シノーピス
SINOPIS

 黒海の南岸、アナトリア半島北側のちょうど中央付近に、シノーペー (Σινώπη) という港町があります。シノーペーはディオゲネス・ホ・キュニコスの出身地として有名ですが、赤の顔料に使われる赤土「シノーピス」(SINOPIS, scilicet SINOPIS TERRA ラテン語で「シノーペーの土」の意)の産地としても知られています。大プリニウス「ヒストリア・ナートゥーラーリス」 35巻 12章及び 13章には、顔料「シノーピス」についての記述があります。「ヒストリア・ナートゥーラーリス」 35巻 12章及び 13章の原文を以下に示し、日本語に全訳します。日本語訳は筆者(広川)によります。意味が通じやすいように補った語は、ブラケット [ ] で囲みました。


 Plinius Major, "Historia Naturalis", Liber 35, xii et xiii

     xii    Sunt autem colores austeri aut floridi. utrumque natura aut mixtura evenit. floridi sunt — quos dominus pingenti praestat — minium, Armenium, cinnabaris, chrysocolla, Indicum, purpurissum; ceteri austeri.     しかるに色彩には、くすんだ色もあれば華やかな色もある。自然本性により、あるいは混合により、色彩はくすんだり華やかになったりする。諸々の華やかな色彩は、[顔料が高価であるゆえに、]注文主が[顔料代を負担して]画家のために[顔料を]用意する色であって、辰砂、ウルトラマリン、キンナバリス(註1)、クリソコッラ(註2)、藍(註3)、プルプリッスム(註4)である。その他はくすんだ色である。
         ex omnibus alii nascuntur, alii fiunt. nascuntur Sinopis, rubrica, Paraetonium, Melinum, Eretria, auripigmentum; ceteri finguntur, primumque quos in metallis diximus, praeterea e vilioribus ochra, cerussa, usta, sandaraca, sandyx, Syricum, atramentum.    あらゆる色のうち、あるものは自然に生じ、あるものは作られる。自然に生じる顔料は、シノーピス、ルーブリーカ(註5)、パラエトニウム(註6)、メーリヌム(註7)、エレトリア(註8)、アウリピグメントゥム(註9)である。人の手で作られるのは、第一に、金属[を論じた部分]で述べた幾種類かの顔料であり、それらに加えて、より安価なものには、オークラ(註10)、ケールッサ(註11)、ウスタ(註12)、サンダラカ(註13)、サンデュクス(註14)、シュリクム(註15)、アートラーメントゥム(註16)がある。
             
     xiii     Sinopis inventa primum in Ponto est; inde nomen a Sinope urbe. nascitur et in Aegypto, Baliaribus, Africa, sed optima in Lemno et in Cappadocia, effossa e speluncis. pars, quae saxis adhaesit, excellit. glaebis suus colos, extra maculosus. hac usi sunt veteres ad splendorem.     シノーピスは最初ポントゥス(註17)で見出された。それゆえシノーペーの町からその名が由来している。シノーピスはエジプト、バリアーレス(註18)、アフリカにも産するが、最上のシノーピスはレームノス島(註19)とカッパドキアで洞窟から掘り出されたものである。岩に付着している部分[の品質]が優れている。[掘り出した塊を砕いて]土にするとシノーピス本来の色をしている(註20)が、[砕く前の塊は]外側が汚れたようになっている。このシノーピスを、昔の人々は装飾に使ったのである。
         species Sinopidis tres: rubra et minus rubens atque inter has media. pretium optimae II, usus ad penicillum aut si lignum colorare libeat; eius, quae ex Africa venit, octoni asses — cicerculum appellant —; magis ceteris rubet, utilior abacis. idem pretium et eius, quae pressior vocatur, et est maxime fusca. usus ad bases abacorum,    シノーピスの外見には、赤いシノーピス、赤色が薄いシノーピス、それらの中間のシノーピスの三種がある。最上のシノーピスの価格は[1リブラで]2デナリである。筆[による絵画]用にも使われるし、木であれば着色するのにも向いていよう。シノーピスのうち、アフリカ産のものは[1リブラごとに]8アーッセース(註21)で、「キケルクルム」(註22)と呼ばれる。アフリカ産のシノーピスは他のシノーピスよりも赤味が強く、壁や天井のパネル[の塗装]に一層有用である。暗色のシノーピスと呼ばれるものの価格はアフリカ産シノーピスと同じで、最も暗い色である。暗色のシノーピスは、飾り台の基礎部分に使われる。
             
