いまから七十年近く前、1949年のアメリカで製作された腕時計。電池ではなく、ぜんまいで動く機械式時計です。手首に沿って軽く湾曲するレクタンギュラー型(長方形)ケースが、快適な着用感を保証します。バンドを取り付ける突起は愛らしい珠(たま)型です。
本品はもともと男性用に作られた時計ですが、二十世紀中頃の時計は現代の製品に比べて小ぶりで、本品はとりわけスリムなデザインですので、女性にも違和感なくお使いいただけます。お好みの色、材質のバンドを取り付けることが可能で、商品写真はひとつの同じ時計に三通りのバンドを組み合わせて撮影しています。時計の在庫点数は、一点です。
時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する容器、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を「ケース」(英
case)と呼びます。ケースはベゼルと裏蓋に分かれます。「ベゼル」(英 bezel)とは、ケースの前面、文字盤と風防を取り囲む部分のことです。
本品のケースの材質は、十カラット・イエロー・ゴールドによるゴールド・フィルドです。 「ゴールド・フィルド」(英 gold filled)とは板状の金をベース・メタルに張り付けたもので、ヴィンテージ時計(アンティーク時計)のケースに最もよく使われる素材です。現代の金めっき(エレクトロプレート)に比べると、ゴールド・フィルドの金の厚みは十数倍ないし数十倍に達します。金の層が厚いため、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は十カラット・ゴールド(純度
10/24のゴールド 十金)で、十八カラット・ゴールド(純度 18/24のゴールド 十八金)に比べて金そのものの強度も格段に強く、日々使用する時計ケースの素材として優れています。
上の写真はケースの裏蓋で、「十カラット・ゴールド・フィルド」(10K GOLD FILLED)の文字と、ケースのシリアル番号が刻印されています。ケース裏蓋及ぶラグの裏に金の摩滅はほとんど認められず、ゴールド・フィル(金張り)の厚みがうかがえます。ラグの表側は最も突出した部分が袖などと擦れ合いますので、この部分の金にのみ、直径一ミリメートルほどの摩滅が見られます。
時計ケースの形状や、文字盤とインデックスのデザインには、時代ごとに特徴があります。1950年代の時計デザインには、1920年代に次いで、アール・デコ様式の特徴がはっきりと表れます。本品は
1949年製ですが、時計の意匠が個性的で華やかになった1950年代の特徴が既に現れており、文字盤を挟んでベゼルの上下に見られるフルーティング(英
fluting 溝を並行させた装飾)や、珠状のラグ、ケースと同様に長方形で構成された幾何学的デザインの文字盤は、完全なアール・デコ様式に基づきます。
ケースの形状に関しては、1940年代から50年代にかけて、腕時計は四角いデザインが流行しました。ここで言う「四角いデザイン」はトノー(樽)型やクッション型を含みますが、本品のケースはレクタンギュラー型、すなわち長方形で、まったく四角い形をしています。
時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英
index)といいます。
本品の文字盤は完全なアール・デコ様式で、グレーの地に、茶色と銀色による長方形の枠がインデックスを囲みます。六時の位置にある小文字盤は、インデックスの背景が茶色の長方形となっています。
インデックスの様式にも年代ごとの流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字ですが、1950年代から
1960年代半ば頃までの時計では、アラビア数字とバー・インデックス(線状のインデックス)が混用されます。1960年代後半から 1970年代の時計は十二時以外のすべてがバー・インデックスです。本品はケースのデザイン、文字盤の図形的構成とも
1950年代の様式を先取りしていますが、インデックスは「ブレゲ数字」と呼ばれる斜体のアラビア数字で、1940年代の特徴を留めています。
なお上の拡大写真は、実物よりもはるかに大きなサイズですので、文字盤の小きずがよく識別できます。しかしながら実物は写真よりもずっと小さく、さらに風防(ガラス)越しに見ますから、本品の文字盤は上の拡大写真よりもずっと綺麗に見えます。アンティーク品が長い年月をかけて獲得した風合いを、「古色」といいます。古色は真正のアンティーク品ならではの風合いで、レプリカには見られません。筆者(広川)はアンティーク品の古色が好きで、保存状態が良すぎるとむしろ物足りなく思うぐらいですので、本品の文字盤には大きな魅力を感じます。
本品をはじめ、四角い時計のケースはほとんどすべて「こじ開け式」です。手首に沿って湾曲した裏蓋を外すと、内側に「ブローバ」(BULOVA)、「ニューヨーク五番街」FIFTH
