稀少品 マドンナ・デッレ・ラクリメ 奇蹟の聖母像を拭った綿花 シラクサ、涙の聖母教会のイタリア語版フォリオ 1969年10月17日 イタリア


フォリオを閉じたときのサイズ 縦 95 x 横 60 mm



 イタリア、シチリア島のシラクサで、1953年夏、聖母の小像が涙を流し、その涙に触れた300名の病気が快癒するという奇蹟が起こりました。動画のリンク https://www.youtube.com/watch?v=KgwwN1Yni-A (音が鳴ります)

 本品は1969年頃にシラクサで制作されたもので、「マドンナ・デッレ・ラクリメ」(Madonna delle Lacrime イタリア語で「涙の聖母」)と名付けられた聖母像を拭った綿花(聖遺物)に、事の成り行きをイタリア語で記録した二つ折りのフォリオを添えています。





 フォリオの表紙には、涙を流すシラクサの聖母像の写真の下に、イタリア語で「シラクサ、マドンナ・デッレ・ラクリメ(涙の聖母)の聖地」(Santuario Madonna delle Lacrime, Siracusa) と書かれています。この写真は 1953年 8月 30日、すなわち聖母像が涙を流し始めた翌日に、「マリアのしもべ会」(Ordo Servorum Beatae Mariae Virginis) のヴィンチェンツォ・サピオ神父が撮影したものです。ヴィンチェンツォ・サピオ神父はこの奇跡を目撃した最初の聖職者です。





 フォリオを開くと、右ページに貼付されたパラフィン紙の小袋に、1センチメートル× 3センチメートルほどの長方形の綿花が封入されています。小袋にはマドンナ・デッレ・ラクリメ、涙の聖母の線描画が、「マリアの青」のインクで刷られています。袋を貼り付けたところの少し上に、次の言葉がイタリア語で書かれています。

  Cotone che ha toccato il quadro della Madonna delle Lacrime  マドンナ・デッレ・ラクリメの御像に触れた綿花





 左ページには聖遺物顕示台の写真があり、その下にイタリア語で次の説明が書かれています。

  L'artistico reliquario che contiene una fialetta con alcune gocce di lacrime, residuato della analisi chimica.  聖母の涙の数滴を入れたガラスの小瓶を納める美しい聖遺物容器。聖母の涙は化学分析を経たものである。


 見開き二ページに亙って、次の解説がイタリア語で書かれています。和訳は筆者(広川)によります。

    IL FATTO   出来事
         
     La mattina del 29 agosto 1953, alle ore 8,30, in una modesta casa di lavoratori, sita in Siracusa, via degli Orti n. 11, un quadretto di gesso, raffigurante il Cuore Immacolato di Maria, versò lacrime umane..    1953年8月29日の朝 8時30分、シラクサのデリ・オルティ通11番地にある、とある小さな農家で、マリアの汚れ無き御心の彩色漆喰像が人間の涙を流した。
     Il fenomeno, che a riprese più o meno lunghe, si protrasse nei giorni 30 - 31 agosto e 1 settembre, attirò subito une moltitudine di persone che potò vedere coi propri occhi, toccare con le proprie mani, asciugare e perfino assaggiare la salsedine di quelle lacrime.   この現象は断続的に繰り返され、8月30日、31日、9月1日まで継続した。すぐに大勢の人々が押し掛けたが、彼らは自分の目で見、自分の手で触れ、涙を拭き取り、塩辛い涙の味見をした者さえいた。
         
    LA PAROLA DELLA SCIENZA   科学の証言
         
     Per vincere gli scettici arrivò provvidenziale la parola della scienza. Una Commissione di medici e di analisti, il giorno 1 settembre, alle ore 11, riuscì a prelevare più di un centimetro cobico di quel liquido, sgorgato dagli occhi della Madonna. Il liquido analizzato aveva analoga composizione delle lacrime umane.    奇跡を疑う者たちを納得させるために、神の摂理によるとも思える科学の証言が届いている。9月1日の11時に、医師たち及び化学分析の専門家たちの調査団が、聖母の両眼から流れ出るこの液体を、1立方センチメートル以上採取することに成功した。涙は分析に掛けられたが、人間の涙に類する組成であった。  
         
    LA PAROLA DELLA CHIESA   教会の証言
         
     <I Vesvovi di Sicilia, riuniti per la consueta Conferenza in Bagheria... vagliate attentamente le relative testimonianze nei documenti originali, hanno concluso unanimamente col giudizio che non si può mettere in dubbio la realità della Lacrimazione... Palermo, 12 dicembre 1953. + Ernesto Card. Ruffini Arc. di Palermo>.    パレルモ近郊バゲリアの定例会議において、シチリアの司教団は、現地で作成された報告書にある数々の証言を仔細に検討し、全会一致して、涙が流れたのは疑うべからざる事実であるとの結論に達した。
パレルモ、1953年12月12日 枢機卿にしてパレルモ大司教 エルネスト・ルッフィーニ (Mgr. Ernesto Ruffini, 1888 - 1967)
         
