プット(幼い男の子)の姿で表されたケルブ(智天使)のメダイ。象牙色のオールド・プラスチック製台座に、打ち出し細工の金属製メダイを嵌め込んでいます。本品のオールド・プラスチックは艶やかな光沢があって、おそらくセルロイドであろうと思われます。
雲の上、天上の世界にいるケルブは、左肘をついて手に顎を乗せ、さらに上を見上げています。これはラファエロが「マドンナ・システィナ」(MADONNA SISTINA サン・シストの聖母)の画面下方に描いたふたりのうち、向かって左側のケルブです。第二次世界大戦当時、「マドンナ・システィナ」はドレスデン美術館にありましたが、ヒトラーの命により地下室に保管されていたために、連合軍のドレスデン空襲による破壊を免れました。第二次世界大戦後、いったんモスクワに運ばれましたが、その後ドレスデンに返却され、現在に至っています。
(下) Raffaelo Sanzio, Madonna Sistina, 1512 - 14, Öl auf Leinwand, 265 x 196 cm, Gemädegalerie Alte Meister,
Dresden
ルネサンス絵画やバロック絵画には、背中に翼を生やし、丸々と太った幼い男の子がしばしば描かれます。この有翼の童子をイタリア語で「プット」(伊
putto)といいます。プットの複数形は「プッティ」(伊 putti)です。プットはキリスト教のケルブの場合もありますし、ギリシア神話のエロース、ローマ神話のアモルを表す場合もあります。プット、プッティは古典古代以来美術に用いられていましたが、中世には用いられなくなり、イタリア・ルネサンスの画家ドナテッロ(Donatello,
c. 1386 - 1466)が復活させたと言われています。
聖書に出てくるケルブは恐ろしげな姿をしていますが、本品のケルブは愛らしい幼児の姿で、ゆりかごに眠る乳児とそっくりです。ラファエロが「マドンナ・システィナ」に描き込んだふたりのプッティは退屈そうな表情がユーモラスで微笑みを誘いますが、小天使たちが退屈していられる理由を考えてみれば、神とキリストと聖母によって常に守られているからであると思い当たります。
地上の母は乳児から寄せられる全面的、無条件的な信頼に応えるべく、昼も夜も身を削って働き、幼子の幸せを守っています。その一方でゆりかごの乳児は一日じゅう柔らかな布地に包まれて眠り、いわば人生で最も幸せな退屈を貪(むさぼ)っています。このゆりかご用メダイは地上の母子を守り給う神、キリスト、聖母、守護天使の働きを思い起こさせるとともに、ラファエロがプッティの頭上に描いた聖母子の姿を地上の母子と重ね合わせ、母の愛と献身を讃える作品ともなっています。
本品は数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク工芸品ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。大型の作例が多いゆりかご用メダイの中でも、本品は直径七十一ミリメートルと特に立派で、筆者(広川)がこれまでに扱った円形メダイのなかで二番目に大きな作品です。光沢のある台座にはオールド・プラスチック特有の高級感があり、現代のプラスチック製品とは一線を画した美しい工芸品に仕上がっています。