四角い文字盤と円形インデックス 《美しい古色のオールド・ロンジン 十七石》 長方形の手巻きドレスウォッチ スイス製 1952年
スイスの老舗時計会社ロンジンが 1952年頃に制作した長方形のドレス・ウォッチ。ケースの材質は十カラット・ゴールド・フィルド(十金張り)です。バンドを取り付ける突起を含むケースのサイズは
39.0 x 23.5ミリメートルで、すらりと細長いデザインです。
本品はもともと男性用として作られた時計ですが、1950年代の腕時計は現代のものよりも小さめで上品ですので、女性にもお召しいただけます。バンドは茶や赤などお好きな色に交換可能です。七十年以上前の品物にもかかわらず、保存状態はきわめて良好で、きちんと動作します。
時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)をケース(英 case)といいます。本品のムーヴメントである《ロンジン キャリバー
9LT》の形状は長方形に近いですが、三時側の辺と九時側の辺が外側に向けてなだらかに膨らんでいます。このような形状をトノー型といいます。トノー(仏
un tonneau)とはフランス語で樽のことです。ムーヴメントがトノー型であるのに対し、本品のケースと文字盤は長方形です。
上の写真は本品のケースを開けてムーヴメントを外し、裏蓋の内側を撮影しています。裏蓋の内側には、時計を販売したロンジン=ウィトナー社の名前と本支店所在地(NEW
YORK, GENEVA, MONTREAL)、ケースを製造したロス社(ROSS)のロゴ、ケースのシリアル番号(0058580)が刻印されています。このシリアル番号はケース製造会社が打刻したケースのシリアル番号で、後に示すムーヴメントのシリアル番号とは無関係です。
ロンジン(Compagnie des Montres Longines)はスイス、ベルン県のサン=チミエ(Saint-Imier)に本社を置くスイス企業で、本品のムーヴメントはこのロンジン社が制作しています。裏蓋に刻印があるロンジン=ウィトナー社(Longines-Wittnauer Watch Company Incorporated)は北アメリカにおけるロンジンの販売会社で、ロンジンがアメリカ企業ウィトナーを買収したために、このような社名になっています。ロンジン=ウィトナー社の名が裏蓋に刻印されていることから、本品はスイスから北アメリカに向けて輸出されたものであることが分かります。
現在アメリカ合衆国で時計は作られていませんが、太平洋戦争以前のアメリカは時計大国でした。アメリカ合衆国政府は自国の時計産業を守るため、スイスから輸入される時計に高い関税を掛けていました。 スイスの時計各社はこの関税を回避するため、完成した時計をアメリカに輸出するのではなく、ムーヴメントの半完成品を部品としてアメリカに輸出しました。この半完成品をエボーシュ(仏 une ébauche)と呼びます。
エボーシュはフランス語で下作り、下書き、スケッチ等の意味ですが、時計業界ではぜんまいや調速脱進機、針をまだ取り付けていない半完成のムーヴメントを指してこう呼びます。エボーシュは時計ではなく時計部品と見做され、関税が掛かりませんでした。ムーヴメントに未調整(英
unadjusted)の刻印があるのも、時計の心臓部分である調速脱進機が付いていないエボーシュは「時計とは言えない」という主張の表れです。
北アメリカに輸入されたロンジンのエボーシュは、ロンジン=ウィトナー社によってぜんまい、調速脱進機、文字盤、針を取り付けられ、アメリカ製のケースに入れられて、完成品のロンジンとなりました。ロンジンに限らず、スイスの時計各社はこのような方法で関税を回避して、合衆国政府の保護主義に対抗しました。
北アメリカで販売されたロンジンは、上で説明した通り、スイスから入したムーヴメントをアメリカ製のケースに入れて販売されました。1950年代のアメリカはヨーロッパのように国土が戦場になることが無く、世界最強の国となって繁栄を謳歌しました。1950年代のアメリカで製作された時計は大胆で華美な意匠が特徴で、直線を多用した大ぶりなデザインであることから、しばしばアール・デコ様式に分類されます。
本品を側面から見るとケースがアーチを描き、分厚いドーム型風防の優美な曲線と響き合います。細かい彫刻等を用いず、すっきりとした線と面で構成された本品ケースの意匠は、アール・デコ様式に分類されます。
時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を文字盤(もじばん)または文地板(もじいた)と呼びます。文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの目印を、インデックス(英
index)といいます。
本品の文字盤は長方形で、中心部と周辺部の仕上げが異なるツートン・カラーとなっています。文字盤の中央は淡色の円形で、円形の時計と同様に、インデックスが円環状に配置されています。このようなインデックスとレクタンギュラー(長方形)ケースの組み合わせはたいへん珍しく、本品の大きな特徴となっています。
