稀少品 実際に使用された東洋宣教のメダイユ 《聖母マリアよ。我らのために、また異教徒の乳児たちのために、祈りたまえ》 東博図版目録 384番の素材違い 珍しいブロンズ製 21.4 x 14.9 mm フランス 1863年以前


突出部分を含むサイズ 縦 21.4 x 横 14.9 mm



 本品の表裏に打刻された人像は、東京国立博物館図版目録「キリシタン関係遺品篇」の図版 387と同じです。しかしながら図版 387では祈祷文冒頭にある聖母、聖父への呼びかけ(「聖母マリアよ」「聖ヨセフよ」)が省略されているのに対し、本品ではこの呼びかけが省略されていません。人像と祈祷文の両方が本品と一致するメダイは、上掲の図版目録では図版 384に掲載されています。東博図版目録 384のメダイは本品と同意匠、同サイズながら、前者は真鍮製、後者(本品)はブロンズ製で、素材が異なります。





 本品を一見して気付く特徴は、表面が摩滅していることです。本品はフランスにあった品物ですが、東洋に運ばれずに残っていた未使用品ではなく、東洋人信徒、または東洋宣教に携わる教会関係者によって実際に身に着けられています。すなわち本品を身に着けた人物として、次の二つの可能性があります。

 a. 中国か日本で宣教に携わった宣教師、または慈善活動に携わった修道者

 b. 中国のカトリック信徒、または日本のキリシタン





 .a. の場合は、フランスに帰国した宣教師または修道者が、東洋で見に着けていた本品を持ち帰ったことになります。フランス人はフランス語のメダイを身に着ければよいのであって、わざわざ東洋人用のメダイを身に着ける必要はありません。しかしながら特に宣教師の場合、現地の言葉を習得するのはもちろんのこと、現地の信徒に融け込むために服装や生活様式を現地式に改める人も多くいます。メダイに関しても同様に考えることができます。

 b. の場合も、フランスに帰国した宣教師または修道者が、東洋人信徒が身に着けていたメダイをフランスに持ち帰ったと考えられます。ただしいったん信徒に与えたメダイを、帰国する宣教師が回収することなど普通はありませんから、このメダイが中国や日本の信徒の物であるとすれば、元の持ち主が自然死または殉教によって亡くなり、宣教師がこれをフランスに持ち帰ったのではないでしょうか。持ち主を失ったメダイが回収された理由は、形見のような記念品とも、母国の教会への報告のためとも考えられます。また禁教令が続く中国や日本で現地の信徒が余計な証拠物を持っていれば、摘発される可能性が増しますから、そのような可能性を減らすためとも考えられます。

 a. か、b. か、いずれにしても、本品は殉教の危険を顧みず東洋に赴いた聖職者、あるいは禁教令の下で信仰を貫いた中国か日本の信徒が身に着けていたものと思われます。


 本品は一方の面に聖母子が、もう一方の面に聖ヨセフが、いずれも打刻による浅浮き彫りで表現されています。聖母子の両側には「聖母瑪利亜為我等及異民的嬰孩祈」(聖母マリアよ。我らのために、また異教徒の乳児たちのために、祈りたまえ)の文字、聖ヨセフの両側には「聖若瑟中國大主保、爲我等祈」(中国の第一の守護聖人なる聖ヨセフよ、我らのために祈りたまえ)の文字が、いずれも正しい漢字で刻まれています。





 古い時代の品であっても新品同様のメダイと、表面が摩滅して細部が不分明になったメダイを比べると、前者の方があらゆる点で優れていると考える人がいます。しかしながらこれは大きな誤解です。

 彫刻家の作風や細部の表現の見事さを鑑賞するのであれば、摩滅が少ない前者のほうが、確かに望ましいといえます。この分かりやすい例として、実証的美術史家がメダイを分析する場合を挙げることができます。実証的美術史家は、原状からの変化が可能な限り少ないメダイを観察し、自身を含めて原作者以外の人物の主観を排除しつつ、原作者の意図のみを正確に抽出・解釈しようとします。

 摩滅せず、細部まで克明に描写された美術作品が鑑賞者に示されるとき、鑑賞者の精神と作品の間には相互作用が成立せず、前者は後者をただ受動的に受け入れざるを得ません。美術作品の鑑賞者から見れば、細部まで描写済みの作品は、鑑賞者との交流を拒み、鑑賞者とは無関係に自存する外界です。それは他者によって固定された「生命の無い所与(データ)」にすぎません。生命の無い所与は「観察」の対象にはなり得ますが、「鑑賞」の対象とはなりません。なぜなら「鑑賞」が成立するためには、鑑賞者の精神が美術作品のうちに入り込み、いわば生命の共振が起こらなければならないのに、生命の無い所与は生きて働く精神に合わせて形を変えることができないからです。実証的美術史家にとって、メダイは手に取る者の心を揺り動かす信心具ではなく、むしろ観察の対象、史的資料となります。

