真珠 その九 養殖真珠の核
les perles ― 9. Les noyaux des perles de culture




(上) 養殖真珠の核となる北アメリカ産淡水二枚貝。手前左から時計回りに、イシガイ科ランプシリス属(Lampsilis)の一種、 フスコナイア属(Fusconaia)の一種、メガロナイアス属(Megalonaias)の一種、プレウロベマ属(Pleurobema)の一種、クアドルラ属(Quadrula)の一種。


 イシガイ及びカワシンジュガイの仲間は、全北区と同様、新北区(北アメリカ)のとりわけミシシッピ川以東に豊富に産します。ミシシッピ川はアメリカ合衆国とカナダの国境近く、スペリオール湖の西にあるイタスカ湖(Lake Itasca, Minnesota)に発し、アメリカ合衆国を縦断してメキシコ湾に注ぎます。ミシシッピ川の長さは 3780キロメートルに及びますが、支流の一つであるミズーリ川は本流よりもさらに長く、4130キロメートルの全長を誇ります。ミシシッピ川の流域はアメリカ合衆国の広大な面積を占めており、同川に産する淡水二枚貝の分布域も広い範囲に及びます。あこや真珠をはじめとする養殖真珠には球形の核が使われていますが、核の材料となるのはミシシッピ川流域に産する厚い貝殻の淡水二枚貝です。

 なおイシガイ科及びカワシンジュガイ科の淡水産二枚貝と海産のイガイは、いずれも英語でマスル、マスルズ(英 mussel/mussels)、フランス語でムール(仏 moule/moules)と呼ばれます。淡水産二枚貝と海産のイガイはいずれも殻皮が黒く、食用になる点も共通しています。しかしながらイシガイとカワシンジュガイはイシガイ目、イガイはイガイ目であり、両者は目(もく)のレベルで隔たっています。イシガイやカワシンジュガイをムール貝と日本語表記している例も見受けられますが、マスルもムールも非学術的な日常語ですので注意が必要です。イシガイもカワシンジュガイもイガイではありません。


【養殖真珠の核となる北アメリカ産淡水二枚貝】

 核の材料となる淡水二枚貝には、次のようなものがあります。ここに掲載した写真はミキモト真珠博物館の展示ですが、英名に関してはより一般的と思われる綴りに改めました。また英名エボニー(英 ebony)とバックホーン(英 buckhorn)の学名について博物館の展示に誤りがあるので、本文で訂正しました。




(上) 学名 Amblema plicata  英名 threeridge  和名 ウネカワボタン


ウネカワボタン Amblema plicata イシガイ科

 ニューヨーク州西部のアレゲニー川(the Allegheny River)からミネソタ州を経てカンザス州に至るミシシッピ水系、テキサス州中部からフロリダ州のイエロー川(the Yellow River)に至るメキシコ湾沿岸の河川、スペリオール湖を除くセント=ローレンス川流域、及びレッド川(the Red River of the North)からウィニペグ川(the Winnipeg River)を経てネルソン川(the Nelson River)に至る水域に分布します。

 ウネカワボタンは礫底、砂底、泥底等の多様な環境に生息します。繁殖期は春で、受精卵は親貝の水管内で最長二か月を過ごし、グロキディウム幼生となります。

 ウネカワボタンの殻は円に近いものから四角形に近いものまであって、殻長十八センチメートルに及びます。真珠層は白色で、後方に虹色の真珠光沢を有します。分厚い殻は球形に研磨され、養殖真珠の核に使われます。




(上) 学名 Fusconaia ebena  英名 ebony, ebonyshell


フスコナイア・エベナ Fusconaia ebena イシガイ科

 ミシシッピ川本流、サン・クロワ川、ミネソタ川、イリノイ川、オハイオ川をはじめとするミシシッピ水系に分布します。かつてフスコナイア・エベナはミシシッピ川最上流部からメキシコ湾沿岸部まで連続して分布しましたが、1913年、キーアカク(Keokuk アイオワ州南東端)に当時世界最大の水力発電所(Lock and Dam No. 19 ミシシッピ第十九閘門・ダム)が建設されたことで、生息域が南北に分断されました。

 フスコナイア・エベナが最も好むのは水流が速く水深 1.8メートル程の川底ですが、これよりも深いところ、浅いところ、水流が緩やかなところにも生息しています。また岩礫底、砂底、泥底のいずれにも分布します。フスコナイア・エベナの生殖は、雄貝が放出した精子を雌貝が入水管で取り入れ、受精が行われます。受精卵は雌貝の鰓に守られて孵化し、グロキディウム幼生となります。グロキディウム幼生は水中に放出されて、魚に取り付きます。フスコナイア・エベナの殻長は、平均 7.4センチメートルです。

