最初期の男性用腕時計 《グリュエン・ギルド キャリバー 707 手巻十五石 スイス製》 美麗クッション型ケース 男女兼用サイズ 1925年



 1925年頃にアメリカのグリュエン社が制作した腕時計。1920年代の腕時計はおおむね女性用で、ほとんどの男性は懐中時計を使っていました。1920年代は一部の男性がようやく腕時計を使い始めた時代で、本品は最初期の男性用腕時計です。

 昔の男性用時計は現代の女性用時計と同様の大きさですので、男女ともにお使いいただけます。九十年以上前の品物にもかかわらず、本品の保存状態は良好で、きちんと動作します。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)をケース(英 case)といいます。本品のケース形状は、四角形の各辺が丸みを帯びて外側に張り出しています。このようなケースの形をクッション型といいます。

 われわれ現代人はウォッチ(携帯用時計)という言葉で腕時計を思い浮かべます。しかしながら十九世紀の人にとって、ウォッチとは懐中時計のことでした。

 時計は針が回転して時刻を指し示しますから、円形が基本の形です。懐中時計のムーヴメントは例外なく円形で、ケースもほぼ全てが円形でした。二十世紀初頭になると、おしゃれな女性たちがペンダント・ウォッチ(女性用の小型懐中時計)を手首に装着しはじめ、やがてこれがリスト・ウォッチ(手首用時計)すなわち腕時計(リストウォッチ)として商品化されます。女性たちの間に流行したのは円くない時計で、円いムーヴメントを八角形やクッション型のケースに入れた機種が制作されました。1920年代になると楕円形や長方形などの細長いムーヴメントが開発され、時計ケースの形は長方形の機種が増えて行きました。





 男性は二十世紀に入っても懐中時計を使っていましたが、女性の影響を受けて腕時計に関心が向いて行きました。当時腕時計は女性のものとされていましたから、腕時計を使いはじめた男性は、人と違った物を身に着けたいと考えるとりわけおしゃれな人たちでした。

 当時は「男は外、女は内」の時代でしたから、社会で働く男性の時計には女性用よりも高い精度が求められました。それゆえ男性用腕時計には制作技術が確立され、高精度で制作しやすいサイズの円形ムーヴメントが採用されました。しかしながらおしゃれな男性たちが欲しがったのは、懐中時計との違いが際立つ「四角い腕時計」でした。


 本品は最初期の男性用腕時計ですが、ケースがクッション型であるのはこの理由によります。男性も四角い腕時計を欲しがりましたが、正方形や長方形のケースに円形ムーヴメントを入れると無駄なスペースが多くなります。ムーヴメントの直径も小さくならざるを得ません。小さなムーヴメントは女性用のものが開発されていましたが、男性用ムーヴメントに比べると精度の面で不安がありました。無理のない大きめサイズの円形ムーヴメントを使いつつ、時計のデザインを四角に近づけるのに、クッション型ケースは最良の選択肢だったのです。





 本品のケースはワズワース社がグリュエン社の為に作ったもので、材質は十四カラットのホワイト・ゴールド張りです。ゴールド・フィルド(金張り)とは別の金属に金の薄板を鑞付(ろうづけ 溶接の一種)した素材で、現在一般的に目にする金めっき(エレクトロプレート)に比べると、金の層に数十倍の厚みがあります。グリュエンの金張りは、特に分厚いことで有名でした。本品のケースもたいへん良い状態で、実用上、美観上とも如何なる問題もありません。





 上の写真はケースの裏蓋を外して、内側を撮影しています。グリュエン(GRUEN)、十四金張り(14 KARAT GOLD FILLED)、ワズワース(Wadsworth)、ケースのシリアル番号(5044892)、ムーヴメントの型番(707)が刻印されています。


 グリュエンをはじめ、アメリカの時計会社が制作したアンティーク時計において、ムーヴメントのシリアル番号とケースのシリアル番号は互いに全く無関係です。時計の制作年代を調べる際に役立つのはケースのシリアル番号ではなく、ムーヴメントのシリアル番号です。ところがグリュエン社に関してはムーヴメントのシリアル番号のデータが残っておらず、年代確定が困難です。

 しかしながら幸いなことに、ワズワース社が 1920年代後半にグリュエン社に納入したケースのシリアル番号について、年度別のデータが得られています。本品ケースのシリアル番号 5044892 は、1925年を示します。





 懐中時計のケースは、たいていの場合、ムーヴメントを保持するリング状の本体と、文字盤側で本体に被さるベゼル(英 bezel)、ベゼルと反対側の裏蓋に分かれます。本品は懐中時計の名残を留めていて、懐中時計と同様に、ケースが三部分(ベゼル、本体、裏蓋)に分かれています。

