稀少品 金とストラスによるクロワ・ド・サン・ロー プロヴァンスのクロワ・パピヨンに類する華やかな作例 51.0 x 41.3 mm


自然に吊り下げたときの上下の長さ 51.0 mm

最大の幅 41.3 mm  中央部分(十字架交差部)の厚さ 10.1 mm


フランス  十九世紀初頭から二十世紀初頭



 ビジュ・レジオノのひとつであるクロワ・ド・サン・ロー(仏 une croix de Saint-Lô)。「クロワ・ド・サン・ロー」または「クロワ・サン・ロー」は「サン・ローの十字架」という意味です。この十字架型ペンダントが「クロワ・ド・サン・ロー」と呼ばれるのは、英仏海峡に近い北フランスの町、サン・ロー(Saint-Lô バス=ノルマンディー地域圏マンシュ県)の女性たちに好んで用いられたことによります。

 「クロワ・ド・サン・ロー」は「カドリーユ」(仏 un cadrille)とも呼ばれます。「カドリーユ」は「四つ一組の物」や「格子模様」を指す語です。「クロワ・ド・サン・ロー」がこの別名で呼ばれるのは、クロワ・ド・サン・ローを飾る石が、碁盤目の交点に配置されているように見えるからです。





 ノルマンディーやサヴォワ(Savoie フランス南東部)には、二枚の金板あるいは銀板を鑞付け(ろうづけ 溶接)して作るペンダント、「クロワ・ボス」(仏 croix Bosse)がありました。「クロワ・ボス」とは「立体十字」「膨らんだ十字」というほどの意味で、その名の通り、各部が大きく膨らんだ中空の十字架です。

 下の写真は十八世紀末のオート=ノルマンディーで作られた銀のクロワ・ボスで、17センチメートルの高さがあります。この品物はマルタンヴィル=エプレヴィル(Martainville-Épreville オート=ノルマンディー地域圏セーヌ=マリティーム県)の県立ノルマンディー伝統芸術館 (musée départementale des Traditions et Arts normands) に収蔵されています。「クロワ・ボス」がいつどこで作られ始めたのかは分かっていません。


 croix bosse


 「クロワ・ド・サン・ロー」は「クロワ・ボス」がノルマンディーにおいて発展したもので、幾つものストラスを嵌め込んでいます。ノルマンディーのビジュ・レジオノはストラスを多用することが大きな特徴ですが、「クロワ・ド・サン・ロー」もその例に漏れず、第一帝政期(1804 - 1814年)が終わる頃には「クロワ・ボス」をほとんど駆逐してしまいました。





 本品は十九世紀初頭から二十世紀初頭までの間に作られたクロワ・ド・サン・ローで、大五個、小九個、合わせて十四個のストラスを、十八金製の十字架に嵌め込んでいます。 十字架の縦木の下部は交差部から上の部分と別に制作され、可動的に組み合わされています。十字架の上半分を持って前後に振ると、縦木の下部はぶらぶらと自由に揺れ動きます。

 本品を自然に吊り下げたときの上下の長さは 51.0ミリメートル、最大の幅は 41.3ミリメートルで、現代のペンダントよりも大きめです。最も分厚いのは十字架交差部で、10.1ミリメートルの厚みがあります。





 本品をはじめ、ノルマンディーのビジュ・レジオノに無色透明石が多用されるのは、同地域南部のアランソン(Alençon バス=ノルマンディー地域圏オルヌ県)に水晶が多く産出することによります。このためノルマンディーのビジュ・レジオノには、「ディアマン・ダランソン」(仏 diamant d'Alençon 「アランソンのダイヤモンド」の意)と呼ばれる水晶のカット石を多用する傾向が定着し、その傾向性に牽引されて、ストラスも多く使われるようになりました。

 水晶がたくさん採れるのにストラスを使う理由は、アランソンには完全な無色の水晶が少なく、微かにスモーキー・クォーツがかった色を呈するサンプルが多いためでしょう。ジュエリーの意匠に水晶のカット石を多用する傾向が定着すれば、まったく無色のストーンが望まれる場合には、ロック・クリスタル(無色の水晶)またはストラス(ガラス)を使うことになります。水晶とガラスの主な違いは分子配列の規則性で、物質としてはほぼ同じものです。





 本品に嵌められている五個の大きなストラスのうち、中央交差部の石は一見したところラウンド・ブリリアント・カットのように見えます。しかしながらこの石はクラウン(ガードルより上の部分。セットしたときに表になる方)の背が高いうえに、テーブル(最上部の大きな面)が六角形になっています。ラウンド・カットを施した他の三個に関して見ると、テーブルは八角形ですが、クラウンの背はやはり高く、テーブル以外の面の形もラウンド・ブリリアント・カットとは異なっています。

 ブリリアント・カットは 1919年に考案されましたが、クラウンの背が高いのは、オールド・ヨーロピアン・カット等、それ以前の時代にカットされた宝石やストラスの特徴です。また九個の小さなストラスは、十九世紀以前のダイヤモンドと同じローズ・カット(テーブル面が存在せず、上面が尖ったカット)が施されています。したがって本品の制作年代は 1919年よりも前であり、社会情勢を考慮に入れれば第一次大戦よりも前、すなわち十九世紀初頭から二十世紀初頭までの間と考えられます。





