豊かな国を目指した昭和の初め 《セイコー ネイション 10型 七石》 琺瑯文字盤にアラビア数字インデックス 25 x 25ミリメートル 1930年代



 日本の第二精工舎(現セイコー)が 1930年代に制作した腕時計。ケースの大きさ、すなわちバンドを取り付けるための突出と竜頭を除く時計本体の正方形部分は、縦横 25ミリメートルです。五百円硬貨の直径は 26.5ミリメートルですから、この時計は五百円硬貨と同じぐらいの大きさです。

 五百円硬貨サイズの時計は現代では女性用です。しかしながら九十年前の時計は現代よりずっと小さくて、本品のような10型(10リーニュ)の時計は当時の男性用です。本品は本来男性用ですが、現代の女性用時計の大きさですので、男女ともにお使いいただけます。





 現代の腕時計は、ボタン電池や太陽電池で動くクォーツ時計が主流です。しかしながらクォーツ式腕時計が一般化したのは 1980年頃のことで、それ以前の時計はぜんまいで動く精密機械でした。本品もぜんまいで動く機械式腕時計です。





 三時の位置にあるツマミを竜頭(りゅうず)といいます。機械式腕時計のぜんまいは、竜頭を回転させて巻き上げます。クォーツ時計はぜんまいを巻く必要が無いので、たいへん小さな竜頭が付いています。クォーツ時計で竜頭を操作するのは、止まっていた時計の電池を入れ替えた場合など、時刻合わせが必要なときだけです。これに対して手巻き時計は竜頭でぜんまいを巻き上げますので、操作しやすいサイズのしっかりとした竜頭が付いています。

 機械式時計のぜんまいを巻くのはとても簡単で、誰にでもできますから、初めての方でもまったく心配いりません。また時計を使わない日にぜんまいを巻く必要はありません。時刻合わせの方法は現代の腕時計と同じで、竜頭を一段階引き出して回転させます。ぜんまいを巻くには、竜頭を引き出さずにそのままの位置で回転させます。ぜんまいを十分に巻き上げると、時計は一日半動きます。そのまま放っておくと止まるので、連続して使う場合は一日一回以上ぜんまいを巻き上げてください。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)をケース(英 case)といいます。 十九世紀の懐中時計ケースは、ベゼル、ケース本体、裏蓋の三部分に分かれていました。ベゼルとは風防(ガラス)の枠となる部分です。ケース本体はムーヴメントの枠となります。これに対して現代の腕時計ケースは本体と裏蓋の二部分で成り立ち、ベゼルはケース本体と一体化しています。

 本品のケースは懐中時計と同じく、ベゼル、ケース本体、裏蓋の三部分に分かれています。本品は 1930年代頃に製作された男性用腕時計ですが、1930年代は男性のあいだで腕時計がようやく普及した時代でした。女性用腕時計は男性用に比べて十年早く発達していて、1930年代の女性用腕時計ケースは、ベゼルを含む本体と裏蓋の二部分で成り立ちます。しかるに懐中時計からの脱却が遅かった男性用腕時計は 1930年代においても懐中時計の名残を留め、ケースは三部分に分離しています。ケース本体はおそらく真鍮製で、クロムめっきが掛けられています。ベゼルはクッションのように盛り上がった形状で、ケース本体よりも艶があり、別素材と思われます。裏蓋はステンレス・スティールで出来ています。





 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、文字盤(もじばん)または文地板(もじいた)と呼びます。本品の文字盤は円形で、六時に小秒針用の小文字盤があります。この小文字盤も古い時計の特徴です。

 現代の時計は中三針(なかさんしん)式、あるいはセンター・セカンド式と言って、文字盤の中央に秒針が付いています。中三針式(センター・セカンド式)のムーヴメントは作るのが難しく、1960年代になってようやく普及しました。それ以前の時計は小秒針式(スモール・セカンド式)で、六時の位置に小さな秒針が付きます。本品もそのような時計の一つです。





 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの目印を、インデックス(英 index)といいます。腕時計のインデックスには、年代毎に明確な流行があります。1940年代以前のインデックスはすべてアラビア数字でした。本品のインデックスも黒いアラビア数字で、手書きされています。本品に使われているアラビア数字は、ブレゲ数字という字体によります。

 本品の針は古い建物壁面の大時計を想起させるゴシック風の形状で、美しい青焼き(ブルー・スティール)になっています。青焼きとは鋼鉄製の針を加熱して、青い酸化被膜を形成したものです。青焼きは錆を防ぐための加工ですが、白い文字盤を背景とした青色の金属光沢は、見た目にもたいへん美しいものです。





 本品の文字盤は琺瑯文字盤と呼ばれるタイプです。琺瑯(ほうろう)とは白色不透明ガラスを金属の表面に融着した素材で、七宝(エマイユ、エナメル)と同じ技法です。

 琺瑯のもとになる釉薬は厚すぎると針と接触し、薄すぎると下地の金属が透けて見えますから、琺瑯文字盤を作る際は、釉薬の厚さが百分の一ミリメートル単位で調整されます。また琺瑯を製作する日の気温や天候によって、釉薬の調合を替える必要があります。その後の焼成過程、及び焼成後の冷却過程でも、炉内の温度を細かく管理する必要があります。

