顔を斜め上に向けて天を仰ぐマグダラのマリアのメダイ。数十年前にフランスで制作されたヴィンテージ品です。
メダイの表面には、マグダラのマリアの横顔が刻まれています。マリアは裸ですが、豊かな髪がほどかれて、かつて男性に人気のあった聖女の体を隠しています。美しい女性として描かれたマリアは、肉感的な頬や唇のみならず、髪に覆われて見えない項(うなじ)や肩の女性らしい丸みに至るまで、あたかも生身の聖女が眼前にいるかのように完璧に再現されています。聖女はキリストに捧げるナルドの香油を前に置き、いまはただ天上にのみ心を向けて祈っています。
本品は極小サイズであるゆえに、彫刻家のサインがありませんが、マグダラのマリアの浮き彫りは、リヨンのメダイ彫刻家であるリュドヴィク・ペナン(Ludovic
Penin, 1830 - 1868)の原作に、ジャン・バティスト・ポンセ(Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901)が手を加えたものです。卓越した才能の持ち主であるにもかかわらず、惜しくも夭逝したメダイユ彫刻家リュドヴィク・ペナンの作品は、十九世紀が終わりに近づく頃、同郷の芸術家ジャン・バティスト・ポンセの手によって現代風(すなわち十九世紀末風)の典雅さが加えられて、数々の美麗なメダイとなりました。
メダイの裏面には、最上部に小さな十字架、その下にフランス語で「ラ・サント・ボーム巡礼記念(souvenir de la Sainte Baume)の文字が記されています。「ラ・サント・ボーム」(la Sainte Baume)とはプロヴァンスの言葉で「聖なる洞窟」を意味し、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の地中海沿い、ブーシュ=デュ=ローヌ県(le département de Bouches-du-Rhone)とヴァール県(le département de Var)にまたがる広大な森林地帯、サント=ボーム山塊(la massif de Sainte-Baume)の山中にある岩穴を指します。
中世以来の伝説によると、イエス・キリストが復活して昇天した後、キリストの弟子たちはパレスティナで迫害を受けました。迫害者たちはマグダラのマリア(聖マドレーヌ)を含む聖人たちを小舟に載せて海に押し出しましたが、小舟は神慮によってプロヴァンスに流れ着き、マグダラのマリアたちは上陸して苦行と宣教に励みました。
本品は直径一センチメートルあまりの極小サイズであるにもかかわらず、その出来栄えは、より大きなサイズの作品と比べても遜色がありません。十九世紀以来メダイユ芸術が大いに発達したフランスならではの、高度な技術による作品といえます。
本品の保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。