けています。「私は無原罪の御宿りです」(Je suis l'Immaculée Conception.) という聖母の言葉は、カニヴェの最上部、聖画を囲む金色の枠の外にイール=ド=フランス方言(標準フランス語)で刻まれています。

 聖母は、非常に細かいグラヴュール(エングレーヴィング)によって描かれています。周囲の岩肌に比べてインク溝はごく浅く細く、天上の光に包まれた聖母を柔らかいトーンで描くことに成功しています。

 聖母の足許には、薔薇あるいは茨が生えています。聖母は裸足ですが、薔薇の棘に傷つくことなく立っています。創世記のエヴァと同じく女性でありながらも、原罪を受け継がずに母アンナの胎内に宿りたもうたマリアは、5世紀のラテン詩人セドゥーリウス (Coelius/Caelius Sedulius, 5th century) によって、棘のある茎の間から生え出でつつも傷を受けない薔薇の花にたとえられました。聖母の足下の薔薇に花が無いのは、聖母自身が薔薇の花であるからです。

 画面下部にはルルドの聖母に対する祈りの言葉がフランス語で書かれています。内容は次の通りです。

N-D DE LOURDES   ルルドの聖母
     
Mille fois nous vous féliciton, ô Vierge Immaculée, qui aves écrasé la tête du serpent!   汚れ無き童貞マリア、蛇の頭を砕きたもうた方よ。私たちは御身を千度も称(たた)えます。
O Mère très pure, que tous vous aiment et soient sauvés!   こよなく清き御母よ。全ての人が御身を愛して救われますように。


 カニヴェの最下部、金色の枠の外には、次のように刻まれています。

  Ch. Letaille Editeur Pl. 24 a Paris  シャルル・ルタイユ社 図版 24 パリ

 シャルル・ルタイユ社 (Charles Letaille Editeur, 1839 - 1873) はパリのサン・ジャック通50番にあったカトリック関連書籍の出版社で、数多くの小聖画の版元でもありました。





 カニヴェの裏面にはルルドの聖母への祈りがフランス語で刻まれています。内容は次の通りです。

Prière à N.-D. de Lourdes.   ルルドの聖母への祈り
     
 Soyez bénie, Vierge très-pure, qui avez daigné apparaitre jusqu'à dix-huit fois toute resplendissante de Lumière, de douceur, de beauté dans la grotte de Lourdes, et dire à l'humble et naïve enfant qui vous contemplait dans l'extase: JE SUIS L'IMMACULEE CONCEPTION.    こよなく清き童貞マリアよ、祝せられたまえ。かしこくも御身は18たびにも亙ってルルドの洞窟に現れたまいました。御身は天上の光に満ち、優しさに満ち、美しさに満ちて輝きたまい、賤しき身ながらも心清き子供、忘我の境地にて御身に見(まみ)えたる子供に、「我は無原罪の御宿りなり」と語りたまいました。
 Soyez bénie des faveurs extraordinaires que vous ne cessez de répandre en ce lieu!    常にこの世に行き渡らせたもう素晴らしい恵みゆえに、御身は祝せられたまえ。
 Par votre cœur de Mère, ô Marie, et par la gloire que vous a rendue la sainte Église, nous vous conjurons de réaliser les espérances de paix qu'a fait naitre la proclamation du dogme de votre Immaculée Conception.    マリアよ、母なる御身の心にかけて、また聖なる教会が御身に奉る栄光にかけて、我らは御身に願います。御身の無原罪なる御宿りの教義宣言ゆえに生まれた平和の望みを実現したまえ。
 Ainsi soit-il!    アーメン。


 上の祈りは「御身の無原罪なる御宿りの教義宣言ゆえに生まれた平和の望みを実現したまえ。アーメン」という言葉で締めくくられています。「無原罪の御宿り」の教義がローマ教皇ピウス9世によって正式に宣言されたのは、ルルドに聖母が出現する4年前、1854年12月8日のことでした。この同じ日にはル・ピュイ=アン=ヴレにおいてノートル=ダム・ド・フランスの定礎が行われています。

 ノートル=ダム・ド・フランスはクリミア戦争においてロシア軍から奪った大砲を原料にして鋳造されましたが、1870年7月19日から1871年5月10日にかけて戦われた普仏戦争ではフランスはプロイセンに大敗し、アルザスとロレーヌを失ったうえに、巨額の賠償金を課せられました。普仏戦争後、コミューンの動乱を経たフランスでは、宗教に回帰するとともに平和を願う気持ちが高まり、モンマルトルにはサクレ=クールのバシリカが国民的事業として建設されました。このカニヴェはちょうどこの時代、1870年代ないし 1880年代のもので、表(おもて)面に表された聖母の柔和な表情にも、裏面の祈りの言葉にも、この時代のフランスの精神的状況が色濃く反映されています。





 カニヴェのコンディションは、百数十年前のものとは俄かに信じがたいほど綺麗な状態で、たいへん稀少な完品です。深い緑のベルベットを使用して額装いたしました。額は日本製で、全工程を手作業で制作した高級品です。額の種類、ベルベットの色は変更することもできます。変更に伴い、追加料金が必要となる場合もあります。





商品写真の額装で 36,750円 (カニヴェと額の合計) 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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