     Radiomessaggio di Pio XII   <ピウス12世のラジオ演説>
     Ii Santo Padre il 17 ottobre 1954, dopo avere accennato alla Lacrimazione della Madonna soggiungeva:
<Certamente questa sede Apostolica non ha finora in alcun modo manifestato il suo giudizio intorno alle lacrime che si dissero sgorgate da una sua effige in un umile casa di lavoratori; tuttavia, non senza viva commozione, prendemmo conoscenza dell'unanime dichiarazione dell'Episcopato della Scilia sulla realtà di quell'evento. >
   これに続き、1954年10月17日、ピオ12世教皇聖下は、聖母が涙を流し給うた件を指して、次のように語られた。
 「農夫の貧しき家で御像から流れたといわれる涙に関し、この使徒座は、これまでに、使徒座内部の判断を、如何なる形でも示してこなかった。しかしながらこの出来事の真実性に関するシチリア司教団の一致した認識を、我々は深い感動を以て受け容れるものである。」



 右ページ最下部には、マドンナ・デッレ・ラクリメの聖所の所在地(96100 Siracusa シラクサ 郵便番号 96100)、及び郵便振替口座 (Conto corrente postale n. 16/2118) が書かれています。





 四ページめは上下に二分されており、上半分にはマドンナ・デッレ・ラクリメ聖堂の完成予想図が描かれています。この聖堂は1992年に竣工しましたが、本品が刷られた時代にはまだできていません。四ページめの下半分には、マドンナ・デッレ・ラクリメへの祈りの言葉がイタリア語で記されています。内容は次の通りです。和訳は筆者によります。


  Supplica alla Madonna delle Lacrime   マドンナ・デッレ・ラクリメへの嘆願
       
   Madonna delle Lacrime, abbiamo bisogno de Te: della luce che si irradia dalla Tua bontà, del conforto che emana dal Tuo cuore, della Pace di cui sei la Regina.
   涙の聖母よ。我々には御身が必要です。御身の優しさから輝き出る光、御身の御心から流れ出る慰め、女王であらせられる御身の下にある安らぎが、我々には必要なのです。
   Fiduciosi Ti affidiamo le nostre necessità: i nostri dolori perchè Tu li conforti, i nostri corpi perchè Tu li guarisca, i nostri cuori perchè siano colmi di contrizione e di carità, le nostre anime perchè si salvino.    我々は御身を全く信頼し、我々の必要を御身に委ねます。御身は我らの苦しみを慰め、我らの体を癒して清め給うゆえに。我らの心は痛悔と愛に満たされているゆえ、我らは御身に心を委ねます。御身が救い給うように、我らの魂を委ねます。
   Ricordati, o Cuore Immacolato e Addolorato, che davanti alle Tue sante Lacrime Gesù nulla rifiuta.    憶え給え、苦しみ給う汚れ無き御心よ。御身の聖なる涙の前にては、イエズスは何事も拒み給わざるを。
   Degnati, o Madre buona, di unier le Tue lacrime alle nostre affinchè il Tuo divin Figlio ci conceda la grazia..... che con tanto ardore noi Ti chiediamo.    優しき御母よ。御身の涙を我らの御涙に、畏くも重ね給え。かくして、我らがかくも熱心に祈り求める恩寵を、御身の神なる独り子が我らに与え給うために。
   O Madre d'Amore, di Dolore e di Misericordia, ascoltaci, abbi pietà di noi!    愛と悲しみと慈しみの聖母よ。我らの祈りを聴き給え。我らを憐れみ給え。



 ページ最下部には、ジュゼッペ・ボンフィジョーリ師 (Mgr. Giuseppe Bonfigioli, 1910 - 1992) による 1969年10月17日付の印刷許可(imprimatur ラテン語で「印刷さるべし」の意)が記されています。ボンフィジョーリ師は 1968年から73年までシラクサ大司教であった人物です。





 このフォリオは木製額に黒のベルベットを用いて額装いたしました。フォリオの固定方法はマットに押し付けてあるだけで、粘着テープ等はいっさい使用しておりませんので、額を開ければいつでも取り出して中身を見ることができます。額の裏側は自由に開閉できます。





 フォリオの両側に薔薇を飾りました。薔薇は愛の象徴であり、聖母の象徴でもあります。「ロサーリウム」(ROSARIUM ラテン語で「薔薇の花環」「ロザリオ」)は聖母への祈りであり、フォリオと共に封入した薔薇の絵は、聖母に捧げる生きた薔薇の花環、ロザリオの祈り、及び祈りの蝋燭の代わりです。なおこの薔薇の絵は、19世紀後半から20世紀初頭頃にフランスで制作された石版画で、「デクピ」(découpis) と呼ばれるものです。アンティークのデクピは良質の中性紙に刷られているため、百年以上の歳月にもかかわらず劣化は起こらず、酸性紙のような劣化が起こることは今後もありません。ベルベットの色は変更できます。





22,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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