真珠 その一 真珠の形成と構造
les perles ― 1. Leur formation et structure



(上) クロチョウ真珠とあこや真珠の指環 当店の商品です。


 本稿では真珠の組成と物理化学的性質、及び種類ごとの特徴と産地について取り上げます。アコヤガイとあこや真珠マベガイとマベ真珠クロチョウガイとクロチョウ真珠シロチョウガイとシロチョウ真珠巻貝の真珠海産天然真珠あこや養殖真珠養殖真珠の核旧世界産淡水真珠北アメリカ産淡水真珠真珠のジュエリーについては、それぞれのリンクをクリックしてください。また真珠の象徴性については、このリンクをクリックしてください。なお本稿(真珠 その一からその十二)で引用した図と写真は、当店の商品を除き、いずれもミキモト真珠博物館の展示物を撮影したものです。


【真珠とはどのようなものか】

 真珠と貝殻は同様の過程で形成されます。ここでは貝殻ができる過程を確かめ、真珠の形成過程と比較します。


・貝殻の形成

 貝殻の断面は外側から順に殻皮(外皮殻)、稜柱層(角柱層)、真珠層に分かれます。貝殻の三層はこの順に形成されます。

 貝をはじめとする軟体動物は、外套膜を有します。外套膜(英 mantle 仏 maneau)は文字通り外套(マントル、マント)のように動物の内臓嚢を覆っています。斧足綱(二枚貝)と腹足綱(巻貝、アワビ)の外套膜は石灰質を分泌し、内臓を保護する貝殻を作ります。





 上の図が示すように、外套膜は殻口に近い部分から順に先端部、縁膜部、中心部に分かれます。貝が成長して新たな殻を作るとき、まず外套膜先端部が殻皮(periostracum)と呼ばれる有機質の膜を、次に稜柱層を形成します。貝がさらに成長すると、少し前に形成された殻皮及び稜柱層の内側に、外套膜縁膜部及び中心部によって真珠層が形成されます。


・天然真珠の形成

 外套膜の断面は三層から成り立ちます。外套膜が貝殻に接する部分が外側上皮、内臓嚢に接する部分が内側上皮で、その中間にあるのが結合組織です。





 貝の軟体に何らかの外力が働いて、異物が外套膜の内部(結合組織)に貫入することがあります。寄生虫が体表に穴をあけて侵入や産卵を行う、何らかの理由で砂粒が軟体内に侵入する等の場合がこれに当たります。このとき異物に付着して結合組織に入り込んだ外側上皮の細胞は、異物を取り囲むように増殖して真珠袋を形成し(註1)、貝殻を作るときと同じ物質を、内側に向かって分泌します。すなわち異物が外界(殻の外側)に相当し、異物と軟体を隔てるために、貝殻の真珠層と同じ構造の物体が、外套膜の結合組織内に形成されるのです。これがすなわち真珠であって、真珠とは貝の外套膜内に形成された貝殻であるということができます。

 外套膜外側上皮の役割は、真珠層を形成することです。それゆえ通常は貝殻の内側、すなわち外套膜外側上皮に接する部分が真珠層で被われます。しかるに寄生虫が外套膜に穴を開けて結合組織内に産卵する等の事故が起こった場合、異物とともに外套膜結合組織内に貫入した外側上皮の細胞は、本来の場所で担っていた機能を結合組織内でも忠実に遂行し、異物の表面を真珠層で被うのです。





 真珠は貝殻の真珠層と本質的に同じものです。それゆえにあらゆる種類の貝は真珠を作る能力を有します。しかしながら真珠の表面は貝殻の内面と同一物質、同一構造ですから、貝のほとんどの種類において、真珠は宝石としての価値を有しません。たとえばアサリもハマグリも真珠を作ることがありますが、それらの真珠の表面はアサリ、ハマグリの殻の内側と同様に単なる白色で、真珠光沢を有しません。上の写真はシャコガイの真珠とイガイの真珠で、珍しいものではありますが、やはり宝石としての価値は有しません。




(上) アワビの殻の内側に半球形の張り付いた真珠。各種真珠貝においてこのように形成される真珠を、ブリスター・パール(英 blister pearls 半円真珠)と呼びます。


