優れた彫金細工の宝飾時計 《ニコレット 十七石》 プラチナ製ケースにダイヤモンド二十個 スイス 1940年代前半頃



 スイスの老舗時計会社ニコレットが、およそ七十年前に制作した典雅な宝飾時計。プラチナのケースに美しい彫金を施して、質の良い二十石のダイヤモンドを嵌め込んでいます。文字盤は白で、全く変色の無い良好な状態です。アラビア数字のインデックスは 1940年代の時計の特徴です。

 この時計は電池式ではなく手巻き式で、耐久性に優れたハイ・ジュエル・ムーヴメントを搭載しています。商品写真は黒のコード・バンドを取り付けて撮影しました。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計の外側)を「ケース」(英 case)といいます。上の写真は本品のケース裏蓋を撮影したもので、ケースの素材を示す次の文字が刻印されています。

  900 PLATINUM, 100 IRIDIUM

 本品のケースはプラチナ、正確に言うとプラチナとイリジウムの合金でできています。本品のケースに含まれるプラチナの純度は九百パーミル(九十パーセント)で、残りの百パーミル(十パーセント)はイリジウムです。

 イリジウムは白金族元素のひとつで、周期表ではプラチナの左隣に位置します。プラチナは化学的に極めて安定していて王水にしか溶けませんが、イリジウムは更に安定しており、熱王水にもほとんど溶けません。イリジウムは耐久性を増すためにプラチナに加えられます。プラチナ九百パーミル、イリジウム百パーミルの合金は、メートル原器の素材にもなっています。




 本品を一見して気付くことは、彫金細工の見事さです。

 金属製工芸品の凹凸は、型による鋳造による場合、エンボス(表からの型押し、及び裏からの打ち出し)による場合、彫金による場合の三通りがあります。これら三つのうち、最初の二つ、すなわち鋳造またはエンボスによる凹凸は、彫金の凹凸に比べると縁の明瞭さに欠けるので、アンティーク品を見慣れた人が注意深く観察すれば容易に判別できます。





 本品のケースは非常に多くのミル打ちによる華やかなパターンで飾られています。これらの細工はすべて真正の彫金によります。

 ミル打ち(英 milling)というのはファイン・ジュエリーに施される彫金細工で、貴金属の稜線部分(線状の盛り上がり)に鏨(たがね)を適用し、連続する微細な点を打ってゆきます。





 鋳造やエンボスによるパターンは、一旦マトリクス(母型)を作成すれば、あとは同じ物を大量に複製できます。それゆえコスチューム・ジュエリー(わが国で言う「アクセサリー」)や、近年の安価な時計を彫金風パターンで飾る場合は、実際の彫金ではなく、鋳造やエンボスが使われます。

 これに対して時計が非常に高価であった時代のケース、すなわち懐中時計のケースや初期の腕時計のケースには、一点もののファイン・ジュエリーと同様に、職人が手作業で彫金を施しています。真正の彫金細工にはたいへんな手間と時間、高度な職人技が必要である一方、鋳造品やエンボス品のように複製することができません。それゆえジュエリー職人が手作りした一点ものの本品は、最高に贅沢な時計です。





 本品のプラチナ製ケースは、本体と裏蓋に分かれています。本体側ケースのうち、文字盤を囲む部分をベゼルといいます。本品の文字盤は正方形の四辺が外側に膨らんだクッション型で、ベゼル、及びベゼルに嵌っているガラスも同じ形をしています。ベゼルの三時側と九時側にはそれぞれずつのダイヤモンドが嵌められています。







 時計に使われるダイヤモンドは時計用のダイヤモンド、すなわちジュエリー用に比べると質が落ちるダイヤモンドで、表面に瑕(きず)がある場合も多く見られます。ダイヤモンドを始め、カット石の瑕の有無は、表面に光を反射させれば分かります。

 上に示した二枚の写真は、本品ベゼルの三時側及び九時側に嵌っているダイヤモンドです。いずれの写真も五個のダイヤモンドのクラウンに光を反射させていますが、瑕は全くありません。