 しかるに表面が摩滅して細部が不分明になったメダイは、鑑賞者の精神がそのうちに入り込む余地を新たに獲得したことにより、信心具としての力が新品時に比べて一層強くなっています。鑑賞者の想像力が自らの力で作品の細部を補い、完成するとき、鑑賞者と作品の間には、あたかも他の人物との間におけると同様に、人格的関係が成立します。本品においても、メダイを鑑賞者する人の心眼は、摩滅して見えなくなった細部を自発的に補い、時が摩滅させたメダイを彫刻家とともに再び完成させるのです。アンティーク品に見られる突出部分の摩滅は、そのような心眼の能力と働きを、鑑賞者から自然に引き出します。ここに鑑賞者と作品の人格的関係が成立します。





 摩滅によってメダイが獲得するもうひとつの属性は、歴史性です。歴史性はアンティーク品が有する本質的価値です。

 古い時代のメダイは、立体的な計測データに基づいて鋳型を作り、同素材を用いて完全に再現することが可能です。素材もサイズも細部に至る意匠も、あらゆる点で元のメダイを忠実に再現することができます。レプリカが元のメダイを完全に再現し、元のメダイと区別することが不可能であるならば、元のメダイとレプリカは物として同じであるといえるでしょう。しかしながらその場合でも、元の品物にあってレプリカに無いものがあります。それこそがアンティーク品の歴史性に他なりません。

 古美術品やアンティーク品を目にするとき、我々は百年前の物、千年前の物を見ているのではありません。もしも百年前の物、千年前の物を見ようとするのであれば、同じ素材と同じ技法を使い、制作当時の状態を正確に再現したレプリカを見る方が、むしろ目的に適います。しかるに百年前、千年前に作られ、劣化したり摩滅したりした古美術品やアンティーク品を見るとき、我々が見ているのは物品ではなく、可視化された時間すなわち歴史です。

 百年前に作られて現在まで伝わる物は、作られた当初からその在り様(よう)を変えて、「可視化された百年の年月」となっています。千年前に作られて現在まで伝わる物は、「可視化された千年の年月」となっています。ここで筆者(広川)が言う「在り様の変化」とは、経年による化学的変化から、社会的コンテクストの中でその物品が占める位置・役割の変化まで、歴史の中でその品物に起こったあらゆる変化を包摂します。すなわち古美術品やアンティーク品を見る我々は、物品に対面しているのではなく、むしろ歴史に対面しているのです。

 とりわけ本品の場合、摩滅したメダイのうちに見えるのは単なる時間の経過ではなく、禁教令に屈しない信仰です。本品の元の持ち主は日本か中国に渡った宣教師、修道女かもしれませんし、中国人信徒あるいは日本キリシタンかもしれません。いずれにせよ、これらの人々は殉教の可能性がある状況下で生命を賭して信仰を守ったのであり、肌身離さず身に着けられた本品の摩滅は、金属製メダイのうちに永遠化した不可視の信仰の証(あかし)といえます。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 東京国立博物館が収蔵する十九世紀のキリスト教メダイは、長崎県から教部省及び内務省社寺局を経て、明治十二年十二月十一日に内務省博物局に引き取られました。これらのメダイは浦上四番崩れの際、明治政府がキリシタンから没収したものです。東京国立博物館は本品と同意匠の真鍮製メダイ九点を収蔵しており、目録「キリシタン関係遺品篇」の図版 384に収録しています。本品はこれら九点と同じ工房で、同じ型を使って制作されています。

 東京国立博物館のメダイが真鍮製ですが、本品はブロンズ製で素材が異なります。この時代のフランス製メダイは、鋳造されたものであればブロンズを使う場合もありましたが、打刻による場合はほとんど全てが真鍮製です。フランスで打刻された十九世紀のメダイを、筆者(広川)は長年に亙って扱っていますが、真鍮に打刻したメダイの数百点に対して、ブロンズに打刻したメダイは五、六点しか目にしていません。本品は素材がブロンズである点でも稀少な作例です。





 本品は日本または中国で弾圧にあえぐキリスト者が実際に身に着けた信心具であり、単に古い工芸品が残っていたという以上の歴史性を有します。突出部分に見られる摩滅は、救い主が人の心に灯した愛の火と、殉教をも恐れない信仰の証です。





本体価格 35,800円 販売終了 SOLD

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