腕時計のインデックスには、年代毎に明確な流行があります。1940年代以前のインデックスは、すべてアラビア数字でした。しかるに 1950年代のインデックスは、アラビア数字と幾何学図形が交互に配置されます。本品はその一例で、アラビア数字と正方形が交替する立体インデックスに、金の板を張っています。
ロンジンのロゴのすぐ下には、同社のシンボルマークである有翼の砂時計があります。金の板は有翼の砂時計にも張られています。この文字盤は七十年以上前のオリジナルで、淡い古色に美しく覆われています。
ちなみに 1960年代のインデックスはアラビア数字が姿を消し、バーか幾何学図形のみになります。アラビア数字と幾何学図形が交替する本品の文字盤は、1950年代に特有のデザインです。
本品は六時の位置に小文字盤があって、小さな針が回っています。これは小秒針(スモール・セカンド・ハンド)と呼ばれる小さな秒針です。
現代の時計は中三針(なかさんしん)式、あるいはセンター・セカンド式と言って、文字盤の中央に秒針が付いています。中三針式(センター・セカンド式)のムーヴメントは作るのが難しく、1960年代になってようやく普及しました。それ以前の時計は小秒針式(スモール・セカンド式)で、六時の位置に小さな秒針が付きます。本品もそのような時計の一つで、長さ四ミリメートルの可愛らしい秒針が六時の位置で回っています。
裏蓋の端に刻まれたテン・カラット・ゴールド・フィルド(10K GOLD FILLED 十金張り)の文字は、ケースの素材を表します。
金(Au ゴールド)は化学的に不活で、金属アレルギーを惹き起こさないゆえに、時計ケースの素材に適しています。しかしながら金は軟らかくて変形し易く、また摩滅に弱いのが欠点です。この弱点を補うために、時計やジュエリーの金は純金ではなく、金合金となっています。十金(じゅっきん)とは純度
10/24の金合金で、純金に比べると強度が格段に大きく、摩滅にも強くなっています。
本品のケースは金張りです。金張り(ゴールド・フィル)とは板状の金をベース・メタルに張り付けたもので、現代の金めっき(エレクトロプレート)に比べると金の厚みは数十倍に達し、摩耗に強く、色の点でも淡く上品なシャンパン・ゴールドをしています。本品は七十年以上前の時計ですが、ケースの状態は極めて良好です。
文字盤のインデックスとロンジンのシンボルマークにも金張りで、シャンパン・ゴールドの輝きに高級感があります。
時計のムーヴメント(内部の機械)には、電池で動くクォーツ式と、ぜんまいで動く機械式があります。現代の時計はほぼすべてクォーツ式ですが、これは
1970年代から使われ始め、1980年代に本格的な普及を見たものです。本品が製作された二十世紀中頃にクォーツ式ムーヴメントはまだ存在しておらず、時計はすべてぜんまいで動いていました。本品もぜんまいで動く機械式時計です。
三時の位置に付いているツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。機械式時計のぜんまいは、竜頭を時計回りに回転させることで巻き上げます。竜頭を引き出して回転させると針が早送りされ、時刻を合わせることができます。竜頭の操作は簡単で、誰でも扱うことが出来ます。初めての方でも心配要りません。
秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとにチッ、チッ、チッ… と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、チクタクチクタクチクタク…と連続して聞こえてきます。
機械式ムーヴメントには手巻きと自動巻きがあります。自動巻きとは、簡単に言えば、回転錘(かいてんすい、ローター)による自動巻き機構を手巻きムーヴメントに付加したものに他なりません。したがって手巻きムーヴメントこそが、機械式ムーヴメントの基本です。自動巻き機構は便利ですが、時計を身に着けている間じゅうずっと動いているために、摩滅による破損が多く発生します。手巻きムーヴメントは自動巻き機構が無いので、当然のことながらこの部分の故障は起こりえません。また手巻きと自動巻きの精度は全く同等です。ちなみに宇宙飛行士が使う腕時計は、全て手巻き式です。
本品が搭載するのはロンジン社の手巻きムーヴメント、ロンジン キャリバー 9LT です。キャリバー 9LT は、名機キャリバー 9L(キャリバー 25.17)をさらに改良したもので、アンティーク・ロンジンの男性用ムーヴメントでは最も大きな部類に属します。上の写真の左端、振動(回転)する天符の下に、9LTの別称である
25.17 ABC の文字が刻まれています。
良質の機械式腕時計ムーヴメントには、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。本機ロンジン キャリバー 9LTは十七個のルビーを使用しています。上の写真ではルビーが五個しか見えませんが、あとの十二個は機械の裏側(文字盤側)など、上の写真に写っていない部分に使われています。十七個のルビーを使用した十七石(じゅうななせき)のムーヴメントは、摩耗してはならない個所すべてにルビーを使用した高級機です。十七石以上のムーヴメントをハイ・ジュエル機(英
