稀少品 ピエール=ルイ=ジョゼフ・ド・コナンク作 「タンバリン」 ハーバート・ボーンによる丁寧かつ細密なスティール・エングレーヴィング 1872年

Le Tambourin / The Tambourine


原画の作者 ピエール=ルイ=ジョゼフ・ド・コナンク (Pierre-Louis-Joseph de Coninck, 1828 - 1910)

版の作者 ハーバート・ボーン (Herbert Bourne, fl. 1851 - 1885)


画面のサイズ 27.5 x 18 cm

中性紙、黒色インクによるスティール・エングレーヴィング  1872年



 フランスの画家ド・コナンクの名を、イギリスの美術愛好家に知らしめた作品。1872年の「アート・ジャーナル」に発表されたものです。


【原画の作者について】

 ピエール=ルイ=ジョゼフ・ド・コナンク (Pierre-Louis-Joseph de Coninck, 1828 - 1910) は、1828年11月22日、六角形のフランス国土の北端付近、ベルギーとの国境に近いバユール (Bailleul) 近郊の村メトラン (Méteren) に生まれました。最初、ピエール少年はバユールの装飾画家の下で働きましたが、メトランの村長が少年の優れた才能に気付いてノール県の議員に紹介し、議員はベルギー側の都市イーペル (Ypres フランデレン地域ウェスト=フランデレン州)の美術学校に少年を入学させました。

 美術学校在学中のピエール少年は非常に優秀で、主要な賞をすべて獲得しましたが、フランス国籍であったために、ベルギー人学生であれば与えられるはずの奨学金を受給することができず、ブリュッセルあるいはアントワープで学ぶ機会を逸しました。しかしながら故郷に近いフランス側の都市リール(Lille ノール=パ=ド=カレー県ノール県)の学校に移り、当地で開催されたコンペに応募したピエール少年は、見事に賞を獲得してノール県からの奨学金を得ました。

 1850年、ピエール・ド・コナンクはパリに移り、肖像画、歴史画で有名なレオン・コニエ (Léon Cogniet, 1794 - 1880) のアトリエに一年間学んだあと、国立高等美術学校 (l'École nationale supérieure des beaux-arts de Paris, ENSBA) に入学しました。ローマ賞への一回目の応募は選外でしたが、1855年に特二等 (Second Grand prix)、1859年に特一等 (Premier Grand prix) を獲得し、翌年、ローマへの留学を果たします。1860年にはローマで制作した「ドナウの農夫」をパリに送り、好評を博しています。1863年にパリに戻ると、翌1864年にサロンに初出展し、1866年と68年には金メダルを得ています。


 ピエール=ルイ=ジョゼフ・ド・コナンクの作品は、その多くが戦災により失われました。この「タンバリン」は幸いにも焼失を免れたようですが、現在の所在はわかっていません。


(下・参考画像) ピエール=ルイ=ジョゼフ・ド・コナンク 「レ・コンフェッティ」 1883年 画面サイズ 25 x 19 cm グピル (Goupil et Cie.) によるフォトグラヴュア 当店の商品です。




【版の作者について】

 ハーバート・ボーン(Herbert Bourne, fl. 1851 - 1885)は1820年頃に生まれたイギリスのエングレーヴァーです。本品「タンバリン」(1872年)をはじめ、ボーンには「アート・ジャーナル」("the Art Journal", London)のための作品が多く、1851年から1886年の36年間で41点の版を制作しています。また1861年には、視力を失いかけていたエングレーヴァー、H. C. シェントン(Henry Chawner Shenton, 1803 - 1866)のために、「クレオパトラの死」を仕上げています。

 ボーンの代表作としては1866年の「アート・ジャーナル」で発表した「新しい靴」("New Shoes")、「イングランドへの別れ」("the Last of England")がよく挙げられますが、筆者(広川)の意見では、本品「タンバリン」もそれらに勝るとも劣らない名作であると考えます。


(下・参考画像) エイブラハム・ソロモン作 「病は気から」 ハーバート・ボーンによるスティール・エングレーヴィング 23 x 19 cm 1880年代 当店の商品です。





【この作品について】




 この作品において少女が被っている白いコワフ(coiffe 被り物)はフランスの民族衣装風ですが、少女の東洋的な顔立ち、金のイアリングと両手の金の指輪、大ぶりのネックレス、両上膊に括り付けた舞踏用の鳴り物らしきものなどはエキゾチックな雰囲気です。この少女は東方からフランスにやってきたジターヌ(ジプシー)なのでしょう。

