稀少品 チャールズ・エドワード・ペルジーニ作 「ア・シエスタ 午後のまどろみ」 猫と眠る美女 《白鳥の歌》にふさわしい珠玉のエングレーヴィング 1882年

A Siesta


原画の作者 チャールズ・エドワード・ペルジーニ(Charles Edward Perugini, 1839 - 1918)

版の作者 フランシス・ホル(Francis Holl, 1815 - 84)


画面サイズ  171 x 235 mm



 フレデリック・レイトン卿の庇護を受け、ラファエル前派とも交流があった画家チャールズ・エドワード・ペルジーニの絵を、名匠フランシス・ホルが細密スティール・エングレーヴィングに仕上げた作品。

 スティールのインタリオ(伊 intaglio 凹版)には、エングレーヴィングとエッチングがあります。エングレーヴィングはスティール(鋼)の板を人力のみで刻む技法であり、金属を酸で腐食させるエッチングに比べると、制作にきわめて大きな労力と時間がかかります。それゆえ通常のアンティーク・インタリオでは、エングレーヴィングとエッチングが併用されます。しかるにフランシス・ホルは本品「ア・シエスタ」("A Siesta", 1882)の版を、エングレーヴィングの技法のみを使って制作しています。

 「ア・シエスタ」は画家ペルジーニが描いた最も美しい女性像のひとつであるとともに、版画家フランシス・ホルが生涯の終わりに彫り上げた最後の作品です。それゆえ本品は、十九世紀のイギリスで最も人気があったエングレーヴァーのひとり、フランシス・ホルの「白鳥の歌」(Plato, "Phaedo" 84e - 85b)であるとともに、二十世紀に入ると急速に廃れる細密版画の範疇、「スティール・エングレーヴィング」そのものにとっても、「白鳥の歌」であるといえます。


《原画の作者について》



(上) サー・フレデリック・レイトンによるペルジーニの肖像 Sir Frederic Leighton, "Portrait of Charles Edward Perugini", 1855, Oil on canvas, 355 x 300 mm


 本品の原画を描いたチャールズ・エドワード・ペルジーニ(Charles Edward Perugini, 1839 - 1918)は、ナポリに生まれ、主にイギリスで活躍した画家です。

 ペルジーニは六歳の時に両親とイギリスに渡りましたが、十七歳でローマに留学して絵を学び、次いでパリに移りました。ローマ時代に知己を得てパリで再会したフレデリック・レイトン卿からロンドンに来るように強く勧められたペルジーニは、1863年にイギリスに戻り、卿の助手として働きながら、独立した画家としての名声を築いてゆきました。1863年から 1914年までのあいだに、ペルジーニは王立アカデミーにおよそ五十点の作品を出展したほか、ロンドンをはじめとするイギリス各地で作品を展示し、大英帝国の画壇で華々しい活躍を見せました。

  ペルジーニは女性像を多く描きましたが、いずれの作品においても女性の姿は清らかで、優雅に洗練されており、背景にも古典的な趣があります。ペルジーニの作品に見られるこれらの特質にはフレデリック・レイトン卿の影響を読み取ることができ、ペルジーニの作品を最も上質のアカデミー絵画としています。


《版の作者について》

 フランシス・ホル


 本品の版を制作したフランシス・ホル(Francis Holl, 1815 - 84)は、十九世紀のイギリスで最も人気があったエングレーヴァーのひとりです。市販されるヴィクトリア女王の肖像を二十五年にわたって彫り続けた人気版画家であり、女王をはじめとする王族から個人的な注文を受ける版画家でもありました。フランシス・ホルが王族から注文された版画のうちの二点、すなわち女王の夫アルバート公の肖像と、アリス女王の肖像は、市販を許可されています。

 1856年から 1879年、フランシス・ホルは十七枚のエングレーヴィングを王立アカデミーに展示しており、没するおよそ一年前にあたる 1883年1月16日には、アカデミー准会員(an associate engraver)に選ばれています。

 「ジ・アート・ジャーナル」("The Art Journal"はロンドンのヴァーチュー社が発行する豪華な定期刊行物で、美しいエングレーヴィングを多数収録し、ヴィクトリア時代のイギリス美術界に最も大きな影響力を持ちました。フランシス・ホルは1862年から1882年の間に、七点のエングレーヴィングを同誌上で発表しています。七点はいずれも優れた出来栄えですが、とりわけジョシュア・ハーグレイヴ・サムズ・マンの原画に基づく「ザ・カントリー・ブロッサム」(Joshua Hargrave Sams Mann, "The Country Blossom")、同じく J. H. マンの原画に基づく「ザ・シティ・ベル」(J. H. S. Mann, "The City Belle")、チャールズ・エドワード・ペルジーニの原画に基づく本品「ア・シエスタ」(Charles Edward Perugini, "A Siesta")は、いずれも柔らかな画面が魅力的な名作です。


《この版画について》




 1882年の「ジ・アート・ジャーナル」で発表された極上のスティール・エングレーヴィング。ブドウの蔦が絡まる古代風の中庭で、やはり古代風の寛衣を身に纏い、猫を膝にのせてまどろむ女性を描いています。かすかな微笑を浮かべて眠る女性の姿が、古代の石造建築が持つ古典的洗練と見事に調和して、優しさと気品を兼ね備えた作品に仕上がっています。

 古代ローマの建築とブドウの組み合わせ、女性の髪の濃い色は、原画を描いたペルジーニの故郷、南イタリアを思い起こさせます。バッコスを連想させる南イタリアのブドウ、眠りに弛緩して石壁にもたれかかる女性の、柔らかな寛衣の布越しに感じられる豊満な体、衣の裾から覗く素足が、この作品の気品ある優雅さにほのかな官能の香りを添え、アカデミー絵画がときとして欠く生き生きとした人間性の息吹を、作品に吹き込んでいます。