a high jewel movement)と呼びます。
天符受けの受け石、及び三番車と四番車とガンギ車の穴石は、シャトン(仏chatons)と呼ばれる金の部品に取り巻かれています。金は軟らかい金属ですので、いわばシリコンゴムのような役割をして、ルビーが受けから脱落しないよう、しっかりと留めています。
受けにはロンジンの社名(LONGINES)、十七石(SEVENTEEN 17 JEWELS)、キャリバー名(9LT)、ロンジン社に割り当てられたアメリカ合衆国時計輸入記号(LXW)、アナジャスティド(UNADJUSTED)の表記に加え、ムーヴメントのシリアル番号(8342136)が刻まれています。
ムーヴメントのシリアル番号は世界に一つしか無い本機固有の番号で、ここからムーヴメントが製作されたおおよその年代が分かります。本機のシリアル番号
8342136 は、1952年を示しています。
アナジャスティドは英語で「未調整」という意味ですが、これは本品のエボーシュがスイスからアメリカ合衆国に輸入された際の表記が残っているだけです。
時計が示す時間の進み方を、歩度(ほど)といいます。機械式時計の歩度を決定する調速機は、クロックの場合は振り子、ウォッチの場合は天符です。しかるに既に述べた通り、本機は未だ調速機を持たないエボーシュとして輸入されました。調速機が無ければ、当然のことながら、歩度調整はできません。
税関の係官は時計の素人とはいえ、エボーシュに調速機が付いていないことは一目見ればわかります。しかしエボーシュが時計ではなく部品にしか過ぎないことを強調して、わざわざ「未調整」の文字が受けに刻まれたのです。エボーシュにはその後に調速機と脱進機が取り付けられ、歩度調整がされていますので、現在は調整済みの状態です。ご安心ください。
(上) 1950年代後半の雑誌に掲載されたロンジンの広告。この直後、時計の流行はシンプルな円形ケースと幾何学インデックスに移行します。
現代人は安価なクォーツ時計に慣れていますが、クォーツ時計は 1980年代以降本格的に普及したものです。1950年代の時計は全て機械式であり、ハイ・ジュエル・ウォッチの価格は、国産品でも初任給二~三か月分ぐらいに相当しました。本品はアメリカ合衆国で販売された時計ですが、1952年の我が国で本品と同等のロンジンを買おうとすれば、為替や所得の関係で、価格は給料のおよそ半年分でした。現代の貨幣価値に換算すれば、150万円から
200万円ぐらいでしょうか。当時の時計はたいへん高価だったわけですが、時計の品質は購入者の期待を裏切らず、一生のあいだ愛用できる耐久性を有していました。
本品は男性用として作られた時計ですが、二十世紀中葉の時計は現在に比べて小さめのサイズであり、たいへん上品であるゆえに、女性にもお使いいただけます。上の写真の一枚目は男性が、二枚目は女性が、本品を着用しています。
本品に適合するバンド幅は十八ミリメートルで、1950年代の一般的な時計に比べて幅広です。バンドの幅さえ合えば、お好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り替えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。
当店はアンティーク時計の修理に対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。
当店では時計用の箱をご購入いただけます。箱はレプリカ(現代の複製品)ではなく、時計と同時代のヴィンテージ品(アンティーク品)です。
当時の箱は時計を展示するステイ(腕)を取り除き、ネクタイピンやカフリンクスなどの小物入れとして使えるようになっていました。写真に写っている箱も時計のステイを取り除いてありますが、スポンジ製等の枕を使用すれば時計の展示に使えます。箱のサイズは幅
12.5センチメートル、奥行 8.1センチメートル、閉じた状態の高さ 5.1センチメートルです。この箱の税込価格は 18,000円ですが、時計をお買い上げいただいた方には税込価格
5,200円にてご提供いたします。
本品は現代の時計に無いデザイン性、優秀なムーヴメント、優れた保存状態のアンティーク時計です。当店は修理にも対応しますので、お買い上げいただいた方には長くご満足いただけます。本品は我が国でも数少ない公認上級時計師(Certified
Master Watchmaker, CMW)にオーバーホールしていただき、快調に動作しています。
当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。
時計の本体価格 185,000円
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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