アッシジの聖フランチェスコ 「被造物の賛歌」(太陽の賛歌)
Francesco d'Assisi, Il Cantico delle Creature / Cantico di Frate Sole (L. Canticum / Laudes Creaturarum)




(上) G. ジュリアン作 「神に創られたるものよ、主を誉めよ」 聖フランチェスコと被造物の賛歌 石版画による聖画 102 x 70 mm フランス 二十世紀中頃 当店の商品です。


 「被造物の賛歌」(Il Cantico delle Creature)、別名「太陽の賛歌」(Cantico di Frate Sole)は、アッシジの聖フランチェスコ(San Francesco d'Assisi, 1182 - 1226)が亡くなる直前の1225年夏に作った美しい詩です。現在まで伝わる最古のテキストは十三世紀初頭頃の古イタリア語で、おおむねウンブリア方言によりますが、トスカナ語、フランス語の影響が見られるほか、綴りがラテン語風になっている箇所もあります。下に引用したテキストで斜体になっている導入部分はラテン語で、アッシジの公文書館に収蔵されている手稿338によります(註1)。

 ラテン語による導入部分、及び古イタリア語による「被造物の賛歌」(太陽の賛歌)の全文を、日本語訳を付して示します。日本語訳は筆者(広川)によります。原テキストの意味を正確に日本語に移すことを主眼に訳したので、筆者の訳は韻文にはなっていません。訳文あるいは註において、文意を通じやすくするために補った訳語は、ブラケット [ ] で括って示しました。


        Incipiuntur Laudes Creaturarum, quas fecit beatus Franciscus ad laudem et honorem Dei, cum esset infirmus apud Sanctum Damianum.     以下は「被造物の賛歌」である。この賛歌は聖フランチェスコがサン・ダミアノで病んでいたとき、神を誉め讃えるために作ったものである。
           
   I     Altissimu, onnipotente, bon Signore,
tue so' le laude, la gloria e 'honore et onne benedictione.
Ad te solo, Altissimo, se konfàno
et nullu homo ène dignu te mentovare.
    いと高く、全能にして善なる主よ。
賛美と栄光、誉れとすべての祝福は御身のものです。
いと高き御方よ。それらは御身にのみふさわしく、
人は誰一人、神の御名を口にすることもできません。
           
   II    Laudato sie, mi' Signore, cum tucte le tue creature,
spetialmente messor lo frate sole,
lo qual è iorno, et allumini noi per lui.
Et ellu è bellu e radiante cum grande splendore, de te, Altissimo, porta significatione.
    わが主よ。すべての被造物とともに、御身は讃えられよ。
とりわけ偉大なる兄弟、太陽とともに。
昼間[があるの]は太陽ゆえであり、われらは太陽に照らされる。
太陽は美しく、大きなる輝きを発して、いと高き御方よ、御身を思い起こさせます(註2)。
           
   III    Laudato si', mi' Signore, per sora luna e le stelle,
in celu l'ài formate clarite et pretiose et belle.
    わが主よ。姉妹なる月と、星たちによって、御身は讃えられよ。
[御身が]天のうちに創り給うた月と星々は、清澄にして貴く美しい(註3)。
           
   IV    Laudato si', mi' Signore, per frate vento et per aere et nubilo et sereno et onne tempo,
per lo quale a le tue creature dài sustentamento.
    わが主よ。兄弟なる風と、大気と、雲と、晴天と、あらゆる天気によって、御身は讃えられよ。
[御身は]彼らを通して、すべての被造物を支え給う。
           
   V    Laudato si', mi' Signore, per sor'aqua,
la quale è multo utile et humile et pretiosa et casta.
    わが主よ。姉妹なる水によって、御身は讃えられよ。
水はとても有用にして謙譲、貴重にして清純です。
           
   VI    Laudato si', mi' Signore, per frate focu,
per lo quale ennallumini la nocte,
et ello è bello et iocundo et robustoso et forte.
    わが主よ。兄弟なる火によって、御身は讃えられよ。
火は夜を照らし、
美しく、たくましく、力強い。
           
   VII    Laudato si', mi' Signore, per sora nostra matre terra,
la quale ne sustenta et governa,
et produce diversi fructi con coloriti flori et herba.
    わが主よ。われらの母なる姉妹、大地によって、御身は讃えられよ。
大地はわれらを支え、治め、
色づいた花々や草とともに、さまざまな果実を生み出します。
           