          in medicina vero blandus . . . . emplastrisque et malagmatis, sive sicca compositione sive liquida facilis, contra ulcera in umore sita, velut oris, sedis. alvum sistit infusa, feminarum profluvia pota denarii pondere. eadem adusta siccat scabritias oculorum, e vino maxime.     医術において、シノーピスは硬膏として、及び罨法に使うと鎮痛作用がある。乾燥した組成でも液状の組成でも使い易く、口や臀部など湿った部位の潰瘍に対して[使われる]。注入されれば腹[の緩み]を止める。[1]デナリウスの重さ[のシノーピス]が飲用されれば、婦人科領域の出血を止める。焦がしたシノーピスは、特にぶどう酒から[引き揚げて使うと、]目の[周囲の]できものを乾かしてくれる。



註1 イエメンのソコトラ群島にはリュウケツジュ(竜血樹、ドラセナ)の一種 (Dracaena cinnabari) が原産し、その樹液からは「キンナバリス」(CINNABARIS) と呼ばれる赤い顔料が採れる。ただしここではヴァーミリオンの鉱物性顔料を指している。

註2 緑青色の鉱物性顔料。

註3 プリニウスの時代、藍(インディゴ)は乾燥した塊としてインドから輸入されており、ローマ人はこれを鉱物性顔料と考えていた。

註4 紫色の樹液に明灰色の粘土を加え、加熱して得られる高価な顔料。赤い絵具、口紅、頬紅として用いられた。「ポルピュリゾン」(πορφρίζον) に同じ。

註5 各種の赤土。

註6 パラエトニウム (Παραιτόνιον, PARAETONIUM) は現在のエジプト共和国マルサ・マトルー (Marsa Matruh) にあった港町。ここで取れる白色のチョークも、「パラエトニウム」と呼ばれた。

註7 メーロス島産の白い顔料 (MELINUM PIGMENTUM)。メーロス島 (Μῆλος, MELUS 現在のミロ島)はキュクラデス諸島に属する。

註8 エレトリア (Ἐρετρία, ERETRIA) は、エーゲ海西端に浮かぶ大島エヴィア(古名エウボイア Εὔβοια、ネグロポンテ Negroponte)の西岸中部に位置する町。ここに産する顔料も「エレトリア」と呼ばれた。

註9 石黄(オーピメント As2S3)。かつて黄色顔料として使われた砒素の硫化物。鉱物として産する。

註10 オークラ(ὤχρα, OCHRA 黄土、オーカー)は、黄色みを帯びた各地の土。

註11 白色顔料である鉛白。化粧に使う。

註12 赤い顔料の一種。

註13 サンダラカ (σανδαράκη, SANDARACA) は、赤い顔料の一種。

註14 サンディクス(σάνδυξ, SANDYX)は、ヴァーミリオンの顔料の一種。

註15 不詳。シリア産の顔料と思われる。

註16 黒い顔料やインク。

註17 黒海。

註18 現スペイン領バレアレス諸島 (las Islas Baleares)。

註19 レームノス (Λῆμνος) はエーゲ海北東部の島。

註20 glaebis suus colos 直訳「土の状態にシノーピスの色がある」

註21 「アーッセース」(ASSES)は、貨幣または重量の単位「アース」(AS 単数主格)の複数主格形。

註22 「キケルクルム」(CICERCULUM) は、「キケル」(CICER ヒヨコ豆)に縮小辞が付いた形。



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