真珠 その八 b. 無核の海産養殖真珠(芥子真珠)
les perles ― 8b. Keshi, ou les perles marines de culture sans noyaux
(上) 養殖シロチョウガイの無核真珠によるピアス式イヤリング。当店の商品です。
養殖された海産真珠貝から無核の真珠が採取されることがあり、このような真珠を芥子(けし)真珠と呼んでいます。本稿ではこれらの芥子真珠を取り上げます。
【芥子真珠の定義】
もともと芥子真珠とは養殖アコヤガイの外套膜中に形成される小さな無核真珠のことでした。養殖アコヤガイの外套膜中に見出される無核真珠は天然真珠と同質で、サイズも天然真珠と同様に小さいゆえに芥子粒になぞらえられ、諸外国でも
"keshi" と呼ばれています。しかしながら芥子真珠(keshi)の語義は次第に拡大され、現在では各種海産養殖真珠貝(アコヤガイ、クロチョウガイ、シロチョウガイ)の生殖巣から採取される無核真珠も、芥子(keshi)と呼ばれるようになっています。アコヤガイの生殖巣から採れる芥子は小粒ですが、クロチョウガイやシロチョウガイの芥子はアコヤガイの芥子に比べて大きく、有核あこや真珠に勝るサイズの芥子もしばしば見られます。
真珠養殖が始まる以前の時代、真珠はすべて天然真珠でした。天然真珠は人間といっさい関わることなく、自然の生息地で生まれ育つ野生の貝が、まったく偶然に形成したものです。天然真珠をこのように定義するならば、養殖真珠貝から時おり見つかる芥子真珠が無核であっても天然真珠でないことは、自ずから明らかです。
【芥子真珠の成因】
真珠貝の生殖巣における芥子真珠のでき方は、個別の真珠ごとに異なると思われます。しかしながら最も有力な成因としては、次の二つが考えられています。その一つめは、挿入された核を包む真珠袋が形成された後に、貝が核を排出した場合です。二つめは、挿核手術で傷を負った箇所に、核が無いにもかかわらず真珠袋が形成された場合です。
【芥子真珠の価値】
養殖アコヤガイの芥子真珠。写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。
天然真珠は中心から表面までの全体が真珠層でできている一方で、芥子真珠(無核養殖然真珠)は、後述するように、中心部が空洞であったり、専らコンキオリンの層であったりする場合がほとんどです。しかしながら芥子真珠の真珠層は有核養殖真珠に比べればはるかに厚く、優れた照り(光沢)を有します。芥子真珠の優れた真珠光沢は、天然真珠に十分に匹敵します。
天然真珠の表面は瑕疵(かし 欠点、キズ)が多いですが、芥子真珠(無核養殖然真珠)の表面はたいへん滑らかで、天然真珠が有するように顕著な瑕疵は見られません。稀少性は天然真珠が勝りますが、美しさは芥子真珠が勝ります。天然真珠は圧倒的に稀少ですが、芥子真珠も天然真珠ほどではないにせよ偶然の産物であり、計画的に生産できる有核養殖真珠に比べるとはるかに稀少です。
クロチョウガイ、シロチョウガイからは大型の芥子真珠が採れます。上の写真はゴールド・リップの養殖シロチョウ真珠で、すべて養殖真珠です。五個の大珠は有核真珠、それ以外は芥子真珠です。写真に写っている芥子真珠のうち、球に近いものは十ミリメートル以上の直径を有します。なおゴールド・リップのシロチョウ真珠はたいへん美しい金色ですが、これは染色したのではなく、天然の色です。上の写真に写っている真珠は、いずれも当店の商品です。
【天然真珠と芥子真珠の鑑別】
海産養殖真珠の芥子、すなわち無核の海産養殖真珠は、次の諸点に着目すれば、海産天然真珠から肉眼で見分けることができます。
・最も簡単な見分け方は、表面の美しさに注目します。天然真珠の表面は瑕疵(かし キズ)が目立ちますが、無核養殖真珠の表面にはほとんど無傷で、完璧に近い美しさを誇ります。このような美しさは、天然真珠ではありえません。
・ネックレスの場合、芥子真珠は養殖真珠であるゆえに数が多く、色や形、大きさを揃えて理想的な連を組むことができます。同じ養殖場で採れた真珠は色が揃い易いですし、形と大きさに関しても真珠の母数が大きいゆえに、揃えることは比較的容易です。しかるに天然真珠において色、形、大きさが揃った完璧な連組みを実現することは不可能です。
・個々の真珠の形について言うと、天然真珠では真球に近いものが稀に出現します。しかしながら無核養殖真珠が真球に育つことはまずありません。無核養殖真珠に最も多いのは少し扁平なボタン型で、楕円状、しずく状、不規則なバロックもよく見られます。