AVE., NEW YORK)の刻印が見えます。ブローバ・ウォッチ・カンパニーの本社は、当時、ニューヨーク五番街に置かれていました。
上の写真は本品が搭載する 7 3/4 x 11リーニュの手巻きムーヴメント、「ブローバ キャリバー 7AK」です。「ブローバ キャリバー 7AK」はドレス・ウォッチ用に開発された二十一石の高級ムーヴメントで、軍用時計には使われていません。
筆者(広川)の考えによると、「キャリバー 7AK」は、ブローバが 1930 - 40年代に製作した最高のムーヴメントです。「キャリバー 7AK」の製作時期は、1936年から
1949年です。本機は 1949年製ですから、最後の機械のひとつです。
ブローバのムーヴメントはスイス製エボーシュを基に製作されることが多く、「キャリバー 7AK」も ETA社の「キャリバー 735」を基にしています。しかしながら「ETA キャリバー
735」と「ブローバ キャリバー 7AK」を比べると、輪列の配置こそ同じですが、ひげぜんまいも天真も異なります。「ブローバ キャリバー 7AK」のひげぜんまいは、高級なブレゲひげに変更されています。地板と受けの形状も、裏押さえをはじめとする細部の形状も変更されています。石数も「ETA キャリバー
735」が十五石あるいは十六石であるのに対し、「ブローバ キャリバー 7AK」は五個ないし六個のルビーを加えて、二十一石としています。改変の規模が大きすぎて、これではブローバの自社製ムーヴメントと呼ばざるを得ません。実際、「ブローバ キャリバー
7AK」の受けには「アメリカ合衆国」(U. S. A.)の文字が刻まれています。
上の写真は 1966年のブローバ社の広告で、写真に写っている時計はすべての部品が自社で制作されていることを示ししています。広告の下部には、ブローバ社が石(軸受等に使われるルビー)以外の部品を、他のどの時計会社よりも高い比率で自社製としていることが説明され、「思い通りのものが欲しければ、自分で作ろう」(If
you want something done right, do it yourself.)と書かれています。
この広告が示すように、ブローバ社は非常に高い時計製作技術を持っていました。「ブローバ キャリバー 7AK」も、「ETA キャリバー 735」の原形をほとんど留めないまでに改変しています。これほど手を加えるのであれば、設計・開発と製作の全てを自社で行えばよいと思いますが、何らかの経営的判断があったのでしょうか。とにかく「ブローバ キャリバー
7AK」は、ETA製エボーシュ(仏 ébauche ムーヴメントの半完成品)を基にしつつ、元よりもはるかに良い機械へとチューンナップされた興味深いムーヴメントです。
機械式時計はクロックとウォッチに分かれ、クロックの一部は振り子式です。振り子は機械式時計の本体であり、機械式時計は振り子の規則的な振動(往復運動)によって時を計っています。しかるにウォッチすなわち携帯用時計(懐中時計と腕時計)には、振り子を取り付けることができません。時計が傾くと、振り子の動きが止まるからです。そこで考案されたのが、ひげぜんまいを有する天符(てんぷ)です。ひげぜんまいを有する天符は、振り子と同様の等時性を以て振動し、傾けても止まりません。
上の写真で手前左側に写っている大きな輪が、天符です。「ブローバ キャリバー 7AK」の振動数は「一万八千振動」(A/h = 18,000)で、これは天符が一秒間に二・五回、一時間に九千回の割合で振動する(往復しつつ回転する)という意味です。上の写真では天符が高速で振動しているため、天輪の腕とチラネジがぶれて写っています。しかしながら天輪はあたかも動いていないかのようにくっきりとした軌跡を描いており、天真(てんしん 天符の中心軸)に曲がりが無いことがお分かりいただけます。天符の右上にムーヴメントの型式(7AK)、その右側に製造年の刻印(49)が見えます。
良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、高級時計の部品として使用されるのです。必要な部分すべてにルビーを入れると、「十七石」(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントは「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」(英
a high jewel movement)と呼ばれる高級品です。ルビーの数は十七石あれば十分とされますが、本品はさらに四個のルビーを付加し、二十一石のムーヴメントとしています。上の写真の手前左、ムーヴメントの縁に近いところに、「二十一石」(21
JEWELS)の文字が刻まれています。
「ブローバ キャリバー 7AK」は電池で動く「クォーツ式」ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。機械式ムーヴメントには「手巻き」と「自動巻き」がありますが、「ブローバ キャリバー