 宝石質の真珠を作ることができる貝を総称して真珠貝と呼びます。真珠貝は貝殻の内面が宝石のように美しい種類に限られます。海産二枚貝ならばウグイスガイ科の四種(アコヤガイ、マベガイ、クロチョウガイ、シロチョウガイ)、淡水産二枚貝ならばイシガイ科の数種(カラスガイ、イケチョウガイ、ヒレイケチョウガイ、ヌマガイ(ドブガイ)、カワシンジュガイ)が真珠貝です。クジャクアワビをはじめとするミミガイ(註2)は腹足綱(巻貝)に属しますが、やはり美しい真珠を作るので、真珠貝といえます(註3)。



・真珠光沢とは何か

 真珠貝貝殻の真珠層、及び真珠表面の真珠層は、規則正しく並んだアラゴナイト(霰石 註4)の結晶がシートを作り、そのシートが数千層も積み重なって形成されます。各シートの厚さは 0.3ないし0.4ミクロンです。近年の養殖真珠は、真珠層の厚さが 0.5ミリメートルから、厚くても 1ミリメートル以下しかありませんが、それでも真珠の表面には千数百枚から二千数百枚に及ぶアラゴナイトのシートが積み重なっていることになります。アラゴナイトのシート間には厚さ 0.02ミクロンほどのコンキオリン(蛋白質の一種)層があって、アラゴナイトのシート同士を接着しています。

 不透明の物体に当たった光は、表面でしか反射されません。しかるにアラゴナイトのシートは半透明であるので、真珠層の表面に当たる光は様々な深さのシートによって反射され、底光りするような深みのある光沢を呈します。これが真珠光沢で、宝飾業界では「照り」と呼ばれています。下の写真にある洋梨形の珠は優れた照りの有核真珠で、筆者(広川)が宇和島のアコヤガイ養殖業者に頼み、少し昔に採れたものを分けてもらいました。貝の中であこや真珠を成長させる期間は、近年では七か月から一年、長くても二年と短くなっていますが、下の写真の真珠が採れた当時は、約三年をかけてあこや真珠を育てていました。そのため真珠層が厚く、ときにこのように最高の照り(艶)を持つバロック・パールが見つかりました。


(下) 洋梨に似たあこや貝バロック・パール。右上の真珠の長径 11.6ミリメートル。現在では入手不可能な逸品です。当店の商品。




 真珠光沢を有する宝石は真珠のみですが、真珠光沢と同じ原理で光が干渉を起こす例としては、銀化したガラスの輝きが挙げられます。

 真珠光沢はフランス語でオリャン(仏 orient)、英語でオリエント(英 orient)といいます。ヨーロッパの人々にとって、真珠光沢は豊かな東洋からもたらされる神秘の輝きでした。オリャン、オリエントという言葉には、当時のヨーロッパ人が東洋に抱いた憧憬が如実に反映されています。


・光源と真珠の美しさ

 明色の真珠が最も美しく見えるのは、黒を背景に点光源で観察した場合です。しかるに真珠の選別は、これと真逆の環境で行われます。北半球にある神戸では、真珠を白色のトレイに入れて、北向きの窓辺で真珠を選別しています。真珠の魅力を最も引き出しにくい状態で見ても美しい真珠こそが、最上の珠です。


註1 真珠袋はドイツの軟体動物学者テオドール・フォン・ヘスリング(Theodor von Hessling, 1816 - 1899)により、1856年に発見された。

註2 アワビはミミガイ科ミミガイ属の貝の総称。ミミガイ科(Haliotidae)に含まれる属は、ミミガイ属(Haliotis)のみである。属名ハリオーティスは「海の耳」という意味で、古典ギリシア語の形容詞ハリオス(ἅλιος 海の)の語幹ハリ(ἅλι-)に、名詞ウース(οὖς 耳)の語幹オート(ὠτ-)を続け、ラテン語第三変化名詞の単数主格語尾イス(-is)を付加した造語である。

註3 巻貝であってもアワビの仲間ではないが、西インド諸島に産するスイショウガイ科のピンクガイ(Strombus gigas)からは、稀にコンクパール(英 a conch pearl 巻貝の真珠)が見つかる。コンクパールは真珠光沢を有さない稜柱層真珠であり、通常の真珠とは外見が大きく異なるが、他の貝の真珠と同様に外套膜の働きによって形成される。コンク・パールの色と形は様々である。美しい火焔状の模様が表面に浮き出ているものもある。

註4 アラゴナイト(あられ石)は斜方晶系の炭酸カルシウム結晶で、チョーク、鶏卵の殻、方解石(六方晶系の炭酸カルシウム結晶)等と同じ物質である。



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