顔を斜め上に向けて天を仰ぐマグダラのマリアのメダイ。およそ八十年前にフランスで制作されたもので、祈りの言葉にラテン語を使うなど、古い特徴を残しています。
メダイユに限らず、伝統的キリスト教美術の図像に描かれるマグダラのマリアは、ほとんどの場合は若いながらも成熟した女性の姿であり、あるいは悲しみに沈み、あるいは悔恨にうなだれ、あるいはその両方の姿で表現されます。しかるに本品に彫られたマリアはあどけなさの残る少女のようで、愛らしい横顔に天真爛漫な微笑みを浮かべています。伝統的図像のマグダラのマリアが悔恨に沈み、苦行に励むのは、回心前に売春婦であったと考えられているからですが、このメダイのマリアは穢れた職業の女であったようには見えず、心を痛めて苦行に励んでいるようにも見えません。
メダイユ彫刻家がこの作品に彫ったのは、地上のマリアではなく、天上でイエスと共にある幸せなマリアの姿です。老齢に至るまで苦行を積んで天に召されたマリアは、永遠の生命を与えられたゆえに、瑞々しい処女のような、若々しい姿に描かれています。いまや天上にあるマリアは、完全な喜びに満たされています。地上にいた時代の罪と、罪がもたらす悲しみ、苦しみ、罪を犯したゆえの贖罪の苦行は、すべて過ぎ去ったのです。
メダイの裏面には香(かぐわ)しい花が彫られ、フランス語で「サント・ボーム巡礼記念」(souvenir de la Sainte Baume) の文字が記されています。「サント・ボーム」(Sainte Baume)
とはプロヴァンスの言葉で「聖なる洞窟」という意味です。伝説によると、マリアは山中の洞窟にこもって長い年月のあいだ苦行に励み、臨終が近づくと天使によって司教マクシマンの許(もと)に運ばれました。マリアはマクシマンから最後の秘蹟を授けられ、聖堂にて天に召されました。マリアが亡くなった後、その徳を象徴する芳香が、何日にも亙って聖堂内に漂ったと伝えられます。
本品はおよそ八十年前に制作された真正のヴィンテージ品ですが、極めて良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。少女のように若々しいマリアの姿には、地上のマリアの事績ではなく、いまや天上に生きるマリアの「永遠の生命」が形象化されています。