稀少品 銀とストラスによるクロワ・ド・サン・ロー プロヴァンス風の作例 46.5 x 37.0 mm


自然に吊り下げたときの上下の長さ 46.5 mm

最大の幅 37.0 mm  中央部分(十字架交差部)の厚さ 7.9 mm


フランス  1838年から二十世紀初頭



 ビジュ・レジオノのひとつであるクロワ・ド・サン・ロー(仏 une croix de Saint-Lô)。「クロワ・ド・サン・ロー」または「クロワ・サン・ロー」は「サン・ローの十字架」という意味です。この十字架型ペンダントが「クロワ・ド・サン・ロー」と呼ばれるのは、英仏海峡に近い北フランスの町、サン・ロー(Saint-Lô バス=ノルマンディー地域圏マンシュ県)の女性たちに好んで用いられたことによります。

 「クロワ・ド・サン・ロー」は「カドリーユ」(仏 un cadrille)とも呼ばれます。「カドリーユ」は「四つ一組の物」や「格子模様」を指す語です。「クロワ・ド・サン・ロー」がこの別名で呼ばれるのは、クロワ・ド・サン・ローを飾る石が、碁盤目の交点に配置されているように見えるからです。





 ノルマンディーやサヴォワ(Savoie フランス南東部)には、二枚の金板あるいは銀板を鑞付け(ろうづけ 溶接)して作るペンダント、「クロワ・ボス」(仏 croix Bosse)がありました。「クロワ・ボス」とは「立体十字」「膨らんだ十字」というほどの意味で、その名の通り、各部が大きく膨らんだ中空の十字架です。


 croix bosse


 上の写真は十八世紀末のオート=ノルマンディーで作られた銀のクロワ・ボスで、17センチメートルの高さがあります。この品物はマルタンヴィル=エプレヴィル(Martainville-Épreville オート=ノルマンディー地域圏セーヌ=マリティーム県)の県立ノルマンディー伝統芸術館 (musée départementale des Traditions et Arts normands) に収蔵されています。「クロワ・ボス」がいつどこで作られ始めたのかは分かっていません。

 「クロワ・ド・サン・ロー」は「クロワ・ボス」がノルマンディーにおいて発展したもので、幾つものストラスを嵌め込んでいます。ノルマンディーのビジュ・レジオノはストラスを多用することが大きな特徴ですが、「クロワ・ド・サン・ロー」もその例に漏れず、第一帝政期(1804 - 1814年)が終わる頃には「クロワ・ボス」をほとんど駆逐してしまいました。





 本品は 1838年から二十世紀初頭までの間に作られたクロワ・ド・サン・ローで、大五個、小十個、合わせて十五個のストラスを、800シルバー製の十字架に嵌め込んでいます。 十字架の縦木の下部は交差部から上の部分と別に制作され、可動的に組み合わされています。十字架の上半分を持って前後に振ると、縦木の下部はぶらぶらと自由に揺れ動きます。

 本品を自然に吊り下げたときの上下の長さは 46.5ミリメートル、最大の幅は 37.0ミリメートルで、現代の多くのペンダントよりも大きめです。最も分厚いのは十字架交差部で、7.9ミリメートルの厚みがあります。


 本品をはじめ、ノルマンディーのビジュ・レジオノに無色透明石が多用されるのは、同地域南部のアランソン(Alençon バス=ノルマンディー地域圏オルヌ県)に水晶が多く産出することによります。このためノルマンディーのビジュ・レジオノには、「ディアマン・ダランソン」(仏 diamant d'Alençon 「アランソンのダイヤモンド」の意)と呼ばれる水晶のカット石を多用する傾向が定着し、その傾向性に牽引されて、ストラスも多く使われるようになりました。

 水晶がたくさん採れるのにストラスを使う理由は、アランソンには完全な無色の水晶が少なく、微かにスモーキー・クォーツがかった色を呈するサンプルが多いためでしょう。ジュエリーの意匠に水晶のカット石を多用する傾向が定着すれば、まったく無色のストーンが望まれる場合、ロック・クリスタル(無色の水晶)またはストラス(ガラス)を使うことになります。水晶とガラスの主な違いは分子配列の規則性で、物質としてはほぼ同じものです。





 本品に嵌められている五個の大きなストラスのうち、ラウンド・カットの四個は一見したところラウンド・ブリリアント・カットのように見えます。しかしながら四個の石はいずれもクラウン(ガードルより上の部分。セットしたときに表になる方)の背が高いうえに、ファセットの形状もブリリアント・カットとはかなり異なります。

 ブリリアント・カットは 1919年に考案されましたが、クラウンの背が高いのは、オールド・ヨーロピアン・カット等、それ以前の時代にカットされた宝石やストラスの特徴です。したがって本品の制作年代は 1919年よりも前であり、社会情勢及び後述するポワンソンを考慮に入れれば 1838年から二十世紀初頭までの間と考えられます。