 フスコナイア・エベナは貝ボタンの原料として乱獲され、地域によってはほぼ絶滅しました。食用に捕獲された時期もありましたが、苦味があって海産の貝ほど美味ではないので、食用の乱獲は続きませんでした。現在は貝殻を養殖真珠の核とするために捕獲され、日本をはじめとする真珠養殖国に輸出されています。




(上) 学名 Fusconaia flava  英名 Wabash pigtoe


フスコナイア・フラヴァ Fusconaia flava イシガイ科

 フスコナイア・フラヴァはミシシッピ川流域及びセント・ローレンス川流域に生息します。ミシシッピ川流域については、北はミネソタ州からペンシルヴェニア州、南はオクラホマ州からテネシー州に至る水域、セント・ローレンス川流域については、ウィスコンシン州からニューヨーク州中心部まで、及びオンタリオ州南部を含みます。このほかカナダではレッド川(the Red River of the North)、ネルソン川、ウィニペグ湖に分布します。

 フスコナイア・フラヴァは中程度の流速の泥底、砂底、礫底を好みます。大きな川にも分布しますが、小さな川により多く住んでいます。フスコナイア・フラヴァの殻は四角形ないし三角形に近く、殻長は最大 7.6センチメートルです。真珠層は白色ですが、ときにピンクあるいはサーモン・ピンクを帯び、後部には真珠光沢があります。繁殖期は春で、受精卵はメス貝の水管内で最長三か月を過ごし、グロキディウム幼生として排出され、魚に取り付きます。本種のグロキディウム幼生の形状は魚が餌とする無脊椎動物に似ているため、宿主の魚に対して疑似餌の効果を発揮します。




(上) 学名 Megalonaias gigantea  英名 washboard


メガロナイアス・ギガンテア Megalonaias gigantea 別名 メガロナイアス・ネルヴォーサ Megalonaias nervosa イシガイ科

 メガロナイアス・ギガンテアの学名は、属名メガロナイアスが大きな水の精、ギガンテアは大型種という意味で、その名の通り殻長 20センチメートルに達する淡水二枚貝です。ミネソタ川、サン・クロワ川、及びセイント・アンソニー・フォールズ(St. Anthony Falls ミネアポリスにある滝)よりも下流のミシシッピ川に生息するとされます。ただしミネソタ川における 1990年の調査では死んだ二個体が見つかっただけであり、この川の生息数はごく少数と見られています。またサン・クロワ川とミシシッピ本流においても、メガロナイアス・ギガンテアの個体数は淡水二枚貝全体のおよそ一パーセントと考えられ、ミネソタ州では 1996年に絶滅危惧種に指定されています。

 メガロナイアス・ギガンテアに好適な生息地は大きな川の泥底、砂底、礫底で、緩やかな流速を好みます。殻は分厚く、英名「洗濯板」の由来である畝が顕著に発達します。生後およそ八年で成熟し、三十年以上の寿命があります。メガロナイアス・ギガンテアの生殖は、雄貝が放出した精子を雌貝が入水管で取り入れ、受精が行われます。受精卵は雌貝の鰓に守られて孵化し、グロキディウム幼生となります。グロキディウム幼生は十月に水中に放出され、魚に取り付きます。宿主となる魚はグリーン・サンフィッシュ(Lepomis cyanellus ブルー・ギルの近縁種)、ブラック・ブルヘッド(Ameiurus melas アメリカナマズ科の一種)、アメリカナマズ(Ictalurus punctatus, channel catfish)です。

 メガロナイアス・ギガンテアの個体数は減り続けています。その原因としてはミシシッピ川の汚染、浚渫、ダム建設で生息環境が悪化していることに加え、ロシア、ウクライナから侵入したカワホトトギスガイ(Dreissena polymorpha, zebra mussels)の影響が挙げられます。カワホトトギスガイはミシシッピ、サン・クロワ両川とその支流に繁殖域を広げていますが、多数が塊となって在来淡水二枚貝の殻に付着し、最終的に貝を窒息死させます。2000年には六百個体以上のメガロナイアス・ギガンテアがカワホトトギスガイの集団から救出され、ミネアポリスよりも下流のカワホトトギスガイが生息していない場所に移されました。