 本品の色彩は、石造建築は白っぽい大理石、女性の衣も白に近い明色であり、背景と女性の間に明度の違いがほとんどありません。女性の肌も明るい色です。このような原画を単色のエングレーヴィングで描くのは難しそうに思えます。実際、もしもペルジーニの原画を機械的なモノクロ印刷で複製しようとすれば、平板な印象の複製画になるでしょう。しかしながらフランシス・ホルは、本品の製版に際してエングレーヴィングの特性を最大限に活かし、この問題を難なく解決しています。





 すなわちフランシス・ホルは、女性の滑らかな肌をスティプル(点)で描き、背景となる石壁のテクスチャを直線で描いています。エングレーヴィングの柱となる二技法の使い分けにより、女性の肌が背景に融け込むことはなく、温かな肌と冷たい石材、柔らかな肌と固い石材は、はっきりと区別されています。





 石と衣の描き分けに関しては、前者が途切れ途切れの直線で刻まれているのに対して、後者は長く伸びる曲線で刻まれています。女性と背景を区切る輪郭線は存在せず、技法を切り替え、あるいは線の種類と方向を切り替えることによってのみ、背景は後方に退き、女性は手前に浮き出ています。

 女性が纏う衣の流れるように自然な襞も、輪郭線を一切用いず、明暗のみによって表されています。明暗を表現するインクの量は、線の太さと深さ、密度を変化させることに加え、クロスハッチまたはスティプルの付加によっても、巧みにコントロールされています。





 上の写真は本品の一部を拡大したもので、定規のひと目盛りは一ミリメートルです。目、鼻、口にも、顔の輪郭にも、線が一切使われていないことがわかります。点描法のスティプル(点)はでたらめに打たれているのではなく、表情筋に沿った流れを為しています。これは油彩の原画を版画に起こす際に、エングレーヴァーの手によって為されるインタリオならではの作業です。





 髪の生え際と耳の拡大写真を示します。髪の一本一本がインタリオの溝で表されていますが、溝と溝の間に打たれた点も髪を表しています。もしも線のみで髪を表せば、明度が大幅に落ちて黒髪の表現となります。しかるにこの作品において、フランシス・ホルは溝と点を併用して髪を描き、栗色の髪を表しています。生え際の後れ毛は、細くて淡い溝と、破線状に並んだスティプルで表現されています。





 上の写真は右目の拡大で、左端に写る定規のひと目盛りは一ミリメートルです。倍率はお使いのモニターの設定によりますが、ノートパソコンの標準的な設定(1366 x 768ピクセル)であれば、およそ二千倍の面積に拡大表示されています。眉の描写には破線状に連続するスティプルが、睫毛の描写には眉よりも点の間隔を詰めて半ば線に近くなったスティプルが、それぞれ用いられていることがわかります。瞼(まぶた)のふくらみはスティプルの深さと密度を調整することで巧みに描写されています。





 唇の拡大写真です。拡大倍率は瞼と同じです。ふっくらと柔らかな女性の唇は、紅を引いたように色づいています。サイズと深さが異なる多種類のスティプルを適切に使い分け、それぞれの種類ごとに最適の密度で配置することで、唇の色づきが表現されています。一ミリメートル四方の範囲に打たれる数十個の点が、間隔と密度、サイズと深さをわずかずつ変化させながら、女性の肌の滑らかな起伏を描き出してゆきます。





 この作品に描かれているもう一人の主人公、猫の拡大写真です。毛がふわふわした猫は、布との間に境界線を持ちませんが、女性の組み脚が手前の布を持ち上げて猫の後半身を隠している部分のみ、極細の境界線が引かれています。ただしこの線は右上にゆくほど薄くなり、猫の後脚付近で消失します。このあたりでは布の為す平面が、絵を観る人の視線と平行になって、女性の衣と猫の毛の境界が不分明になるからです。

 柔らかな猫の被毛は、全てスティプルで描かれています。スティプルは明暗によって猫の体の起伏を表すとともに、毛の流れる方向をも描き出します。ひなたで寝ている真っ白な猫を写真に撮ると、体の凹凸も、毛が生えている方向も全く分かりません。フィルム写真でもデジタル写真でも再現できない細部を、十九世紀のインタリオは見事に描き出しています。





 ヴィクトリア女王のエングレーヴァーとして知られるフランシス・ホルは、「ジ・アート・ジャーナル」に七点の作品を発表しています。本品「ア・シエスタ」これら七点の掉尾(とうび)を飾る傑作であるとともに、当時六十歳代後半であったフランシス・ホルが生涯で制作した最後の作品であり、十九世紀版画の《白鳥の歌》にふさわしい名品に仕上がっています。


《額装について》

 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。下の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、緑色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装代金は、24,800円です。



 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や青、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 アンティーク・エングレーヴィングの細密さは、原寸大の写真によって再現することができません。コンピューターのモニターで表示するために、版画の全体像を把握しやすいサイズまで画素数を落とすと、細部はすべて失われます。細部がどのように彫られているかを示すためには、版画の数か所を選んで接写し、顕微鏡写真のような拡大写真で示すしかありませんが、拡大写真は現物のサイズとかけ離れています。これに加えて、現物のアンティーク・エングレーヴィングは、拡大写真でも判別が困難な細密さを有しており、それらの細部は版画作品の全体を肉眼で見たときの驚くべき写実性に貢献しています。

 私がここに書いていることを理解するには、現物をご覧いただくしかありません。アンティーク・エングレーヴィングの現物は写真で見るよりもはるかに美しく、購入された方には必ずご満足いただけます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





エングレーヴィングの本体価格 65,800円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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