 本品に使われている大小十五個のストラスは、すべて熟練職人の丁寧な手作業によりカットされています。ここでは十五個の無色透明石をすべて「ストラス」として記述してきましたが、正確を期して書くならば、これらが水晶であるのかガラスであるのか、確定的な鑑別はできませんでした。本品の無色透明石は鋳型によらずカットで成形されていますし、拡大検査でも微細な泡を検出できませんので、水晶のように見えます。しかしながらガラスをカットで成形することも当然のことながら可能ですし、光学レンズ用など質の高いガラスには、泡を全く含まない綺麗なものも存在します。台座から外して偏光器で検査すれば、水晶とガラスを簡単に判別できますが、そのためには本品を部分的に破壊しなければなりません。水晶とガラスはほぼ同じ物質ですので、鑑別のためにそこまで労を取る必要も無かろうと思い、偏光検査は実施しませんでした。したがって本品に使われている無色透明石は、仮に「ストラス」としましたが、水晶かもしれません。

 本品の無色透明石は、パヴィリオン(ガードルよりも下の面。セットしたときに下側になる面)に金属箔が張られています。パヴィリオンに金属箔を貼るのは、現在ではストラスに対して行うことであり、天然宝石にこのような加工を行うことはまずありません。しかしながら十九世紀のビジュ・レジオノにおいて、アメシストやガーネットのパヴィリオンに箔を張ることは普通に行われていました。ですからパヴィリオンに箔が貼られているからと言って、ストラスであるとは言い切れません。


 croix papillon


 クロワ・ド・サン・ローの意匠は細かい部分まで決まっているわけではなく、シンプルなものから複雑なものまで、さまざまな作例があります。ノルマンディーと並んでビジュ・レジオノが最も発達したプロヴァンスには、華やかな透かし細工を特徴とする十字架形ペンダント、「クロワ・パピヨン」(仏 croix papillon 「蝶の十字架」の意)がありますが、本品は「クロワ・パピヨン」の影響を受け、銀線による透かし細工を発達させています。




(上) croix de Saint-Lô, 1798 - 1809, argent moulé et cabochons enserrant des strass taillés, hauteur 63 mm, musée des Arts décoratifs


 上の写真はパリの装飾美術館 (musée des Arts décoratifs) が収蔵するクロワ・ド・サン・ローで、高さは 6.3センチメートルです。この品物は本品とよく似ていますが、装飾美術館の収蔵品が統領政府期から第一帝政期半ば頃までの間に作られたものであるのに対し、本品は 1838年以降の作例です。なぜそう分かるのかというと、本品には「テト・ド・サングリエ」(仏 tête de sanglier 「イノシシの頭」)のポワンソン(仏 poinçons 貴金属検質所の印)が刻印してあるからです。「テト・ド・サングリエ」は 800シルバーを示しますが、このポワンソンが導入されたのは 1838年です。











 五個の大きなストラスは、4ミリメートルから 5ミリメートルの高さがある銀のベゼルに囲われ、ベゼル最上部を内側に曲げて固定されています。このようなセット方法をフランス語で「セルティ・クロ」(serti clos 「囲い留め」の意)、日本語で「覆輪(ふくりん)留め」といいます。ビジュ・レジオノに使われる宝石やストラスは、ほとんどの場合、本品と同様に「セルティ・クロ」(覆輪留め)で固定されます。本品をはじめ、フランスのアンティーク・ジュエリー制作において、セルティ・クロの作業は鉛の金床(かなとこ、アンヴィル)上で行われます。鉄でできた通常の金床を用いないのは、宝石やストラスに対する衝撃を緩和するためです。

 なおクロワ・ボスやクロワ・ド・サン・ローの膨らんだ部分はソリッドでないため、内部の空間にロジン(松脂)やタール・ピッチを充填して強度を確保します。本品にもこの処理が行われており、丁寧なセッティングと充填剤によって、石はしっかりと安定的に留められています。ぐらつきは全くありません。

 上述したように、十九世紀のビジュ・レジオノにおいては、宝石またはストラスのパヴィリオン面(ガードルよりも下の面)、つまりセットしたときに裏側(下側)になる面に、光を反射する金属箔が貼り付けられます。アンティーク品では箔の大部分が失われていることが多いのですが、本品においてはロジンが箔の剥がれを防止し、同年代の他のジュエリーと比べると、箔がよく残っています。







 本品は百数十年前に制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態はきわめて良好です。石はすべて揃っています。ノルマンディのビジュ・レジオノは金または銀で作られますが、本品は銀製ですので金よりもはるかに丈夫です。石を留めるベゼルにも、繊細な銀線細工にも、破断や歪み等、特筆すべき問題は何もありません。本品のように完全な状態のクロワ・ド・サン・ローはめったに見つかりませんし、稀に市場に出た場合には非常に高価です。





本体価格 63,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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