 琺瑯文字盤の長所は永久に変色せず、綺麗な状態を保つことです。短所は上記のような手間がかかること、及びガラス(釉薬)と金属の熱膨張率が大きく異なるため、長い年月のうちにヘアライン(極細の亀裂)が生じやすいことです。本品の文字盤にもヘアラインが見られますが、アンティーク品の個性としてお楽しみいただければと思います。





 文字盤の上部に、ネイション(NATION)のロゴが見えます。ネイションとは英語で「国民」を指します。

 腕時計のムーヴメントは懐中時計に比べて格段に小さく、製作はたいへん困難です。それゆえ随分と高価な品物でもあり、一般の人々にはなかなか手が出ませんでした。しかしながら我が国の産業が発展し、国が豊かになるために、腕時計の普及は不可欠の要件でした。ネイション(国民)という愛称には、舶来の高級時計を買えない普通の人々にも腕時計を行き渡らせようという服部時計店(セイコー)の決意が感じられます。





 上の写真は本品の裏側で、五桁のシリアル番号(28734)が刻印されています。

 本品の裏蓋はステンレス・スティールでできています。腕時計のケースが最も摩耗しやすいのは、肌と擦れ合う裏蓋部分です。ステンレス・スティールは摩滅せず、アレルギーも惹き起こさないので、腕時計ケースの素材として優れています。 





 上の写真は裏蓋を開けたところです。向かって左には裏蓋の内側が、右にはケース内のムーヴメントが見えています。

 裏蓋の内側に見える油性ペンの書き込みは、直近のオーバーホール記録です。本品は我が国でも数少ないサーティファイド・マスター・ウォッチメイカー(C.M.W. 公認高級時計師)に整備していただき、順調に動作しています。





 良質の機械式時計ムーヴメントには、ルビー製部品が使われます。

 1910年代から 20年代に作られた時計の石数は、ヨーロッパ製品であっても七石程度が普通でした。セイコー ネイションは 1930年代の時計ですが、当時の我が国は欧米と肩を並べる先進国ではありませんでしたから、当時の国産時計はやはり七石が普通です。

 ネイションと名付けられたシリーズも七石のものが多く、現代人の眼からすれば石数が少ないように感じられますが、本品は時計として十分に良質です。その証拠に、九十年前の時計であるにも関わらず、本品は現在も狂わず正常に動作しています。





 写真で見てもルビーは一個しか見えないので、どこに七石も入っているのかと不思議に思われるかもしれません。七石ムーヴメントのルビー製部品は、天符受けの穴石と受け石、地板の穴石と受け石、天符の振り石、アンクルの入り爪と出爪です。これらは最も激しく動作する機械式時計の心臓部分であって、それゆえ摩滅することが無いようにルビーが使われています。

 ムーヴメントを組み立てると、七石のうちで目に見える位置にあるのは、天符受けの受け石のみになります。したがって組み立てられた七石ムーヴメントを見ても、ルビーは一個しか見えません。





 上の写真でムーヴメントの右上、九時付近に環状の大型部品が写っています。これは天符(てんぷ)と呼ばれ、機械式時計の心臓部に相当します。

 天符は掛け時計の振り子と同じ役割の部品で、一方向に回り続けるのではなく、振り子と同様に往復運動を繰り返します。天符の往復運動を、振動と呼びます。本品の天符は一時間当たり 18,000回の振動を繰り返し、正確に時を測ります。本品の天符には多数の小さなネジが取り付けられていますが、天符が高速で振動しているために、写真で見てもブレて判別できません。





 腕時計にバンドを取り付けるための突出をラグ(英 lugs)といいます。本品のラグは十二時側と六時側からそれぞれ二本ずつ突出し、バネ棒という伸縮可能な棒状部品を使って、平たいバンドを取り付けるようになっています。この取り付け方は現代の腕時計と同じですので、バンドは簡単に取り換えられます。サイズ、取り付け方とも特殊な物ではありませんのでご安心ください。バンドのサイズは取り付け部の幅で表示します。本品には一般に市販されている幅 14ミリメートルのバンドが適合します。

 革製のバンドは消耗品です。また本品に限らずアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。それゆえバンドがオリジナルかどうか(元々付いていたものかどうか)にこだわる必要は、全くありません。本品の場合も事情は同じで、バンドの種類や色はお好みに合うものをお使いいただけます。





 上の写真は女性モデルが本品を装用しています。本品は男女ともにお使いいただけます。

 幅 14ミリメートルのバンドは、現代で言えば女性用ですので、末端に向けて幅がかなり細くなりがちです。女性が本品をお使いになる場合は問題ありませんが、男性が本品をお使いになる場合は、末端に向けてあまり細くならない革バンドを選ぶ必要があります。女性用バンドは男性用よりも短いので、手首が太い男性が幅 14ミリメートルの革バンドを購入する場合は、長さにも注意が必要です。

 商品写真の撮影時には、幅がほぼ一定の革バンドを取り付けています。男性モデルの手首は 18センチメートル強と太めですが、バンドはいちばん外側の孔で正常に装着できています。なおパリス環式バンドと呼ばれる革バンドや金属製バンドも、男女ともに使用可能です。


 アンティーク時計は単なる古時計ではなく、それぞれの時代を背景に製作された歴史的存在です。本品は日本が国力を伸ばし、欧米並みの生活水準を手に入れようと奮闘していた時代の時計です。この後に起こした太平洋戦争は完全な勇み足で、我が国は焼け野原になって無条件降伏しました。あのような愚挙がなければ日本はどんな国になっていただろうかと、ふと考えさせてくれる時計です。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 45,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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