 1930年代以降の腕時計ケースはベゼルと本体が一体化し、裏蓋を外すだけでムーヴメントを取り出せる簡略な構造になります。いっぽう本品のケースは懐中時計と同じ構造で、裏蓋を外しただけではムーヴメントを取り出せません。ムーヴメントを取り出すには竜真を抜き、機留めネジも外して、ムーヴメントをケース本体から外す必要があります。これは懐中時計と同じ方式です。





 ケースの上部をベゼルといいます。ベゼルに嵌っている透明のガラスやアクリルを、風防といいます。ベゼルは風防の枠の役割を果たします。本品の風防は「プレクシグラス」と呼ばれる高透明度のアクリル製です。アクリル樹脂が発明されたのは第二次世界大戦中のことですから、1925年製の本品にはもともとガラス製風防が嵌っていたはずですが、途中で割れて交換したのでしょう。

 本品の風防は緩やかなドーム状で、横から見るとベゼルよりも高く盛り上がっています。盛り上がった風防は平坦な風防に比べて瑕(きず)が付き易いという欠点があり、ガラス製風防の場合に大きな問題となります。ガラスに付いた瑕は除去できないからです。一方プレクシグラス製風防は瑕を簡単に磨き落とすことができます。本品の風防はプレクシグラス製ですから多少の瑕は綺麗に修復可能ですし、見た目の高級感も問題ありません。しかしながらガラス風防をお好みであれば、無料で交換いたします。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、インデックス(英 index)といいます。

 インデックスの様式にも年代による流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計ではアラビア数字のインデックスが多く見られますが、1950年代から 1960年代半ば頃までの時計では 12時、3時、9時がアラビア数字で、これとバー・インデックス(線状のインデックス)が混用されます。1960年代後半から 1970年代の時計は十二時以外のすべてがバー・インデックスです。1925年に作られた本品のインデックスは、すべてアラビア数字です。





 本品の文字盤には六時の位置に小文字盤があって、小さな針が回っています。これは小秒針(スモール・セカンド・ハンド)と呼ばれる小さな秒針です。現代の時計は中三針(なかさんしん)式、あるいはセンター・セカンド式と言って、文字盤の中央に秒針が付いています。中三針式(センター・セカンド式)のムーヴメントは作るのが難しく、1960年代になってようやく普及しました。それ以前の時計は小秒針式(スモール・セカンド式)で、六時の位置に小さな秒針が付いています。本品もそのような時計の一つです。





 女性のものであった腕時計を、男性が最初に身に着けたのは、第一次世界大戦の時でした。手首に巻き付けた時計を見れば、時刻が瞬時に確認できるという利便性ゆえに、軍人が腕時計を使い始めたのです。軍用時計は夜間でも目立たないように黒文字盤が多く、また暗所での視認性を高めるために、インデックスのアラビア数字及び長針と短針にラジウムの夜光塗料を塗布しています。本品の時針と分針はミリタリー・ウォッチに特有の「ラジウム型」で、ラジウム塗料が半分くらい残っています。ラジウムの夜光塗料が塗布されているのは、古いミリタリー・ウォッチの特徴です。ただし本品のラジウム塗料は、経年により、夜光性を失っています。

 古い時計の夜光塗料に含まれるラジウムは放射性物質であり、発癌性を有します。ラジウムを扱う文字盤工場では多数の作業員が癌になって死亡したために、現在では時計の夜光塗料にラジウムを使うことが禁じられています。ラジウムには四つの同位体がありますが、大部分はラジウム226です。ラジウム226の半減期は 1601年ですから、本品のラジウム塗料は夜光塗料としての機能を失っている一方で、放射能のみを当時のままに保持していることになります。しかしながらこの程度の放射性物質は気にしなくても大丈夫です。文字盤工場で多数の死者が出たのは、毎日筆先を舐めて作業し、ラジウムの経口摂取を続けたからです。時計の使用者がラジウム塗料のせいで癌になることは、決してありません。ご安心ください。





 本品の時針と分針は表面が幾分酸化していて黒っぽく見えますが、 ブルー・スティール製です。ブルー・スティールとは、鋼を加熱して青い酸化被膜を作ったものです。ブルー・スティールは見た目が美しいことに加えて腐食(錆)に強くなります。ブルー・スティールは貴金属ではありませんが、制作に手間がかかるので、現代の時計の青い針はたいていの場合青く塗装しています。本品の青い針は真正のブルー・スティールです。





