女性用金無垢時計 《インターナショナル・ウォッチ・カンパニー キャリバー84 16石》 一生使えるデザイン 富裕層向けの稀少品 1920年代



 スイスのインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(IWC社)が 1930年代に制作した手巻時計。本品のケース(英 case 時計本体の外側)は、めっきではない金でできています。突出部分を除くケースの直径は、22ミリメートルあまりです。





 クロック(英 a clock 置時計や掛時計)に対して、ウォッチ(英 a watch 携帯用時計)といえば現代では腕時計を連想します。しかしながらウォッチはもともと懐中時計のことでした。十九世紀のウォッチはすべて懐中時計でしたが、二十世紀に入るとおしゃれな女性が小さな懐中時計を手首に巻きつけて使い始めました。やがて 1920年頃には女性用の腕時計専用機が登場します。

 男性に腕時計が普及し始めるのは、1930年代のことです。初期の男性用腕時計は現代のものよりも小さく、そのサイズは本品とあまり変わりません。しかしながら本品は 1920年代に制作されており、1920年代の男性はまず間違いなく懐中時計を使っていましたので、本品は女性用であることがわかります。本品に搭載されているキャリバー84は IWC社が女性用腕時計のために開発した初期のムーヴメント(英 movement 内部の機械)で、当時スイス製高級時計の標準であった十五石に一石を追加し、さらに上質の時計に仕上げています。





 懐中時計のムーヴメントはすべて円形でしたが、二十世紀に入って手首に時計を着け始めた女性たちは、これまでの円い時計とは異なる四角い時計を欲しがりました。当時は女性の社会進出も進んでいませんでしたので、女性用時計においてはデザイン性が最も優先され、1920年代には四角いケースに合わせた形状の腕時計用ムーヴメントが開発されました。

 しかるに IWC社は懐中時計時代以来の実績がある円形ムーヴメントを使い、いわば流行に媚びない円い時計を制作していました。正統的な時計デザインは、現在に至るまで IWC社の変わらぬポリシーです。本品も 1920年代の世界を風靡したアール・デコの影響を受けてはいますが、奇を衒わず飽きが来ない円形ケースと、ややもすれば当時の人々から時代遅れと捉えられかねない懐中時計風文字盤は、同社の流儀通りです。





 時計において、針が動く背景となる板状の部品を、文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。アンティーク時計の文字盤は強く変色していることも多いですが、本品も文字盤は琺瑯(ほうろう)すなわち白色不透明ガラスのエマイユでできていますので、変色は決して起こりません。

 琺瑯文字盤は金属の上にガラスを融着させたものです。金属とガラスは熱膨張率が大きく異なりますから、長い年月のうちに罅(ひび)が入ることがあります。しかしながら本品の文字盤にはまったく瑕疵が無く、年月を感じさせない綺麗な状態です。

 文字盤中央の上部には、現在まで引き継がれている流麗な筆記体で、インターナショナル・ウォッチ・カンパニー(International Watch Co.)のロゴが記されています。インターナショナル・ウォッチ・カンパニー(IWC社)は我が国で言えば明治元年にあたる 1868年にスイスで創業した時計会社で、数百万円から数千万円の高級時計を作っているマニュファクチュールです。現在の本社はスイスの北端、ドイツとの国境に近いシャフハウゼン(Schaffhausen)にあります。





 時計の文字盤には時刻を表す刻み目や数字が配置されており、これをインデックス(英 index)と呼んでいます。インデックスの様式には、時代ごとにはっきりとした流行があります。本品のように五分毎のインデックスをすべてアラビア数字で表示するのは、1940年代以前の特徴です。本品のアラビア数字は如何にも 1920年代らしいアール・デコ様式の字体で、専門の職人によって書かれています。

 針はいずれも青焼き(ブルー・スティール)です。有窓の長針と短針はブレゲ針ですが、通常は円い窓が、本品では四角形です。四角い窓の変形ブレゲ針は、インデックスの角ばったアラビア数字とともに、アール・デコ全盛期ならではの特徴となっています。





 現代の腕時計には、短針、長針と同じく文字盤中央に、長い秒針が取り付けられています。現代の時計のように短針、長針、秒針の三本を全て文字盤中央に取り付ける方式を、中三針(なかさんしん)式と呼びます。

 中三針のムーヴメントは作るのが難しく、1960年代になってようやく普及しました。それ以前の時代の時計は秒針が無いか、あるいは六時の位置の小文字盤に小さな秒針を付けました。後者の方式を小秒針式と呼びます。本品は小秒針式です。





