釉薬を掛けずに焼成した陶製の飾り板。微笑みを浮かべ、夢見るような眼差しの子供を描いています。品物に籠められた愛情が感じられる、素朴ながら丁寧な手彩色が魅力です。陶板の裏面には、次の覚書がエスペラントで丁寧に手書きされています。
Ĉe 1933 X'mas, estis donacita de Flaurino H. Joŝioka 1933年のクリスマスに、ミス・ヨシオカから贈られたもの
エスペラントの発明者であるユダヤ人言語学者、ザメンホフ (Ludwik Lejzer Zamenhof, 1859 - 1917) が生涯を終えたのは、第一次世界大戦(1914
- 1918年)の最中(さなか)でした。ザメンホフがエスペラントを考案したのは、理論を検証する等の学術的な目的ではなく、世界の諸民族が平和に共存する一助と為すためでした。しかるにザメンホフの願いも空しく、人類史上未曾有の規模の第一次世界大戦が起こり、さらに第二次世界大戦においては、ザメンホフの三人の子供全員が、ナチの強制収容所で殺されることになります。
この陶板がクリスマス・プレゼントとして贈られた 1933年は、ヒトラー内閣が成立し、国会議事堂放火事件が起こり、日本、次いでドイツが国際連盟を脱退した年です。この年のクリスマスにも人々は救い主の降誕を祝い、「天には栄光、地には善意の人に平和あれ」という歌声が響いたはずです。そのことを思うと、明るい未来を夢見るような子供の眼差しと、丁寧な字体のエスペラントによる裏面の書き込みが、観る者の感情を揺さぶります。
本品はアンティーク品蒐集家であった神戸の華僑から譲り受けたものですが、製造国は不明です。落下したことがあるのか、陶板の左上から中央付近まで細い亀裂が走っていますが、この亀裂が自然に拡大することはありません。