 本品の文字盤は百年近く前のものにもかかわらずたいへん綺麗な状態ですが、再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、時計が製作された当時のオリジナルです。十二時のインデックスのすぐ下にグリュエン(GRUEN)のロゴが買かれています。拡大写真は、実物よりもはるかに大きなサイズですので、文字盤の小きずがよく識別できます。しかしながら実物を肉眼で見ると拡大写真よりもずっと綺麗です。

 アンティーク品が長い年月をかけて獲得した風合いを、古色といいます。古色は真正のアンティーク品ならではの風合いで、レプリカには見られません。筆者(広川)はアンティーク品の古色が好きで、新品のように綺麗だと物足りなく思います。ですから文字盤再生はあまり好きではありません。本品の文字盤は再生などしなくても充分に綺麗です。





 三時の位置に突出するツマミを竜頭(りゅうず)といいます。本品は電池ではなくぜんまいで動く機械式時計ですので、一日一回竜頭を回転させて、ぜんまいを巻き上げる必要があります。竜頭の操作は簡単で、誰でも簡単にぜんまいを巻くことができます。

 本品が製作された 1925年には電池式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。電池で動くクォーツ時計が普及したのは 1970年代以降のことです。

 秒針があるクォーツ腕時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ腕時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く腕時計や懐中時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。日本語でチクタクと表現されるのは、機械式時計の音です。





 上の写真はケース裏蓋を外し、ムーヴメントを撮影しています。上の写真はムーヴメントの受け側、すなわちムーヴメントをケース裏蓋から外すと見える側を撮影しています。香箱受け(バレル・ブリッジ barrel bridge)と呼ばれる部分に金色の文字で、グリュエン社のブランド名グリュエン・ギルド(GRUEN GUILD)、十五石(FIFTEEN 15 JEWELS)、二項目を調整済(2 ADJUSTMENTS)、スイス(SWITZERLAND)、ムーヴメントのシリアル番号(59714)が刻まれています。

 グリュエン社はオハイオ州シンシナチに本社がありましたが、スイスからムーヴメントを輸入し、アメリカでケースに入れて歩度(時間の進み方)の最終調整をしていました。本機キャリバー 707も、スイス、ビールにあるグリュエンの自社工場で作られたものです。キャリバー名を表す数字 707 が、天符付近に見える地板の裏側に打刻されています。





 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメント「グリュエン キャリバー 707」は十五個のルビーを使用しています。上の写真ではルビーが四個しか見えませんが、あとの十一個は機械の裏側(文字盤側)など、上の写真に写っていない部分に使われています。

 良質のムーヴメントに使われる石数(ルビーの数)は、大まかに言って、年代が新しくなるほど増加します。逆に言うと草創期の腕時計ムーヴメント、特に女性用腕時計のムーヴメントは七石の場合が多く、他に九石、十三石など、後の時代には無い中途半端な石数の機械が見られました。しかるに本品は精度と耐久性が必要とされた男性用腕時計ですので、十分な数のルビーを使用しています。特に 1925年という年代を考えれば、本品は十分に高級な時計であると言えます。





 上の写真で一番手前に写っている環状の部品は天符(てんぷ)と言って、クロックの振り子に相当し、機械式時計の心臓部分です。天符は毎時数万回にわたって精妙な振動(しんどう 往復するように回転すること)を繰り返し、時を測ります。

 機械式時計の部品はどれも小さく、マイクロメートル(千分の一ミリメートル)の精度で制作されています。写真ではかなり拡大されていますが、ムーヴメント全体の直径は、五百円硬貨と同じぐらいです。キャリバー 707の天符は温度変化による歩度の狂いを防ぐために、熱膨張率が異なる二種の金属を張り合わせて制作されています。天符に突き刺さっているのはちらねじという微小なねじで、長さは一ミリメートルほどです。





 上の写真は天符を振動させて撮影しています。天輪(てんわ 天符の環状部分)の軌跡は全くぶれておらず、天符にゆがみが無いことがわかります。天輪に歪みがあったり、天真が曲がっていたりすると、このように綺麗に写りません。







  本品は男性用として作られた時計ですが、現代の時計に比べて小さめで、女性にも上品にお使いいただけます。百年近く前に制作された最初期の腕時計は、数あるアンティーク腕時計の中でも最も古いものです。それにも関わらず本品の保存状態は極めて良好で、適切な精度を保ちつつ力強く動作しています。実際に購入してお使いいただける時計史上の貴重品です。


 バンドはお好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。

 当店では時計用の箱をご購入いただけます。箱はレプリカ(現代の複製品)ではなく、本物のヴィンテージ品(アンティーク品)です。グリュエン社の箱は別売りですが、時計をお買い上げいただいた方には割引価格でご提供いたします。

 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 158,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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