顔を斜め上に向けて天を仰ぐマグダラのマリアのメダイ。20世紀前半にフランスで製作されたもので、八角形の台座に直径 10.6ミリメートルの円形メダイを取り付けています。
八角形の台座は表面を彫りくぼめて四つの区画を作り、青色ガラスを流し込んで、エマイユ・シャンルヴェとしています。エマイユ部分の地金はビュランによって線条が刻まれ、直線で構成されたメダイ全体のシルエットとともに、アール・デコ様式のすっきりとしたデザインでまとめられています。
メダイ表面の小メダイには、マグダラのマリアの横顔を精緻な浮き彫りで表しています。マリアは裸ですが、豊かな髪がほどかれて、かつて男性に人気のあった聖女の体を隠しています。美しい女性として描かれたマリアは、肉感的な頬や唇のみならず、髪に覆われて見えない項(うなじ)や肩の女性らしい丸みに至るまで、あたかも生身の聖女が眼前にいるかのように完璧に再現されています。聖女はキリストに捧げるナルドの香油を前に置き、いまはただ天上にのみ心を向けて祈っています。
本品は極小サイズであるゆえに、彫刻家のサインがありませんが、マグダラのマリアの浮き彫りは、リヨンのメダイ彫刻家であるリュドヴィク・ペナン (Ludovic
Penin, 1830 - 1868) の原作に、ジャン・バティスト・ポンセ (Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901)
が手を加えたものです。卓越した才能の持ち主であるにもかかわらず、惜しくも夭逝したメダイユ彫刻家リュドヴィク・ペナンの作品は、19世紀が終わりに近づく頃、同郷の芸術家ジャン・バティスト・ポンセの手によって現代風(すなわち19世紀末風)の典雅さが加えられて、数々の美麗なメダイとなりました。
メダイ全体のデザインは、八角形の台座に円形の小メダイを載せています。
完全な図形である円は、天国の象徴です。ロマネスク様式の聖堂内陣は、方形の基部に円蓋を載せた構造になっていますが、方形の基部は地上を、円蓋は神が住まわれる天上を表します。それゆえ本品において、聖女の浮き彫りを八角形の台座に直接に施さず、円形メダイを台座に載せているのは、マグダラのマリアが救われて天上にあることの表現と考えることができます。
台座の八角形に関して見ると、キリスト教において、「八」は山上の垂訓(マタイによる福音書 5~7章)に述べられた八つの徳、八つの幸福を表します。さらに「八」という数字は、天地創造に要した日数すなわち完全数「七」の次の数であるゆえに、物事の新たな始まり、新生、生まれ変わり、新しい命の象徴でもあります。全身を水中に浸す洗礼が行われていた時代に、洗礼堂が八角形のプランで建てられていたのも、「八」が有するこの象徴性ゆえです。したがってマリアを刻んだ円形メダイが八角形の上に乗る本品のデザインは、八つの徳を積み、生まれ変わって天上に住まう聖女を表したものと考えてよいでしょう。
エマイユの青色に関しては、金属部分の金色とともに、天国を象徴する色であることが指摘できます。青と金色の華やかな組み合わせは、目で見たときの美しさとともに、豊かな象徴性を有します。
裏面には「サント・ボーム巡礼記念」(souvenir de la Sainte Baume) の文字がビュラン(彫刻刀)で手彫りされています。
本品は非常に優れた保存状態で、金にもエマイユにも剥落はありません。数十年前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品であるにもかかわらず、制作当時のままのコンディションです。