 時計にバンドを取り付けるための突出部分をラグ(英 lugs)といいます。現代の女性用時計は 1940年代の男性用時計の大きさで、ラグは十二時側と六時側に二本ずつ突出し、バネ棒という部品で革製や布製の平たいバンドを付けるようになっています。しかるに 1940年代の女性用時計は一円硬貨よりも小さなサイズであったので、ラグは十二時側と六時側に一本ずつ突出し、コード・バンド(ひも状のバンド)を通す仕組みになっています。かつての女性用時計におけるこのような方式を、センター・ラグ方式といいます。







 上に示した二枚の写真には、本品ラグの十二時側及び六時側に施された美しい彫金と、質の良いダイヤモンドが写っています。十二時側と六時側のラグにも、ダイヤモンドを取り巻くようにミル打ちが施されています。ダイヤモンドに瑕が無いことは、クラウンの反射を見ればわかります。ミル打ちで囲んだハート形と紡錘形は、フルール・ド・リス(仏 fleurs de lys 百合の花)のように見えます。





 十二時側から六時側にかけて細長くデザインされた宝飾時計は、手首が細い方が装着すると、ラグの両端が手首から浮き上がってしまいます。しかるに本品はラグの両端が可動式になっており、女性の手首に心地良くフィットするように、よく工夫されています。この可動部分にもジュエリー職人の手仕事による彫金が施され、周囲をミル打ちで囲んでいます。





 本品はアメリカ合衆国にあったもので、制作年代は 1940年代後半です。

 1941年に日米が開戦し、男性たちが職場を離れて戦うあいだ、アメリカの女性たちは工場等の職場に駆り出されて働き、人生で初めてまとまった金額の給与を得ました。1940年代当時、時計はたいへん高価な品物でしたが、社会に出て多額の現金を稼ぐようになった女性たちは、挙(こぞ)って腕時計を買い求めました。そのような事情で、1940年代には女性の間に腕時計が一挙に普及しました。


 腕時計の最初期に当たる 1920年代の女性用腕時計は、アール・デコ様式の彫金がたいへん美しく、好景気に沸いたアメリカ社会の雰囲気を髣髴させます。これに対して本品が制作された 1940年代後半の腕時計は、男性用、女性用とも装飾の少ないデザインでした。これは時代の雰囲気のせいでシンプルな意匠が好まれたためでもありますし、特に彫金のような手間のかかる細工は合理化が進む時代に合わなくなっていたという事情もあります。

 しかしながら本品は戦争で傷つくことがなかった富裕な階層のために作られた品物であり、未だ景気が沈滞していた当時の雰囲気とは異質の品物です。





 上の写真は本品のムーヴメント(時計内部の機械)をケースから取り出したところです。

 時計において、時刻を表示する数字や目盛りを記した板状の部品を文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。本品の文字盤は白色で、たいへん綺麗な状態です。文字盤の中ほどよりも上に「ニコレット」(NICOLET)の文字があります。

 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとのマークを、インデックス(英 index)といいます。インデックスのデザインは時計の制作年代ごとに特有の様式があります。文字盤の年代ごとの様式はメーカーに関わらず共通していて、例外はほとんどありません。本品のように一時から十二時まで全てのインデックスをアラビア数字で表示するのは、1940年代に作られた時計の特徴です。


 アンティーク時計の針には様々な形がありますが、本品の針は最も優雅なリーフ型を採用しています。色が綺麗なブルーであるのは、ブルー・スティールといって、加熱により鋼(はがね)の表面に酸化被膜を作ったものです。ブルー・スティールは錆を防ぎます。





 現代の女性用時計には当たり前のように秒針が付いていますが、1940年代の女性用時計は時針と分針の二針(にしん)式で、秒針がありません。当時の女性用時計に秒針が無い理由のひとつは、1940年代の技術では、時計の中央に秒針を取り付けるのが難しかったことが挙げられます。現代の時計は中三針(なかさんしん)式といって、文字盤の中央に秒針が取り付けられますが、この方式が普及したのは 1960年代以降です。

 1940年代の女性用時計に秒針が無いもうひとつの理由は、当時の女性用時計がドレス・ウォッチだったからです。1960年代以降、ムーヴメントの中央に秒針を取り付けることが可能になり、男性用時計は中三針式になりました。これは男性用時計が実用品に位置付けられたことを示します。しかるに女性用時計に秒針が付くことはありませんでした。1960年代以降になっても女性の時計が二針であり続けた事実は、女性用機械式時計(女性用アンティーク時計)が実用品というよりもむしろお洒落のためのドレス・ウォッチであり、ジュエリーと同様の位置付けであったことを示します。