以上の三点は肉眼で容易に確認できる特徴です。天然真珠の解説ページでは、サマセット・モームによる 1936年の短編「物知りさん」を取り上げました。「物知りさん」は模造真珠と天然真珠を見分ける話で、無核の養殖真珠とは無関係ですが、ラムゼイ夫人のネックレスが天然真珠であることを一目で見抜いたマックス・ケラダ氏は、上に述べたような天然真珠の特徴を知り尽くしていたのです。
モームの「物知りさん」は九十年近く前の作品ですが、現代ではエックス線による精密な断層撮影によって、無核の養殖真珠を非破壊的に天然真珠から見分けることが可能です。以下の写真はいずれもスイス宝石学協会(Swiss
Gemmological Institute SSEF)発行のニュース・レター 2010年5月号に掲載されたミヒャエル・S・クルツェムニキ博士の報告(Trade Alert: “Keshi” cultured pearls are entering the natural pearl trade, by Dr. Michael S. Krzemnicki, gemlab@ssef.ch)によります。
無核の養殖真珠は、内部構造が天然真珠と異なっています。
上の写真は様々な種類の海産真珠貝から採取された無核養殖真珠(芥子真珠)の断面です。これを見てわかるように、多くの芥子真珠は中心が空洞になっています。この空洞は真珠袋が形成された後に、核が排出されたことにより生じています。"1st
bead rejected" とあるのは、ファースト・オペレーションの核が排出されてできた無核真珠です。"2nd bead
rejected" とあるのは、セカンド・オペレーションの核が排出されてできた無核真珠です。
中心が空洞になっていない芥子真珠は、養殖真珠貝の生殖巣内で、核を持たずに形成を開始しています。このような芥子真珠の断面には、あたかも細胞の核膜にも似て、中心部を取り巻く暗色の層が観察できます。かかる暗色の層は、無核の養殖真珠(芥子真珠)を天然真珠と分かつ特徴です。天然真珠は均等な割合で育つゆえに、芥子真珠に見られるような暗色の層を形成しません。
クルツェムニキ博士の報告から引用した最初の写真では、芥子真珠を実際に切断して観察していました。しかしながらエックス線を用いると、真珠内部の様子を非破壊的に観察することが可能です。すぐ上に示した二点の写真は、エックス線を用いて無核養殖真珠(芥子真珠)を断層撮影したものです。
一枚めの写真には亀裂に似た形状の空洞が、黒っぽい曲線として写っています。この例では真珠袋の形成直後に核が排出されたため、真珠袋が扁平に潰れた状態で、無核真珠が形成されたことがわかります。亀裂のように写っているのは、扁平に潰れた空洞の断面です。
二枚めの写真では、無核養殖真珠の中心部にある大きな空洞が立体的に捉えられています。この空洞は扁平に潰れていないので、真珠袋が形成されてから核が排出されるまでに、ある程度の時間が経過したことがわかります。
上に示すのは、核を持たずに形成を開始した無核養殖真珠(芥子真珠)の断層写真です。このような芥子真珠の場合、内部に空洞は無く、空洞の代わりに大きな暗色部分が確認できます。暗色部分はコンキオリンの層で、小さな白点を取り巻いて成長しています。中心にある小さな白点は、貝殻の内側表面及び真珠表層部の真珠層と同質です。上の写真のサンプルにおいて白点の数は一つですが、複数の白点を有する例もあります。さらにこの断層写真には、芥子真珠を実際に切断した際に確認できた薄く黒い膜が、幾重にも亙って真珠を取り巻く様子が写っています。
上のような断層写真は真珠が徐々に成長する過程を示すゆえに、天然真珠である証拠と誤解されることがあります。しかしながら外套膜内に形成される天然真珠は中心部から表層までが全く同質であり、中央部に厚く顕著なコンキオリンの層が写ることはありません。無核真珠の断層写真がこのように写れば、それは養殖真珠貝の生殖巣内で形成された芥子真珠であることを示します。
上に示すのは海産無核真珠で作ったネックレスの写真と、エックス線で断層撮影した結果です。ネックレスを肉眼で見たところ、真珠の形と大きさが天然真珠ではあり得ないほど綺麗に揃っています。色もよく揃っているので、このネックレスに使用されている海産無核真珠は、おそらく全て同じ養殖場で採れたものと判断できます。断層写真を見ると、少なくとも幾つかの真珠は、これまでに述べた無核養殖真珠の特徴をはっきりと示しています。
なお淡水で養殖される大型真珠貝からは、大きな無核真珠が採れます。無核の淡水養殖真珠は真珠全体が真珠層でできており、芥子真珠に準ずるものと考えることが出来ます。淡水真珠については別稿で扱います。
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