 メガロナイアス・ギガンテアを減少させる要因としては、養殖真珠の核を目的とした乱獲も挙げられます。その一方でテネシー川ではメガロナイアス・ギガンテアから養殖真珠が採取されています。メガロナイアス・ギガンテアの養殖真珠は色またはグレーで、ピンクあるいはブルーがかった照りを有します。




(上) 学名 Obliquaria reflexa  英名 three-horned wartyback   和名 コブモチカワボタン


コブモチカワボタン Obliquaria reflexa イシガイ科

 コブモチカワボタンの生息地はミシシッピ水系に分散し、上流域ではミネソタ州からウィスコンシン州、ミシガン州を経てペンシルヴェニア州西部及びオンタリオ州、ミシシッピ中下流域ではカンザス州からオクラホマ州を経てテキサス州、及びジョージア州北西部に分布します。大きな川の比較的緩やかな流れを好み、礫底、砂礫底、泥礫底に生息します。

 コブモチカワボタンの殻は円く分厚く、殻長は 7.4センチメートルほどになります。コブモチカワボタンの受精卵は雌貝の水管内に最長十一か月とどまり、グロキディウム幼生となって放出されます。




(上) 学名 Quadrula pustulosa  英名 pimpleback  和名 コイボカワボタン


コイボカワボタン Quadrula pustulosa イシガイ科

 コイボカワボタンはミシシッピ水系の全域に亙り、大きな川や大きな湖の泥底、砂底、礫底、砂礫底に生息しています。殻は分厚く、殻長は十センチメートルあまりに育ちます。真珠層は白色で、最後部に真珠光沢があります。

 コイボカワボタンの受精卵は水管内で最長二か月を過ごし、グロキディウム幼生となって放出されます。ミシガン州における繁殖期は五月初頭から中頃で、雌貝の体内に卵があるのは五月中頃から七月中頃です。




(上) 学名 Quadrula quadrula  英名 mapleleaf  和名 ヒラガマノセカワボタン


ヒラガマノセカワボタン Quadrula quadrula イシガイ科

 ヒラガマノセカワボタンはミシシッピ水系及びレッド川(the Red River of the North)とネルソン川(the Nelson River)、五大湖、アラバマ川水系、及びテキサス州中部と東部の川に分布します。主要な生息地は大きな川と湖で、泥底、砂底、礫底のいずれにも見られます。殻は厚くしっかりしており、殻長十センチメートルあまりに成長します。繁殖期は初夏で、受精卵は雌貝の水管内に最長三か月のあいだ留まり、夏の終わりにグロキディウム幼生となって排出されます。




(上) 学名 Tritogonia verrucosa  英名 buckhorn, pistol grip


トリトゴニア・ヴェッルコーサ Tritogonia verrucosa イシガイ科

 トリトゴニア・ヴェッルコーサはアメリカ合衆国東部及び中部を流れる大きな川の水深一メートルから二十メートル、平均八メートルの砂底、礫底、泥底に生息します。っ分厚く細長い殻は長さ二十センチメートルに達し、軟体を含む重量は一キログラム以上になります。

 トリトゴニア・ヴェッルコーサは雌雄とも六歳で性的に成熟します。生殖は春に行われ、雄貝が放出した精子を雌貝が入水管で取り入れて、卵が受精します。受精卵は五月から八月にかけ、115日ないし 136日、平均 122日のあいだ雌貝の鰓に守られて、グロキディウム幼生となります。グロキディウム幼生は水中に放出されて、魚に取り付きます。ある研究によると、百立方メートルの水に含まれるグロキディウム幼生の数は 18個体でした(Jirka and Neves, 1992; Minnesota Dept. of Natural Resources, 2012)。

 トリトゴニア・ヴェッルコーサは殻から貝ボタンを作るために乱獲され、現在ではミネソタ州、ヴァージニア州、ウィスコンシン州で絶滅危惧種に指定されています。ノース・カロライナでは既に絶滅しています。




(上) クロウ=フット・フック crow-foot hooks


 以上で紹介した各種淡水二枚貝は、現在では貝殻から海産養殖真珠の核を取るため、あるいは貝ボタンを採るために捕獲されます。かつては天然真珠を得るために捕獲されたこともありました。捕獲の目的がいずれにせよ、人の背が立つ程度の浅瀬であれば、つま先で貝を探ることが出来ます。更に浅い場所であれば、熊手で掘り返すことが可能です。しかるに水深数メートルの水底に生息している場合、とりわけ川では流れがあるうえに透明度も低く、素潜りで採るのはたいへん危険です。そのために考案されたのがクロウ=フット・フック(英 a crow-foot hook カラス足フック)と呼ばれる一種の釣り針です。





