真珠 その二 アコヤガイとあこや真珠
huîtres perlières marines et leur perles ― 2. Pinctada fucata martensii et ses perles


 アコヤガイ


 以下に説明する海産真珠貝のうち、二枚貝はすべてウグイスガイ科(Pteriidae)に属します。真珠を作る二枚貝を英語でパール・オイスター(英 a pearl oyster)、フランス語でユイートル・ペルリエール(仏 une huîtres perlière)と呼びます。いずれも真珠牡蠣の意ですが、アコヤガイをはじめとする真珠貝は牡蠣ではありません(註1)。


・あこや真珠

 宝石質の真珠を生み出す海産の貝は暖かい水域を好みます。アコヤガイ(註2)も例外ではありません。アコヤガイ(Pinctada fucata ベニコチョウガイ)はアコヤガイ属の二枚貝で、ペルシャ湾、スリランカ、カリブ海など世界各地の暖海に分布し、わが国でも房総半島以南に産します。わが国におけるあこや真珠の養殖は、壱岐、対馬、大村湾、宇和海、土佐湾、熊野灘の五ヶ所湾、志摩の英虞湾などで行われています。




(上) 日本在来のアコヤガイ 三重県志摩市産



(上) 日本在来のアコヤガイと中国産アコヤガイの交配種



(上) インドのアコヤガイ タミール・ナドゥ州産


 真珠層を照らす光は干渉を起こします。すなわち真珠層に反射されて見る者の目に戻ってくる光は、様々な深さで反射された光が合成されているゆえに波形が変化します。白色光が 0.3ないし0.4ミクロンの多層膜によって反射された場合、多層膜に乱れがなく厚さが均一であれば、人間の目にはピンクの干渉色が見えます。アラゴナイトは無色ですが、あこや真珠のコンキオリンは黄色の色素を含むので、時に鮮やかな金色の真珠となります。あこや真珠は出荷前に漂白されるので、我々が目にする真珠は白っぽい色ですが、無調色(無染色)の真珠層に重なる上品なピンクは色素の色ではなく、光の干渉による色です。ピンクの染料を使って染めた真珠はやがて色落ちしますが、優れた巻きの真珠、すなわちアラゴナイトの層が均一で、乱れが無い真珠のピンク色は、年月が経っても決して変化しません。




(上) 業者向けに卸売りされる首飾り用の真珠。これらの真珠は漂白済みですが、少し黄色味が残っています。


 女性に最も人気があるのは、あこや真珠に本来多い黄色がかった珠ではなく、ピンクの珠です。それゆえアコヤガイの品種や養殖法はピンクの珠を目指して改良され、近年では中国、ベトナム等でも美しいピンクのあこや真珠が採れます。しかるに数十年前まで、ピンクの干渉色は日本産あこや真珠に特有の色とされていました。異種の海産真珠貝が作る真珠にピンクの干渉色は見られませんし、外国産あこや真珠にもピンクの干渉色を呈するものはなかなかなかったのです。これはアコヤガイが優れた巻きの真珠を作るうえで、日本の養殖法が優れていたからでもあるでしょうが、日本の海中環境自体があこや真珠の成長に適していたからでもあろうと筆者(広川)は考えています。

 マルコ・ポーロは「東方見聞録」の『155. チパング島の話』においてチパング島(日本)の驚くべき豊かさを強調し、「真珠も、美しいバラ色の、しかも円くて大きな真珠がたくさんとれる」(青木一夫訳「全訳 マルコ・ポーロ東方見聞録」 校倉書房 1960年)と記しています。マルコ・ポーロの話はいつも大袈裟ですが、日本産のピンク系あこや真珠が中国において珍重されていたことは、おそらく事実であろうと思われます(註3)。なお古代インドでは、黄色い真珠は富をもたらす宝物として尊ばれました。黄色味を帯びた真珠が悪い珠であるかのように考えるのは、地域と時代に縛られた偏見に過ぎません。


註1 宝石質の真珠を産する海産二枚貝は、いずれもウグイスガイ目(イタヤガイ目)ウグイスガイ科に属する。しかるに日本語で牡蠣と呼ばれる各種の貝は、いずれもカキ目に分類される。

註2 通説によると、アコヤガイという種名は、知多半島東岸の阿古屋浦がこの貝を多く産したことによる。ただし知多半島で真珠養殖は行われていない。

註3 マルコ・ポーロは真珠の母貝に言及していないので、このピンクの珠は淡水真珠かもしれない。淡水真珠の色はあこや真珠よりも多様で、ピンクを含むさまざまな色を呈する。



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