 小秒針は小さいので、あらゆる年代の人にとって見やすいとはいえません。実際、小秒針式時計の時代(1950年代以前)には、看護師や医師が脈拍を計るなど秒単位の測定が本当に必要な場合、ストップウォッチが使われました。男性用時計には小秒針が付いていましたが、これは実用というよりも象徴でした。二十世紀、特に二十世紀前半はほぼ完全な男性社会でしたから、社会で働く男性の時計には正確さを象徴する小秒針が取り付けられました。

 これに対して当時の女性は家庭にいるものでしたから、男性用時計のような正確さの象徴は不要でした。男性用時計より更に小さな秒針は見づらいという理由も加わり、昔の女性用時計には秒針が無いのが普通です。





 しかるに本品の文字盤を振り返ると、長針一分毎に刻み目が周囲に書かれています。さらに六時の位置には懐中時計を髣髴させる小文字盤と小秒針が付いています。小秒針に書かれた数字は、十九世紀と変わらないオーソドックスな書体です。

 一分毎の刻み目も、小文字盤と小秒針も、1920年代の女性用時計には付けないのが普通です。それにもかかわらず本品がこれらの特徴を備えているのは、IWC社が本品の機械(キャリバー 84)の正確さに自信を持っていたことの証しであるとともに、正統的時計デザインを貫く社風の表れでもあります。





 男性が持つ懐中時計をそのまま小さくしたような文字盤デザインは本品の特徴ですが、初期の腕時計である本品は、懐中時計を髣髴させる他の特徴も併せ持ちます。すなわち本品のケースはベゼル(風防の枠)、ケース本体(ムーヴメントの枠)、裏蓋の三つに分かれますが、これは懐中時計を引き継ぐ特徴です。裏蓋が蝶番(ちょうつがい)式であるのも、懐中時計時代の名残り(なごり)です。

 1920年代の腕時計はワイアラグ式といって、バンドの取り付け方が現代の腕時計とは異なります。これは現在では見られなくなった方式で、初期の腕時計の特徴です。





 三時の位置から突出するツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。アンティーク腕時計において、ぜんまいの巻き上げと時刻合わせは竜頭で行ないます。竜頭を引き出さずに回すと、ぜんまいが巻けます。一段引き出して回すと、時刻合わせができます。竜頭の操作は簡単で、時計に詳しくない人でもすぐに慣れて自由に扱えるようになります。





 ケースの裏蓋を開けると、我が国の吉田時計店のマーク(YS)、オリエント・ウォッチ・カンパニーすなわち東洋時計の文字、十八金(18K, 750 FINE)の文字が刻印されています。IWC社はスイスのメーカーですから、本品はおそらく元々の金張りケースを、金無垢に替えたものであることがわかります。吉田時計店(東洋時計、現オリエント)は外国製懐中時計の輸入販売商社として創業し、1913年頃から懐中時計用の金無垢ケースを制作し始めました。

 本品が制作されたのはおよそ百年前です。当時の日本は、現在では想像もできないほど貧富の差が激しい社会でした。当店の所在地である兵庫県神戸市でも旧住吉村一帯、村山カーブで知られる御影一帯、ヘルマンハイツ(西岡本七丁目)など目を見張るような御屋敷町がある一方で、誰一人としてまともな衣服を身に着けていないようなスラム街、細民街がありました。貧民、細民とは言わないまでも、普通の人の暮らしはごく質素で、自分の腕時計を所有している人などほんのわずかだったのです。国民の間に腕時計が普及し始めるのは、第二次世界大戦後のことです。





 本品は尾錠も金無垢です。

 IWC社の時計は現在でも百貨店や高級時計専門店が取り扱っており、現行品の価格は最も安くておよそ八十万円、金無垢時計は一千万円を超えます。ヨーロッパの品物が舶来品として珍重された当時、普通の人に IWCの時計を買うことはできませんでした。金張りケースでも十分すぎるほどの贅沢品であった IWCを、金無垢ケースに載せ替えたのが本品です。

 一般社会に腕時計が未だ普及していない1920年代に作られた本品は IWCの現行品よりも高価であったはずですが、価格を裏切ることなく、今も順調に動いています。どのような女性がこの時計を所有していたのか、想像が膨らみます。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。 現代の時計はクォーツ式時計といって、電池で動くクォーツ・ムーヴメントを使っています。クォーツ式時計が普及したのは 1970年代後半以降で、それ以前の時計は電池ではなくぜんまいで動いていました。

 電池で動く時計をクォーツ式時計と呼ぶのに対して、ぜんまいで動く時計を機械式時計といいます。アンティーク時計はすべて機械式時計です。本品も機械式時計で、電池ではなくぜんまいで動きます。電池は不要なので、本品のムーヴメントには電池を入れる場所がありません。なお機械式時計には自動的にぜんまいを巻き上げる自動巻(オートマティック)方式もありますが、1920年代当時、自動巻の時計は未だ発明されていませんでした。本品を含め、この時代の時計はすべて手巻式で、手動でぜんまいを巻き上げます。