 イシガイの仲間は礫や砂泥に半ば体を埋め、殻を半開きにして生活しています。殻を半開きにするのは、水を鰓に送ってガス交換(呼吸)をするためでもあり、水を濾過して餌となる微物を摂取するためでもあります。しかるにイシガイは物理的刺激に敏感で、何かが触れると瞬時に殻を固く閉じます。この性質を逆手に取ったのがクロウ=フット・フックです。多数のクロウ=フット・フックをロープに取り付け、これをボートから水底に垂らします。そのままボートを進めると、イシガイは殻を閉じる際にフックを噛んで離さず、そのままボートに引き上げられてしまいます。


【製核の工程と、核の直径の表し方】



(上) 製核機

 淡水二枚貝の殻から切り出したサイコロ状の部材は球に整形され、養殖真珠の核(英 slugs)になります。核を作る作業は、大阪府松原市と兵庫県洲本市で行われています。

 真珠の直径はミリメートルで表しますが、核の直径は分、厘で表します。一分は一寸の十分の一で、3.03ミリメートルに相当します。直径一分に満たない核を使用して、厚さ一ミリメートルの真珠層を付けると、直径五ミリメートルほどの真珠ができます。直径五ミリメートルよりも小さな真珠は、厘珠と呼ばれています。



【付論 イシガイ科の繁殖戦略】

 イシガイ科の貝はグロキディウム幼生(glochidium)の段階を有します。グロキディウム幼生は微小な二枚貝状の形状で、内側に多数の棘があり、虎挟みの様に閉じることで魚の鰓や鰭に固着します。固着したグロキディウムは魚の上皮細胞に被われたシスト(被嚢)を形成し、宿主から栄養を得て成長し、やがて稚貝になると宿主から離脱します。


 ovisacs or conglutinates of Ptychobranchus occidentalis, Ouachita kidneyshell - Chris Barnhart


 ワシター・キドニーシェル(Ouachita kidneyshell 学名 Ptychobranchus occidentalis)はイシガイ科プティコブランクス属の一種で、アーカンソー、カンザス、ルイジアナ、ミズーリ、オクラホマに分布します。この貝は稚魚様(よう)の疑似餌を作ることで知られています。ワシター・キドニーシェルの疑似餌は粘液の糸で母貝とつながり、水流によって動くさまは稚魚が泳ぐようにしか見えません。魚が疑似餌にかかると、疑似餌は魚の口内で破裂してグロキディウムを放出します。放出されたグロキディウムは、魚の鰓に取り付きます。


 Unio crassus https://youtu.be/d2TzskuoqgE

 ヨーロッパと西アジアに産するウーニオー・クラッスス(thick shelled river mussel, die Batchmuschel, la mulette épaisse 学名 Unio crassus)はイシガイ科イシガイ属の一種です。かつては広い範囲に豊富に分布していましたが、水質汚染や生息環境の分断により、いまや絶滅が危惧されています。ポーランド、ドゥナイェツ川 Dunajec の支流であるビャワ・タルノフスカ川 Biała Tarnowska は優れた生物多様性で知られますが、この川にはウーニオー・クラッススが生息しています。

 ケンブリッジ大学動物学部のデイヴィッド・C. オールドリッジ教授(Prof. David C. Aldridge)が率いる研究チームは、ビャワ・タルノフスカ川のウーニオー・クラッススが川辺の砂に半ば埋もれる形で自身を固定し、多数のグロキディウムを含む水を川面に向かって噴射する様子を録画しました。グロキディウム幼生を含む水柱は斜め上に向かって空中に噴射され、飛距離はおよそ一メートルでした。この噴射は三時間ないし六時間ものあいだ続きました。

 水中で幼生を放出する場合に比べると、空中に向かって水を射出するほうが、幼生を遠くまで運べます。また空中から落ちてきた水が水面を叩くことで、その場所に多くの魚が集まり、グロキディウムが宿主を見つけやすくなります。ウーニオー・クラッススが水を噴射する行動は、このような理由によると考えられます。

Fishing for hosts: Larval spurting by the endangered thick-shelled river mussel, Unio crassus https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.4026
David C. Aldridge, Joshua I. Brian, Adam Ćmiel, Anna Lipińska, Manuel Lopes-Lima, Ronaldo Sousa, Amilcar Teixeira, Katarzyna Zając, Tadeusz Zając
First published: 10 March 2023 https://doi.org/10.1002/ecy.4026



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