 少女はタンバリンの上に組んだ両手を置いて、こちらをじっと見つめています。タンバリンは少女の膝上に立てて置かれており、この絶妙の構図が三次元的な奥行き、一枚の版画とは信じがたいほどの臨場感を効果的に強調しています。





 タンバリンは宗教的な熱狂と陶酔に導く楽器であり、ヨーロッパへは中近東から伝わりました。「タンブラン」(フランス語 tanbourin)という楽器の名前自体、ペルシア語からアラビア語を経てフランスに伝わっています。

 この作品において、少女は踊らずに腰掛けていますが、膝に載せたタンバリンは少女の息遣いに合わせて傾き、金属部分が触れ合って微かな音を立てています。誘うように深い色をした少女の瞳は、観る者の心を奪いつつ、瞑想的な東方宗教のように優しく包み込んでくれます。


 原画の作者ピエール=ルイ=ジョゼフ・ド・コナンクは1860年から1863年までイタリアに留学しました。イタリアにはギリシア、近東の文化的影響が色濃く、フランス北端に生まれ育ったピエール・ド・コナンクにとって、故郷と比べれば東方の香りさえ感じられるまったく異質の文化に接したのでした。この経験はド・コナンクに消えない刻印を残しました。ド・コナンクは1863年にパリに戻りましたが、20年後の作品である「レ・コンフェッティ」を見ても、この画家がイタリアで得たものがいかに大きかったかがわかります。



 この作品の画面サイズは、縦 27.5センチメートル、横 18センチメートルです。このように大きな作品の場合、画面の何割かにエッチングを使用して労力を節減するのが普通ですが、版画家ハーバート・ボーンは少女の顔と手、髪は言うに及ばず、服とコワフ、タンバリン、背景に至るまで、画面のほぼ全面をエングレーヴィングで制作しています。そのため少し離れて見ると、あたかも生身の少女に向き合っているかのような錯覚に陥ります。


 エングレーヴィングはインタリオ(イタリア語 intaglio)の一種であり、溝に入ったインクが紙に転写されます。刷り上がりの作品において暗色になるべき部分には太く深い溝、明色になるべき部分には細く浅い溝が刻まれます。線は実線と破線を使い分け、明暗の微妙な諧調を表現します。

 下の写真は実物の面積を16倍に拡大しています。実物の版画における少女の黒目(虹彩と瞳孔)の直径は6ミリメートルです。





 肌と髪では明度の落とし方が異なります。髪においては線を太く刻むことによって明度を落としますが、肌はより肌理(きめ)細かい表現が必要であるために、線の太さを変化させるという単純な方法のみに頼らず、クロスハッチが用いられています。





 クロスハッチのみで明度が十分に落ちない箇所では、クロスハッチで生まれるひとつひとつの菱形の内部に、手作業で点を打刻しています。下の写真には髪の末端も写っています。スティールを直接刻むという力仕事にもかかわらず、自由自在にビュランを操るハーバート・ボーンの熟練した技は驚嘆に値します。





 なおこの版画作品は、シン・コリのプルーフ(試し刷り)が大英博物館に収蔵されています。「シン・コリ」(chine collie) とはフランス語で、台紙に貼り付けた薄い唐紙に刷った版画のことです。



 ピエール・ド・コナンクとハーバート・ボーンによる本作「タンバリン」は、女性を描いた十九世紀風俗版画のなかで、筆者(広川)が最も高く評価する作品の一つです。人物の表情や姿勢、構図の美しさは、版画の元になった絵を描いた画家の功績ですが、優れた技術と芸術的感覚によって原作をモノトーンの画面に転写し、そのことによって原作の美を減じないだけでなく、版画が有する独自の芸術的価値を付加するのは版画家の仕事です。本作「タンバリン」は、画家ド・コナンクによる元絵の美しさに、版画家ハーバート・ボーンによるインタリオの超絶技巧が加わり、見事な二重奏を奏でる作品となっています。

 版画の保存状態は極めて良好で、百四十年以上前のアンティーク品とは信じがたいほどです。良質の中性紙に刷られているため、紙自体の劣化は今後も起こりません。実物の美しさは写真でお伝えできません。購入された方には必ずご満足いただける第一級の美術品です。



 版画は未額装のシートとしてご購入いただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。下の写真は額装例で、四つサイズの木製額に、赤色及び緑色のヴェルヴェットを張った無酸マット二枚を使用し、二枚のマットの重ね目には金色の縁を取り付けています。この額装の価格は 31,000円です。

 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や青、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





本体価格 88,000円  額装をご希望の場合、別料金にて承ります。

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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