 1980年代に時計がクォーツ式(電池式)になると、多くの女性用時計が中三針式に移行します。これはいわば女性用時計の地位が低下したということです。本品は女性用時計がドレス・ウォッチであった古き良き時代の優雅な空気を纏(まと)っており、近年の女性用時計とは一線を画します。





 本品「ニコレット」は電池が不要で、ぜんまいの力で動きます。ぜんまいの力で動く本品のような時計を、機械式時計といいます。

 ぜんまいを巻いたり時刻を合わせたりする際のツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。三時の横に付いているツマミが、竜頭です。竜頭は現代のクォーツ式(電池式)時計にも付いていますが、電池を入れ替えたとき以外、滅多に触ることがありません。アンティーク時計は機械式ですので、毎日竜頭を回してぜんまいを巻く必要があります。ぜんまいは一日一回巻き上げます。ぜんまいを巻くのはとても簡単で、誰にでもできることですので、心配は無用です。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動く機械式ムーヴメントです。良質の機械式ムーヴメントには、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。上の写真で赤く見えるのがルビーです。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、高級時計の部品として使用されます。

 本品のムーヴメントには「セブンティーン・ジュエルズ」(SEVENTEEN JEWWELS 十七石)の表示があり、上の写真では見えない部分も含めて十七個のルビーが使われていることが分かります。必要な部分すべてにルビーを入れると、十七石(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 a high jewel movement)と呼ばれる高級品です。





 上の写真の上部には竜頭が写っています。竜頭の左下には銀色の大きな円盤状歯車(角穴車)が見えます。この歯車の下には平たい円筒形容器があって、機械式ムーヴメントのぜんまいはその中に格納されています。

 竜頭の右下では、大きな輪が勢いよく回っています。これは天符(てんぷ)といって、機械式時計で最も大切な部品です。静止写真では分かりませんが、天符は一方向に回るのではなく、振り子のように往復運動しています。機械式クロックが振り子で時間を計るのと同じように、機械式ウォッチは天符で時間を計ります。

 本品のムーヴメントはスイス、ア・シールド社の「キャリバー 976」という機種です。「ア・シールド キャリバー 976」の天符は一秒間に五振動します。これは天符が一秒間に二・五回、一時間に九千回、振動する(往復するように回転する)という意味です。





 上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨の上に置いて撮影しています。天符をはじめ、機械式ムーヴメントの各部品はマイクロメートル(千分の一ミリメートル)の精度で制作されています。現代ではコンピュータ制御の産業ロボットを使って微細な加工ができますが、1940年代当時はすべての精密加工が人の手によるものでした。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。手前の天符には幾つもの小さな突起がありますが、これらはチラネジと呼ばれる小さなネジです。チラネジを始め、各部品の精緻な加工を見ていただければ、この時代の時計が見えない部分まで芸術品であったことがお分かりいただけます。





 1940年代当時、ハイ・ジュエルのプラチナ無垢宝飾時計である本品の価格は、現在の貨幣価値に換算すれば二百万円以上に相当しました。良質の時計はたいへん高価であったわけですが、しかしながらこれは「ブランド代」ではなくて、「一生もの」と呼べるだけの内実、実質的価値を伴っていました。ムーヴメントにルビー製部品を多用するのも、優れた耐久性と長寿命を確保するためです。本品はおよそ七十年前に制作された本物のアンティーク時計ですが、十分に実用可能です。





 アンティーク時計はどこの店でも原則的に「現状売り」で、壊れた場合に修理が困難ですが、アンティークアナスタシアでは他店で不可能な修理に対応しています。上の写真に写っているのは部品取り用として当店に在庫している本品と同型のムーヴメント「ア・シールド キャリバー 976」です。部品の点数は数えていませんが、どこも壊れていないムーヴメントだけでおそらく二百個ほど在庫しています。





 本品のように細かい彫金のある宝飾時計を最も引き立ててくれるのは、黒のコード・バンド(ひも状のバンド)です。センター・ラグ方式の時計用には金属製バンドも作られていて、当店には金属製バンドも在庫しています。

 時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、安心してご愛用いただけます。お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





480,000円+税

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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