 本品に使われている大小十四個のストラスは、すべて熟練職人の丁寧な手作業によりカットされています。ここでは十四個の無色透明石をすべて「ストラス」として記述してきましたが、正確を期して書くならば、これらが水晶であるのかガラスであるのか、確定的な鑑別はできませんでした。本品の無色透明石は鋳型によらずカットで成形されていますし、拡大検査でも微細な泡を検出できませんので、水晶のように見えます。しかしながらガラスをカットで成形することも当然のことながら可能ですし、光学レンズ用など質の高いガラスには、泡を全く含まない綺麗なものも存在します。台座から外して偏光器で検査すれば、水晶とガラスを簡単に判別できますが、そのためには本品を部分的に破壊しなければなりません。水晶とガラスはほぼ同じ物質ですので、鑑別のためにそこまで労を取る必要も無かろうと思い、偏光検査は実施しませんでした。したがって本品に使われている無色透明石は、仮に「ストラス」としましたが、水晶かもしれません。

 本品の無色透明石は、パヴィリオン(ガードルよりも下の面。セットしたときに下側になる面)に金属箔が張られています。パヴィリオンに金属箔を貼るのは、現在ではストラスに対して行うことであり、天然宝石にこのような加工を行うことはまずありません。しかしながら十九世紀のビジュ・レジオノにおいて、アメシストやガーネットのパヴィリオンに箔を張ることは普通に行われていました。ですからパヴィリオンに箔が貼られているからと言って、ストラスであるとは言い切れません。


 croix papillon


 クロワ・ド・サン・ローの意匠は細かい部分まで決まっているわけではなく、シンプルなものから複雑なものまで、さまざまな作例があります。ビジュ・レジオノはフランスのなかでも経済的に豊かな地方で発達しました。ノルマンディーとプロヴァンスは、パリと並んで、フランスでも最も豊かな地域です。それぞれの地域のビジュ・レジオノは、独自性を有する一方で、ときにはパリや他の地域のジュエリーから影響も受けました。本品はノルマンディーの「クロワ・ド・サン・ロー」ですが、プロヴァンスの「クロワ・パピヨン」(仏 croix papillon 「蝶の十字架」の意)の影響を受けて、華やかな透かし細工を発達させています。大きな石が嵌め込まれているのは、ノルマンディーならではの特徴です。

 上の写真は十九世紀初頭のプロヴァンスで作られた銀のクロワ・パピヨンで、高さは 7センチメートルです。この品物はマルセイユのグロベ=ラバディエ美術館 (musée Grobet-Labadié) に収蔵されています。





 五個の大きなストラスは、3ミリメートルから 5ミリメートルの高さがある金のベゼルに囲われ、ベゼル最上部を内側に曲げて固定されています。このようなセット方法をフランス語で「セルティ・クロ」(serti clos 「囲い留め」の意)、日本語で「覆輪(ふくりん)留め」といいます。ビジュ・レジオノに使われる宝石やストラスは、ほとんどの場合、本品と同様に「セルティ・クロ」(覆輪留め)で固定されます。本品をはじめ、フランスの金無垢アンティーク・ジュエリー制作において、セルティ・クロの作業は鉛の金床(かなとこ、アンヴィル)上で行われます。鉄でできた通常の金床を用いないのは、宝石やストラスに対する衝撃を緩和するためです。





 なおクロワ・ボスやクロワ・ド・サン・ローの膨らんだ部分はソリッドでないため、内部の空間にロジン(松脂)やタール・ピッチを充填して強度を確保します。本品にもこの処理が行われており、交差部裏面にある長径 1ミリメートル強の孔からは、充填剤と思われる暗灰色の物質が見えています。充填剤の助けもあって石はしっかりと安定的に留められ、ぐらつきは全くありません。なお裏面中央に孔が開いている理由は不明です。制作工程の都合で意図的に開けたのかもしれないし、最も突出した部分が衣服と擦れ合って磨滅したせいかもしれません。

 上述したように、十九世紀のビジュ・レジオノにおいては、宝石またはストラスのパヴィリオン面(ガードルよりも下の面)、つまりセットしたときに裏側(下側)になる面に、光を反射する金属箔が貼り付けられます。アンティーク品では箔の大部分が失われていることが多いのですが、本品の箔はほとんど失われておらず綺麗な状態です。箔がよく残っているのはロジンに守られているせいでしょう。





 本品は百数十年前に制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態はきわめて良好です。石はすべて揃っています。金属部分は十八金ですので銀ほど丈夫ではありませんが、石を留めるベゼルにも、格子状の繊細な細工にも、破断や歪み等、特筆すべき問題は何も無く、完品です。本品のような金製のクロワ・ド・サン・ローは、完全な状態で見つかることがめったにありませんし、稀に市場に出た場合には非常に高価です。(1ユーロ=約 140円 2,680ユーロ=37万5,200円 リンク先の商品が本品よりも高価な理由は、十字架と揃いのクーランが残っているからです。)





本体価格 158,000円 販売終了 SOLD

分割払いも可能です。電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてお問い合わせ・ご注文くださいませ。




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