青色のガラス・エマイユを施した小さなメダイ。1960年頃にフランスで制作された品物です。
表(おもて)面には幼子イエズスを肩に乗せて河を渡る聖クリストフが浮き彫りにされています。肩の上の男の子があまりにも重くなったので、聖人は杖にすがって振り返り、問いかけるように男の子を見ています。幼子イエスは全宇宙の支配権を示すグロブス・クルーキゲル(世界球)を左手に持ち、右手で天を指さして、自分が天地の造り主、神なるキリストであることを宣言しています。
肉眼では分かりませんが、幅 0.2ミリメートルほどの微小な文字が、この光景を取り巻くように刻まれています。書かれているのはフランス語で、内容は次の通りです。
Regarde St. Christophe, puis va t'en rassuré. 聖クリストフを眺め、心安らかに行け。
聖クリストフは旅人や乗り物に乗る人を事故から守ってくれる守護聖人で、中世以来「聖クリストフの姿(絵や像)を見る者は、その日のうちに悪しき死に遭うことが無い」と言い伝えられています。
(下) 参考画像 聖クリストフォロスの札 手彩色木版画 (南ドイツ、1423年) 家に貼るためのもの。絵の下部に書かれているラテン語は次のとおりです。
Christofori faciem die quacumque tueris, illa nempe die morte mala non
morieris. クリストフォロスの顔を見れば、その日は決して悪い死に遭うことがない。
「聖クリストフの姿(絵や像)を見る者は、その日のうちに悪しき死に遭うことが無い」という言い伝えは、ロマン・ロランの長編小説「ジャン・クリストフ」の冒頭部分でも引用されています。
上の写真に写っている定規のひと目盛は、一ミリメートルです。人物の顔は直径一ミリメートルほどにすぎませんが、目鼻立ちが整っているのみならず、クリストフの表情には驚きが、幼子イエスの表情には威厳が、それぞれ巧みに表されています。クリストフのふくらはぎや足首も、大型の彫刻に劣らない写実性を以て表現されています。
写真では分かりづらいですが、クリストフの左足あたりに、レモン・チュダン(Raymond Tschudin)のサインが刻まれています。レモン・チュダンは
1916年に生まれたフランスのメダイユ彫刻家です。高名なメダイユ彫刻家アンリ・ドロプシ (Henri Dropsy, 1885 - 1969) に師事して頭角を現し、1945年のローマ賞を受賞しました。宗教をはじめとする様々なテーマの優れた作品を数多く生み出したことで知られています。
メダイの裏側にはフランスの美しい風景を背に、道路を疾走する一台の自動車が浮き彫りにされています。車種までは分かりませんが、いかにも1960年代のデザインです。パナール
(Panhard) のこの時代のモデルに、シルエットが似ているように思います。
このメダイは八角形をしていますが、キリスト教において「八」は再生、生まれ変わりを表すとともに、山上の垂訓(「マタイによる福音書」 5章3節から10節)で説かれている「八つの幸福」を象徴することから、幸福、幸運の数でもあります。
本品はおよそ五十年前に制作された真正のヴィンテージ・メダイですが、保存状態は極めて良好です。エマイユのひび割れや剥落等、特筆すべき問題は何もありません。小さ目のサイズですので軽量ですし、どのような服装と合わせても違和感なくご愛用いただけます。再生と幸福を象徴し、日々の安全を願う意味合いは、古代及び中世以来の伝統に基づきます。美しい工芸技術のうちに、キリスト教ニ千年の伝統を現代まで伝えてくれる小さなアンティーク美術品です。