   VIII    Laudato si', mi' Signore, per quelli ke perdonano per lo tuo amore, et sostengo infirmitate et tribulatione.
Beati quelli che 'l sosterrano in pace,
ca da te, Altissimo, sirano incoronati.
    わが主よ。御身への愛ゆえに[人を]赦す者たち、また病と苦しみを抱える者たちによって、御身は讃えられよ。
平和のうちに耐え忍ぶ者たちは幸いです。
彼らは、いと高き方よ、御身から冠を受けるのですから。
           
   IX    Laudato si' mi' Signore per sora nostra morte corporale,
da la quale nullu homo vivente pò scappare:
guai a quelli che morrano ne le peccata mortali;
beati quelli che trovarà ne le tue santissime voluntati,
ka la morte secunda no 'l farrà male.
    わが主よ。姉妹なる死によって、御身は讃えられよ。
生きる者は誰も、肉体の死を逃れることができません。
永遠の死に至る罪のうちに死ぬ者たちは不幸です(註4)が、
御身のいとも聖なる御意志のうちにある者たちは幸福です。
なぜならば彼らには第二の死が無いからです(註5)。
           
   X    Laudate et benedicete mi' Signore' et ringratiate et serviateli cum grande humilitate.     わが主をほめ讃え、感謝せよ。大いなる遜(へりくだ)りを以て[主に]仕えよ。



 亡くなる前の聖フランチェスコは聖痕の痛みに加え、重い眼病に苦しんでいました。寒い冬になっても、聖人が病床に伏すサン・ダミアノの房は片方の壁が筵(むしろ)を吊っただけでした。また房には絶えずネズミが侵入したために、病む聖人は落ち着いて祈ることも眠ることもできず、たいへん苦しみました。或る夜、聖人がこれらの苦しみについて考えていると、「もうすぐ天の御国で大きな宝を得ることができるのだから、喜びなさい」という声が聞こえました。こうして作られたのが「被造物の賛歌」です。

 「被造物の賛歌」は十連から成りますが、当初は八連で構成されていました。現在の十連のうち、第八連と第九連は聖フランチェスコ自身によって後に付加された部分です。第八連はアッシジの司教と行政長官の対立を悲しんで作った部分で、司教と行政長官は聖人の願いを聞き容れ、アッシジの要人たちの前で和解の接吻を交わしました。第九連は聖人が死の直前にサンタ・マリア・デッリ・アンジェリで作った部分で、死を永遠の幸福への導き手と捉え、これを善きものと謳っています。


 「被造物の賛歌」の作者について、イタリアの中世文学史家イルデブランド・デッラ・ジョヴァンナ(Ildebrando Della Giovanna, 1857 - 1916)が十九世紀末に異論を提出し(註6)、諸家の間に激しい論争を惹き起こしました。しかしながら 1922年、フランシスコ会のフェルディナン・ドロルム神父(Ferdinand Delorme, 1873 - 1952)によって「レゲンダ・アンティクア」(Legenda antiqua sancti Francisci / Legenda perugina)が公刊された後は、この詩が聖人自身の作品であると概(おおむ)ね認められています。

 聖フランチェスコの「被造物の賛歌」は、「ダニエル書」三章の第二正典部分に記録されている三人の若者の歌、及び「詩編」百四十八編を髣髴させます。「ダニエル書」の当該部分は七十人訳、テオドティオン訳、ギリシア語テキストに基づくシリア語訳等に入っており、新共同訳聖書では「ダニエル書補遺 アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌」に収録されています。



   註1    この導入部分はラテン語ですが、「被造物の賛歌」自体はもともと古イタリア語で書かれたと考えられています。
       
   註2    de te, Altissimo, porta significatione  直訳 いと高き御方よ。[太陽は]御身に関する指し示しを帯びています。
       太陽が神の象徴であることを言っている。
       
   註3    in celu l'ài formate clarite et pretiose et belle.  直訳 [御身は]天のうちにそれらを清澄で貴く美しいものとして創り給うた。
       "clarite et pretiose et belle" は、代名詞 "le"(月と星々)と同格の補語。
       
   註4    guai a quell ...  直訳 …の者たちには嘆きがある。
       
   註5    この "male" は副詞。
       
   註6    Giornale storico della letteratura, XXV, 1895;XXIX, 1897; XXXIII, 1989




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