バンドを取り付けるための突起(ラグ)を、十二時側と六時側にひとつずつ有する女性用時計のバンド。全長は 14.5センチメートルで、これに時計のサイズを加えた長さが、本品を使用する際の有効長です。時計のサイズは品物によって異なりますが、ほとんどの女性用アンティーク時計において、十二時側のラグの孔から六時側のラグの孔までの距離は
2.5センチメートル前後です。したがって女性用アンティーク時計に本品を取り付けると、十七センチメートル前後の全長(有効長)となります。
本品はセイフティ・チェイン(脱落防止用の細い鎖)以外の金属部分はスターリング・シルバー、すなわち純度 92.5パーセントの銀でできています。銀細工工房のマーク、及び「スターリング」(STERLING)の文字が留め金の裏側に刻印されています。
本品の全てのコマと留め金にはミル打ちが施されています。本品のミル打ちは突出部分の摩滅によって丸みを帯びていますが、アンティーク・ファイン・ジュエリーのミル打ちと同様に細密であり、本格的ジュエリーの高級感を有します。
バンドの全てのコマと留め金には、英語でラインストーン、フランス語でストラスと呼ばれるガラス製模造宝石が嵌め込まれています。ラインストーンは現代のブリリアント・カットではなく、古い時代のシングル・カットです。裏側の箔は経年によって剥がれています。
ジュエリーの石留めにはいくつかの方式があります。ラインストーンの最も簡易なセット方法は接着で、コスチューム・ジュエリーにはこの方法がよく使われます。接着による石留めは手間がかからず効率的に作業できますが、経年により接着材が劣化すると石が脱落する欠点があります。
コスチューム・ジュエリーにおいて石落ちを防ぐために使われるのは、ラインストーンを嵌める台座を成形する際に、長い爪をあらかじめ作っておく方式です。突出した長い爪の間にラインストーンを置き、石に掛かるように爪を曲げて、石を固定するのです。この方式は接着剤を使わないので、爪が折れない限り、石が落ちることはありません。丁寧な作りのコスチューム・ジュエリーでは、この方式で石が留められます。
しかるに本品の石留め方法は上記のいずれでもなく、ファイン・ジュエリーと同じ方式によります。
宝石と貴金属を使ったファイン・ジュエリーでは、鏨(たがね)による爪留めが採用されます。宝石を台座に置いた後、石のすぐ脇の貴金属に鏨を打ち込んで爪を作り、これを石の上に掛けてセットする方法です。これは最も確実な石留め方法ですが、ひとつひとつの石について同じ作業を繰り返さなければならないため、非常な労力と時間がかかります。またこの作業ができるのは熟練したジュエリー職人に限られます。それゆえ鏨による爪留めはコスチューム・ジュエリーには使われず、価格が高いファイン・ジュエリーに限られます。しかるに本品は全てのラインストーンを鏨で爪留めしており、ファイン・ジュエリーと同様の丁寧な作りとなっています。
本品の作りの丁寧さは、時計への取り付け方にも表れています。現代の女性用時計とは違い、ほとんどの女性用アンティーク時計は、バンドを取り付けるための突起(ラグ)を十二時側と六時側にひとつずつ有するセンター・ラグ方式です。この方式の時計に対応する金属製バンドは、バンドの接続部分をラグに通した後、爪を折り曲げて固定する方式です。しかしながらこの方式は、爪を折り曲げた状態から再度まっすぐに伸ばそうとすると、金属疲労によって爪が折れてしまいます。それゆえセンター・ラグ用の金属バンドは、気軽に付け替えられないのが普通です。
しかるに本品はラグに通す小さな棒状部品がネジになっていて、金属疲労を起こすことなく繰り返して着脱できます。同じ時計のバンドを付け替える、別の時計に付け替える等、何度でも着脱して愉しむことが可能です。
上の写真は本品を同時代の時計に取り付けた使用例です。時計は別売りです。
このバンドは数十年前に作られた古い品物ですが、十分に実用できる良好な状態です。ラインストーン裏側の箔は剥がれており、アンティーク品らしい風合いになっています。特筆すべき問題は何もありません。