7AK」は手巻きムーヴメントですので、時計を使用する人が、一日一回、ぜんまいを自分で巻き上げる必要があります。ケースの三時方向から外側に、竜頭(りゅうず)と呼ばれるツマミが突出しています。竜頭を指先でつまんで回転させると、誰でも簡単にぜんまいを巻き上げることができます。
「ブローバ キャリバー 7AK」は「パワー・リザーヴ四十七時間」といって、ぜんまいを完全に巻き上げると、およそ二日間、止まらずに駆動します。機械式腕時計のパワー・リザーヴは三十八時間ぐらいが普通ですから、「ブローバ キャリバー
7AK」はたいへん優秀な機械です。
機械式時計はぜんまいを巻いて放置するとやがて止まりますが、しばらく使わないのであればそのまま放っておいて構いません。クォーツ式時計を長期間使わずに放置すると、古い電池が液漏れを起こして時計が壊れます。しかしながら機械式時計には電池が入っていないので、何十年、何百年、何千年と放置しても壊れません。ただし極端に長く放置すると潤滑油が固まり、分解掃除が必要になります。数年に一度の割合で、分解掃除はいずれにせよ必要になりますが、手首に装着しない場合でも、ときどきぜんまいを巻いて動かしてやると、潤滑油が固まりにくくなります。
本品に限らずアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、バンドの種類や色はお好みに合うものをお使いいただけます。バンドの色を変更すると、ずいぶん雰囲気が変わります。本品はもともと男性用として作られた時計ですが、アンティーク時計は男性用であっても現代のものほど大きくないので、女性にもお使いいただけます。
時計の十二時側と六時側には、バンドを取り付けるための突起があります。この突起を「ラグ」(英 lugs)といいます。時計に適合するバンド幅とは、時計に取り付ける部分の幅のことで、これは左右のラグ間の距離と同じです。
1930年代から 1940年代にかけて、男性の間で非常にスリムなレクタンギュラー・ウォッチ(長方形の時計)が流行しました。本品もそのような時計のひとつです。この時代に製作された男性用レクタンギュラー・ウォッチは、たいていの場合、ラグ間の距離、すなわちバンド幅が十四ミリメートルです。本品のバンド幅も十四ミリメートルで、上の写真ではこのサイズの革バンド(時計に取り付ける部分の幅が十四ミリメートルのバンド)を付けています。
しかしながら幅十四ミリメートルの革バンドは、女性が使う場合は問題無いのですが、男性が使うには難があります。現在作られている幅十四ミリメートルの革バンドは女性用で、末端に近づくにつれて幅が狭くなってゆきます。このような革バンドを男性が使うと、女性向きデザインであるゆえに、どうしても違和感があります。
1949年当時には、本品のように細長い男性用時計用に、取り付け部分だけでなくバンド全体に亙って十四ミリメートル幅の革バンドが作られていました。このようなバンドは、現在ではなかなか手に入れることができません。
男性が本品を使う場合、バンドの問題を解決する方法は、ふたつあります。第一の方法は、幅が広い男性用革バンドの取り付け部分を加工して、時計の幅に合わせることです。上の写真に写っている革バンドの幅は十八ミリメートルですが、時計に取り付ける部分の両端を切り欠いて、幅十四ミリメートルとしています。この方法を採れば革の質感や色などに選択の幅が出ますし、革バンドであれば手首のサイズを気にせずに選べます。
第二の方法は、金属製バンドを使うことです。金属製バンドは全体が同じ幅ですので、男性が使っても違和感がありません。ただし男性用アンティーク時計に使われる金属製バンドは上の写真のような伸縮式で、切れ目が無いため、手首のサイズに適合した金属製バンドを探す必要があります。写真に写っているもの以外の金属製バンドも、当店には在庫しています。
バンドよりも心配なのが、時計が壊れた場合の修理です。アンティーク時計はどこの店でも修理に対応しない「現状売り」が普通ですが、当店ではアンティーク時計の修理が可能です。本品に関しても、当店では修理が必要となった場合に備え、貴重な部品を保管し、きちんと管理しています。上の写真で本品とともに写っているのは、「ブローバ キャリバー
7AK」のスペア・ムーヴメント(部品取り用ムーヴメント)です。下段左端の「ブローバ キャリバー 7AP」は、「キャリバー 7AK」と共通する部品を多く含みます。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。
上の写真は一枚目が男性による着用例、二枚目が女性による着用例です。
当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。遠慮なくご相談くださいませ。
本体価格 68,000円
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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