帆も舵も無い小舟に乗り、パレスティナを脱出してカマルグに上陸したふたりの聖マリア(マリア・ヤコベとマリア・サロメ)のメダイ。小舟には上記のふたりに加えてマグダラのマリアも乗っていましたが、他に同乗していた聖人たちの名前と人数は伝承によって異なります。
メダイの表(おもて)面には櫂を手にする天使に加え、三人の人物が浮き彫りにされています。真中に立っているのがマリア・ヤコベとマリア・サロメ、向かって左端の小柄な人物が聖女たちに仕える少女サラです。
下の写真は実物の面積を65倍に拡大しています。定規のひと目盛りは1ミリメートルです。メダイに彫られた聖女たちの姿はいずれも美しく均整が取れており、胸のふくらみや腰のくびれ、丸みを帯びてしなやかな体つきはあくまでも女性らしく、上衣の刺繍、マントの留め金と刺繍、女性らしくほっそりとした手指等の細部まで巧みに表現されています。
さらに拡大します。拡大倍率は実物の面積の 160倍です。雲間から射す光は、聖女たちによってプロヴァンスにもたらされる神の恩寵、キリストの福音を表しています。聖女たちの顔のサイズは直径
1.5ミリメートル程ですが、よく整った顔立ちには優しく穏やかな表情が浮かんでおり、メダイを制作した彫刻家の優れた技量がよくわかります。
聖女たちの周りには、フランス語で次の言葉が刻まれています。
Saintes Maries, priez pour nous. ふたりの聖マリアよ、我らのために祈りたまえ。
上部の環に見える小さな菱形はフランスの銀製品工房のマークです。裏側には800シルバーを示す「蟹」のホールマークが刻印されています。
メダイの裏面には聖女たちの聖遺物が見つかった聖堂、サント=マリ=ド=ラ=メール (Saintes-Maries-de-la-Mer) が見事な浮き彫りで再現されています。サント=マリ=ド=ラ=メールは南フランスを中心にフランス各地に分布する中世の要塞型聖堂建築のひとつです。周囲にはフランス語で「サント=マリ(ふたりの聖マリア)のバシリカ」(Basilique
des Saintes-Maries) と刻まれています。
上の写真は実物の面積を数十倍に拡大しています。石材のひとつひとつまで克明に写した精緻な浮き彫りは、あたかもバシリカの実物を目前にするかのような描写力です。本品はおよそ90年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず制作当時のままの良好な保存状態です。カマルグの「サント・マリ・ド・ラ・メール」はルルドのような大巡礼地ではないので、メダイそのものも稀少であるうえに、何通りか存在する「サント・マリ・ド・ラ・メール」のメダイのなかでも、本品の彫刻は最も美しい作品です。本品の素材はメダイとして最も高級な銀無垢ですが、直径約25ミリメートルの大きさがあります。