 竜頭を指先でつまんで回転させれば、誰でも簡単にぜんまいを巻くことができます。竜頭を一段階引き出して回転させると時刻合わせができますが、これは現代の腕時計と同じです。竜頭の操作(ぜんまいの巻き上げと時刻合わせ)は簡単ですので、アンティーク時計が初めての方でも全く心配はいりません。ぜんまいを十分に巻き上げると、時計は一日半動きます。そのまま放っておくと止まるので、一日一回以上ぜんまいを巻き上げてください。なお時計を長年ご愛用いただいて竜頭が摩耗しても、当店にていつでも取り換え可能ですのでご安心ください。





 本品のムーヴメントは直径 8 3/4リーニュ(19.74ミリメートル)、十六石の IWCキャリバー84です。ムーヴメントの受け側(裏蓋を開けるとすぐに見える側)には、IWCのマークが刻まれています。

 良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、時計の部品として使用されるのです。上の写真ではムーヴメントの表面に五個の赤いルビーが写っています。それぞれのルビーには、シャトン(仏 un chaton)と呼ばれる金製の枠が付いています。文字盤を外さないと見えないムーヴメントの地板側やムーヴメントの内部を含めると、本品には合計十六個のルビーが使われています。





 1920年代当時、腕時計そのものが所有する人の少ない高級品でしたが、ムーヴメントに使われるルビーの数は七石がふつうで、多いものでは十五石でした。本品のケースを作った吉田時計店は 1930年代半ばに自社製ムーブメントを制作し始めましたが、ロックル・スペシャルと名付けられた高級ラインでもたいていは十石でした。IWCにおいても、本品キャリバー84とよく似た10リーニュの懐中時計用ムーヴメント(キャリバー76)は十五石です。しかしながら本品(キャリバー84)はさらに一石を加えて、十六石のムーヴメントになっています。





 上の写真は本品ムーヴメントから針と文字盤を取り除き、地板側を撮影しています。紡錘形の中に IWC、その上下にプロブス(PROBUS)とスカフーシア(SCAFUSIA)の文字が読めます。プロブス(PROBUS)はラテン語の形容詞で、品質優良という意味です。スカフーシア(SCAFUSIA)はラテン語の形容詞で、スカフーサ(SCAFUSA)の、という意味です。IWCが所在する地名シャフハウゼンはドイツ語で、そのラテン語形がスカフーサです。

 刻印のプロブスは特定の名詞を修飾しているわけではないので、辞書の見出し語と同様に、男性単数主格形になっています。スカフーシアはインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(IWC)がスカフーサ(シャフハウゼン)の会社であるという意味で、カンパニー Company(ラテン語でコンパニア COMPANIA)が女性名詞であるため、女性単数主格形になっています。





 上の写真にムーヴメント表面に施されている線状の装飾は、コート・ド・ジュネーヴと呼ばれています。コート・ド・ジュネーヴ(仏 Côtes de Genève)とはジュネーヴの岸辺という意味のフランス語で、ジュネーヴが面するレマン湖の細波(さざなみ)がモティーフになっています。この面のコート・ド・ジュネーヴ装飾と、地板に隙間なく並んだ小円の装飾は、いずれも丁寧な手作業により、回転する木の円盤でバフ掛けされています。





 アンティーク時計に詳しくない人が見れば、スイス製ムーブメントと国産ケースの組み合わせは奇異に感じられるでしょうが、これは互いに無関係なムーヴメントとケースを適当に組み合わせたものではありません。

 IWCキャリバー84は直径 8 3/4リーニュ、19.74ミリメートルというサイズですが、これはムーヴメントがケースに嵌まり込む部分の直径であって、地板の直径はこれよりわずかに大きくなります。地板の直径が合わないと、ベゼルが嵌まりません。またムーヴメントの直径とは別に厚さの問題、文字盤との整合性の問題もあります。適当な(似たような)ケースを持ってきて無関係のムーヴメントを入れようとしても、なかなか合わせられるものではありません。

 すでに説明した通り、1920年代の我が国では、吉田時計店が富裕層向けに舶来時計用金無垢ケースを制作していました。本品の金無垢ケースは吉田時計店が IWCキャリバー 84のために制作した専用ケースです。無関係のケースとムーヴメントを組み合わせたのではないかとの心配は無用です。ご安心ください。





 上の写真は女性モデルが本品を着用しています。バンドはお好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。

 アンティーク時計を安心してご購入いただくために、全般的な解説ページをご用意いたしました。アンティーク時計は現状売りが普通ですが、当店はアンティーク時計の修理にも対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。

 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 380,000円 販売終了 SOLD

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